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相克の双星  作者: 篠崎圭介
王国滅亡の章
1/11

第一話、双子の誕生(改稿)

「おぎゃーおぎゃー」

「双子が生まれたぞ」


 産声が響いた瞬間、医療室の熱気はさらに高まった。

 城内の医療室は、湿った空気と汗の匂いに満ちている。蒸気が立ち込めるかのような暑さの中、侍医たちが慌ただしく動き回り、赤子の産声に耳を澄ませた。


 「双子が生まれたぞ!」


 その一言が放たれると、まるで抑えきれなかった喜びが弾けるように、医療室中に歓声が湧き上がった。付き添っていた侍女たちは安堵の息を漏らし、兵士たちの顔にも僅かに笑みが浮かぶ。城の外にもこの吉報が伝われば、国中が歓喜に包まれることは間違いない。


 この王国――サントリア王国の現国王、レイオウ・サントリア。

 玉座に君臨する彼は、壮年ながら威厳に満ちた白髪の大男であり、その存在だけで人々を安心させるほどの威光を放つ男だった。


 しかし、今の彼は王ではなく、一人の父親だった。


 彼は新たに生まれたわが子をじっと見つめ、ゆっくりと息を吐いた。

 この国を築き上げた男が、今、新たな未来を託す存在を目の前にしていた。

 期待と責務、そして名もなき不安が、彼の胸中を静かに巡る。


「我が後継者よ。頼むぞ」


 レイオウは診察台の横に立ち、双子の赤子を見下ろしていた。医師は慎重に新生児の健康を確認し、産声がしっかりと響いたことに安堵の表情を浮かべた。


 「王子たちは健やかです。問題ありません」


 医師の報告を受け、レイオウは小さく頷いた。

 彼の瞳は鋭く、しかしどこか優しさを宿していた。これが己の血を引く後継者なのだと実感しながら、静かに息を整える。


 赤子たちは籠に移され、大広間へと運ばれた。


 その道中、城内の廊下にはすでに侍女や兵士たちが並び、王の通過を見守っていた。重厚な石造りの壁には松明が灯され、赤々とした炎が揺らめいている。広々とした通路を歩く足音が、荘厳な静寂の中に響いていた。


