第十話、怒りと選択
殺気立つレイオウは、握りしめた剣を天高く振り上げた。
「震撃波」
渾身の力で地面を斬りつけると、大地が悲鳴を上げるように砕け散る。その瞬間、亀裂が走り、猛然とアーノルドへ向かって進んだ。
その亀裂はジンの足元を掠め、アーノルドの真下で静止する。
「ーーこれは」
目を見開いたアーノルドの脳裏に、警鐘のような電流が走る。次の瞬間、彼は直感的に横へ跳躍した。
ーー轟音がなる。
亀裂の底から、岩すら砕く爆発が噴き上がった。衝撃波が辺りを蹂躙し、瓦礫が宙を舞う。
寸でのところで回避したアーノルドは、尻餅をついたまま、爆発した地面を見つめる。
その隙に、ジンはレイオウのもとへと走り寄り、並んだ。
「下がれ、ジン」
「しかし……」
レイオウの一言にジンは言葉を詰まらせる。
しかし、レイオウが顎で示した先を目で追うと、瓦礫の影に倒れ伏す人影があった。
ジンは迷わず走り出す。
「フレッ……クス。ーー起きろフレックス!」
瓦礫の間に横たわるのは、血に濡れたフレックスだった。
ジンは両肩を掴み、何度も揺さぶる。
「おい、起きろよ!」
しかし、フレックスは応えない。沈黙だけが広がる。
ジンの手の力が次第に抜け、やがて、彼の体から離れた。
「ピンチの時は助けに行くって……約束、まだ守れてないだろ」
絞り出すような声で呟くジン。その奥歯がギリリと鳴る。
震えるほどに握りしめた拳から、治りかけの傷が裂け、血が滴り落ちる。
その拳で、地面を一撃。
「くっそ……」
うずくまるジンの肩が、小刻みに震えた。
静寂の中、彼の涙が土を濡らしていく。
そこへ、レイオウの声が響いた。
「ジン、フレックスから伝言がある」
「伝言……?」
「ジンによろしく、と言っていた」
「よろしく……ですか」
ジンはゆっくりと立ち上がる。
「フレックスは、お前に託したんだ。この国を」
「国を……」
呟くジンの足が、次第に前へと動き出す。
やがて、その歩みは駆け足へと変わり、彼は一直線にアーノルドへ向かった。
「ジン、ーー何をしている!」
レイオウの制止の声も届かない。
アーノルドも気づき、疾風の刃を放つ。しかし、ジンはそれを弾き飛ばし、負傷した体を省みず、突き進む。
「このバカが……うぐっ!」
ジンの手がアーノルドの首を掴み、その勢いのまま地面に叩きつけた。
アーノルドは抵抗するも、ジンの力は強く、首を締め上げられていく。
「お前が――フレックスをやったのか!!」
「やってねえ……よ」
ジンは片手で剣を構え、アーノルドの首元に突き立てようとする。
だが、アーノルドは反射的に手で剣を押さえ、必死に阻止した。
「お前だろ、ーー答えろ!!」
「だから……俺じゃ……ねえ……よ」
剣先が震えるほどの拮抗する力。
その時、レイオウの静かな声が届いた。
「ジン。そいつが言っているのは本当のことだ」
ジンは目を見開いた。
レイオウは淡々と続ける。
「フレックスをやったのは、近くで倒れているあの男だ」
「近くの男……?」
「だが聞け。フレックスは負けたわけではない。最後の力を振り絞り、奴を倒したのだ」
ジンはゆっくりと視線を移す。
倒れているクライの姿を捉えた瞬間、彼の瞳に怒りが宿った。
「あいつが……」
「離せよ」
一瞬の隙をついたアーノルドは、膝を折り曲げてジンの腹部を蹴り上げた。
ジンは後方へ吹き飛び、着地するも、すぐに構え直す。
アーノルドは咳き込みながら立ち上がり、言った。
「オッサンの言う通りだ。俺は依頼されたこと以外、基本的に殺しはしない」
「だが、あいつはお前の仲間だろ」
「知らねえよ。あんなやつは仲間じゃない。目的が多少被ってるだけだ」
「俺からすれば、敵であることに変わりはない」
ジンは一気に駆け込み、剣を振るう。
それに呼応するように、アーノルドも剣を交えた。
互いの刃が火花を散らす。
しかし今回は、怒れるレイオウが参戦した。
二対一となった戦況は、一気にアーノルドが劣勢となった。
ジンの一撃がアーノルドの体を捕らえ、彼は後方へ吹き飛ばされる。
地面に倒れたアーノルドが起き上がろうとした瞬間、鈍色の剣先が彼の顔を掠め、地に突き刺さった。
息を呑むアーノルド。
「アーノルド、終わりだ」
ジンが剣を握る手に力を込める。
ーーその時。
静寂を破るように、拍手が鳴り響いた。
続いて、艶やかな女の声が響く。
「はいはーい。お疲れさま」
ウェーブのかかった長い紺髪の美女が、悠然と歩み寄る。
「やっと来たのか。遅えぞ」
「あんたこそ、ここで何遊んでんの」
新たな敵の出現に、ジンとレイオウは警戒し、剣を握る手に力を込めた。
「お前は誰だ」
「私? 知りたいなら教えてあげる」
女は妖艶に微笑む。
「シェイロン・フューリットよ」
その名を聞いたレイオウが僅かに眉をひそめる。
「聞いたことのない名だな」
シェイロンは小さく笑い、上空に手を翳した。
そして、その腕の中に落下して収まったものを見せつける。
「あなたの。王様の赤子よ」
その言葉に、ジンとレイオウの瞳が揺れた。その様子に魅惑的な微笑を浮かべるシェイロンに、アーノルドが苛立った声を漏らす。
「さっさとしろ、シェイロン」
「はいはい。じゃあ……私の好きなタイプなそこの兵隊さんに、判断してもらおうかしら?」
「……俺にか」
ジンは鋭い視線をシェイロンに向けたまま、アーノルドの首筋へと剣先を押し当てる。しかし、シェイロンはその圧をものともせず、悠然と語りかけた。
「その男を斬り殺せば、赤子が死ぬ。王様が死ねば、この赤子は生かしてあげる」
「二択だと……?」
「ええ。単純な選択よ」
シェイロンは軽やかに片手を翻すと、赤子を抱え直す。彼女の腕に包まれた小さな命は、無垢なまま、何も知らずに微かな息を立てていた。
「王はそこから動かないでね。動けば、この子は死ぬわよ」
レイオウの目が鋭く細められる。しかし、彼の体は微動だにしなかった。彼はわずかに足を踏み出そうとしたが、それを見逃すシェイロンではない。
「動いたら、この子の喉を裂くわよ?」
レイオウの足が止まる。
ーー沈黙。
張り詰めた空気の中、シェイロンは再び妖艶に笑みを浮かべ、ジンへと視線を戻した。
「さあ、兵隊さん。どっちにする? 赤子か王か、どちらを死なせたい?」
ジンは剣を握る手に力を込めた。鋭く息を吐き、額に浮かんだ汗が頬を伝う。
最悪の二択が、彼の前に突きつけられた。