 やがて、玉座が置かれた大広間へと到着した。


 すでに大勢の兵士、給仕、そして民間の貴族や豪商たちが集い、壁際まで敷き詰めるように立ち並んでいた。人々の顔には期待と緊張が入り混じっている。


 レイオウは静かに歩を進め、医師から籠を受け取ると、堂々と玉座の前に立った。


 彼の姿が中央に据えられると、集まった人々のざわめきが徐々に鎮まり、静寂が広がった。


 レイオウは深く息を吸い込み、集まった者たちに向かって力強く言い放つ。


 「皆の者、ここに誕生したぞーー双子だ」


 医療室より爆発的な歓声が上がった。

 多くの人が見えるように、レイオウが双子の入った籠を両手で高く持ち上げると、更に歓声が上がった。


「我が国の宝だ」


 歓声は大きな拍手へと変わり、レイオウの一声を期に、竹が割れるように国内全土に一気に話が広がった。

 双子が誕生した知らせが国民全員まで伝わり、夜に花火まで打ち上がる祭り騒ぎまでとなった。


「本当は静かにしたいんだがな……」


 レイオウはため息をつきながら、遠くに広がる夜空を見上げた。

 花火が次々と打ち上げられ、金色の光が闇を切り裂くように炸裂する。その残光が、ゆらめく火の粉となって静かに落ちていく。


「仕方ありません、レイオウ様。民から愛されることは光栄なことであり、我々、サントリアの兵も民の(こころ)を止める訳になりません」


 側近の兵が穏やかに言う。

 レイオウは短く鼻を鳴らし、白髭が生えた顎を指先で掻いた。


「そうは言ってもなあ」


 街の広場では、民衆が踊り、楽団が奏でる音楽が響き渡っていた。

 王城の上から見下ろすその光景は、まるで光と影が入り混じるひとつの絵画のようだった。


 だが、レイオウの目はただ花火を追うだけだった。


 ーーこの国の未来を託す双子は、どんな王となるのか。


 そんな考えが脳裏をかすめたその時ーー。


「レイオウ様……」


 背後から、弱々しい女性の声が聞こえた。

 扉の奥から漏れたかすかな囁きに、レイオウはすぐさま振り向く。


「フローラ……」


 ベランダから静かに部屋へ戻る。

 側近の兵もそれに続いた。


「レイオウ様、花火ですか……」


 フローラの声はか細く、それでも微かに微笑みを含んでいた。


「ああ、そうだ。起きてしまったか……フローラ」

「これだけ音が大きければ起きるわ……」


 窓の外では、夜空に色とりどりの火花が咲き乱れ、城壁の向こうに広がる街を照らしていた。

 その光の移ろいが部屋の壁にも反射し、ゆらゆらと揺れている。


 レイオウは小さく苦笑し、ベッドの傍に歩み寄った。

 出産を終えたばかりのフローラの顔には、まだ少し疲れが残っていた。

 それでも、その表情にはどこか穏やかさが宿っている。


 彼はそっと手を伸ばし、彼女の藍色の髪を優しく撫でた。

 フローラは静かに目を閉じる。


「無事に生まれて良かったわ」


 彼女の視線は、ベッド脇に置かれた藁の籠へと向かう。

 その中には、彼らの未来そのものとも言える小さな双子が眠っていた。

 寝息は微かで、時折、小さな指が動く。


「良く頑張ってくれた。ありがとう、フローラ」

「私と貴方の宝物ね。ありがとう」


 レイオウは言葉を失い、ただ静かにフローラを抱き締めた。

 その腕の温もりは、まるで国そのものを支える大樹のようだった。

 フローラは目を閉じ、彼の広い胸に身を預ける。


 側近の兵はその様子を沈黙の中で見守った。

 時間の流れがいつもより遅く感じる。


 やがて、その静寂に耐えきれなくなったのか、側近が咳払いを一つ。


「……レイオウ様」


 その声に、レイオウはゆっくりと抱擁を解いた。

 呼ばれたレイオウは申し訳なさそうにフローラを見つめながら、わずかに頷いた。


 「……すまない」


 短くそう告げると、側近の兵へと視線を移し、部屋を出るよう静かに指示を出した。兵は一礼し、足音をできるだけ立てぬように慎重に廊下へと出て行く。

 扉が静かに閉じられた瞬間、再び部屋の中には、穏やかな静寂が訪れた。


 レイオウは最後にもう一度だけ、ベッドの上のフローラと、籠の中で眠る双子の姿を確かめた。

 フローラは微笑を浮かべたまま、静かに目を閉じている。

 レイオウはその姿を目に焼き付けるようにしながら、部屋を後にした。廊下には冷たい夜の空気が漂い、窓の外ではまだ遠くで花火が弾けていた。


 それ以降、この日は何事もなく過ぎ去り、サントリア王国の平和な一日が幕を閉じたのだった。


 翌日。雲一つない青空の下、王位継承の儀式がサントリア城の大広間で執り行われていた。

 広間の空気は厳粛で、並び立つ兵士や貴族たちは皆、緊張した面持ちでその瞬間を見守っている。

 大理石の床の中央には、深紅の魔法陣が円を描くように広がり、その中心には二つの小さな籠が置かれていた。


 儀式を執り行うのは、サントリア兵の中でも特に優秀な五人の魔導師たち。彼らは一糸乱れぬ動きで魔法陣の周囲に陣取り、静かに呪文を紡いでいる。

 魔導師たちの衣服に縫い込まれた金糸が光を反射し、揺らめく炎のように輝いていた。


 玉座に腰掛けるレイオウは、厳しい眼差しでその様子を見つめていた。その視線には、誇りとともに、一抹の不安も宿っている。


 やがて、魔導師たちと護衛兵がそれぞれの持ち場に就き、準備が整ったことを合図する。

 儀式の執行責任者が静かにレイオウを呼んだ。


 「レイオウ様、準備が整いました。魔法陣に片手をお願いします」

「そうか。ところで、魔法陣は爆発とかしそうで怖いよな」


 レイオウは冗談交じりに言いながらも、目の前に広がる紅い魔法陣をじっと見つめた。魔力の波動が僅かに揺らぎ、空気がわずかに震えている。


「怖くないですよ。体の欠損、人体の変異、未知の病気、他には爆死、落雷死、焼死等があるくらいです」


 執行責任者は事もなげに答えた。


「淡々と言ってるけど、十分怖いな」

「大丈夫です。心配無用です。我々魔導師は、国内精鋭の選ばれし者ですので」

「……説得できてないわ」


 レイオウは溜息をつきながら、目の前の魔導師たちを見渡す。執行責任者が他の魔導師に目配せすると、全員が無言で頷いた。

 その光景にレイオウはますます不安を覚えたが、ここまで来た以上、引き返すことはできない。


 怪訝な表情のまま魔法陣の前に歩み寄り、膝をついて構える。紅く妖しく光る魔法陣が、レイオウの影を床に長く映し出していた。


「さあ、王位の証が入った片手を」


 執行責任者が、冷静に指示を出す。

 レイオウは僅かに息を吐くと、ためらいなく右手を魔法陣の中心へと叩きつけた。

 残りの魔導師たちも、一斉に両手を魔法陣へと押し当てる。

 その瞬間、魔法陣の紋様が一斉に眩い光を放ち、大広間全体が赤く染まった。


 空気が震え、床が軋みを上げる。


 王位継承の儀式が、今、始まった。


「……」


 張り詰めた沈黙が、大広間を満たしていた。

 レイオウは微かに眉をひそめ、魔導師たちに目を向けた。


「なにも……」


 その言葉を口にした瞬間だった。


 視界が突如、真っ白に染まる。


 鼓膜を裂くような轟音が響き渡り、レイオウは本能的に上を見上げた。


 天井が光の柱に飲み込まれながら、崩れ落ちていく。


 巨大な閃光が、まるで天から降る雷のように広間全体を照らし出していた。

 眩しさに目を細める間もなく、光から放たれる猛烈な風圧が大広間を揺るがす。


 床の装飾が舞い上がり、カーペットが波打つ。壁の装飾が音を立てて剥がれ、天井のシャンデリアが軋みながら揺れた。


 まるで嵐の中心に放り込まれたかのような感覚。


 レイオウは咄嗟に腕を前に出し、衝撃に備えた。


「ぬおーー」


 強烈な衝撃がレイオウの体を襲い、意識が飛びそうになる。まるで巨大な波に飲み込まれるように、彼の体は後方へと弾き飛ばされた。


 空気が裂けるような音とともに、床を滑る。

 視界の端で、護衛兵や魔導師たちも同じく吹き飛ばされ、無残に倒れ伏していた。

 壁際に激しくぶつかりながらも、レイオウは何とか踏みとどまる。


 ふと、広間の中央に目をやると、魔法陣を覆っていた太い光の柱が、ゆっくりと収縮していくのが見えた。


 圧倒的な光の奔流が消えていく。

 徐々に細くなり、最後には無数の光の粒となって宙へと散った。


「何が起きた……」


 床に尻餅をついたまま、レイオウは呟く。


 熱気が残る広間に広がるのは、静寂。


 煙と光の残滓の中、意識を失った兵たちの姿が点々と横たわっている。


 レイオウの視線が揺れながら魔法陣の中央へと向かう。大理石の床には、依然として薄く赤い紋様が浮かんでいた。


 彼の脳裏に一つの存在が浮かび上がる。


「アル、イル」


 震える声で、その名を呼ぶ。

 レイオウは即座に立ち上がり、籠の中を覗き込んだ。


「おんぎゃおんぎゃ。うぎゃー」


 小さな泣き声が響き渡る。

 レイオウは、籠の中で元気に泣くアルとイルの姿を見つめ、心の底から安堵の息をついた。


「良かった……」


 強張っていた肩の力が抜ける。

 緊張の糸が切れたように、彼の意識が暗闇へと沈んでいった。


「レイオウ様。レイオウ様」


 遠くから誰かが呼んでいる。

 重たい瞼がゆっくりと開かれる。

 視界の端に揺らめく光、そして、目の前にぼやけた影があった。


「……誰だ」


 意識が戻ると同時に、視界が鮮明になっていく。

 医師が心配そうに覗き込んでいた。


「起きてください、レイオウ様」


 レイオウは反射的に体を起こし、目の前の医師の顔を虫でも払うように手で払った。


「なんだ、お前……何をしているのだ」


 寝起きの混乱と疲労が入り混じる声。

 その様子に医師は少し呆れたように、周囲の給仕や兵たちを見回し、肩をすくめた。


「レイオウ様、失礼ながら、あまりにも深く気を失われていたので、目覚めさせようと……」


 ようやく思考が回り始めたレイオウは、眉をひそめながらも、周囲の状況を確認するように目を巡らせた。


「王様は儀式が終わった後、気を失ってたんですよ」


 医師の言葉に、レイオウは眉をひそめた。


「ーー失っただと」


「ええ、フローラ様の看病からろくに休まれてないでしょう。その疲れが一気に出たんですよ」


 レイオウは口をつぐんだまま、こめかみを押さえた。

 確かにここ数日、まともに眠った記憶がない。


「……フローラと子供は」


「ご安心ください。魔法技術の進歩のおかげで、フローラ様はもう元気に歩いておられます。お子様たちはフローラ様の部屋で、健やかに過ごしております」


「そうか……」


 短く呟いた後、レイオウはゆっくりと息を吐いた。

 気が張り詰めたままだった身体が、少しだけ緩む。


「もう大丈夫だ、下がってくれ」


 医師は深く一礼すると、給仕たちに軽く目配せし、部屋を後にした。

 他の給仕や兵たちも静かに退出し、扉が閉まる。


 レイオウはベッドの上でぼんやりと天井を見つめ、しばらくの間、何も考えずにいた。

 その後、ゆっくりと視線を窓へ向ける。


 白雲一つない青々とした空が、広がっていた。


「これで……終わったんだな」


 レイオウは静かに目を閉じた。

 しかし、胸の奥では、まだ消えない何かがくすぶっていた。


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