第9話 素材と仇敵の味
第一章完結です。
「言うまでもないが、我の舌は肥えておる。生半可な料理を出したら許さんぞ」
表情こそ不満げでも、セオルド陛下は付き合ってくれた。
態度は不遜で、いつもカリカリしてるけど、根は面倒見のいい人なのだろう。
そこに僕が荷車を引いてやってくる。料理は一種類だけ。全力一球勝負というよりは、単純に陛下が指定された時間までに、1品しか作れなかったのだ。
だから、僕はその1品にすべてを注ぎ込んだ。
「お待たせしました、陛下。どうかご賞味ください」
銀蓋を開く。シュッと白い煙が上がると、食堂の空気が森のように澄んでいく。
その爽やかで、豊かな香りに立ち合ったアリアが早速尻尾を振った。
マルセラさんも興味津々だ。
皿には様々な具材が乗っていた。
まず目に飛び込んでくるのは、薄切りに切られた肉だ。
普通の肉よりも少し青く、表面こそ火が通っているが、概ね生のままだった。
さらには肉をキャベツで巻いた、小さなロールキャベツに、真っ白なつみれ。その周りを人参、ミニ大根、松葉独活などが彩り、それらが黄金色のスープの中に浮かんでいる。
「ほう……。美しいな」
先ほどまで不機嫌だった陛下が、彩り豊かな皿に圧倒されていく。
料理を作った僕の方を見ず、ひたすらスープに釘付けになっていた。
「それにこの香り、雉か……。いや違うな」
「どうぞ。まずはお召し上がりください」
「毒の心配もなさそうだ。まずは肉からといただくか」
陛下はまず手慣れた動きで、スープの中の肉を捕まえる。
フォークで巻き取るように口に持っていくと、ついに口の中に入れた。
「うまい!」
絶賛する。
ゆっくりと咀嚼し、味わうと、また先ほどのように薄切りされた肉を口に入れた。
「食感が良い。やわらかい肉だが、やわらかすぎないのがいい。噛めば噛むほど風味が口の中に広がっていく。味は淡泊だが、スープと一緒に食べることによって、凝縮された旨みとともに喉の奥へと消えていく」
陛下の絶賛の嵐は止まらない。
辛抱できないとアリアも口を付ける。
ロールキャベツを食べた瞬間、耳と尻尾がピンと立った。
「わぁおおおおんん! 何この肉! すごい弾力感! 小さいのに肉厚のお肉を食ってるみたい。巻いたキャベツはシャキシャキだし。スープとの相性も最高だよ」
「肉にはバターの香り付けか。悪くない。芳醇な香りが口いっぱいに広がって、さらに食欲をかき立ててくれる」
こちらも絶賛する。
すると、陛下はつみれに取りかかろうとしていた。
「これは普通のつみれなのか?」
「どうか陛下、まずは一口」
「隠すか。料理となるとそなた、途端尊大になるな。まあ、良い」
陛下は一口囓る。すぐに反応が返ってきた。
「ルヴィン、このつみれ……いや、そもそもつみれではないな」
そもそもつみれは、魚のすり身に鶏卵、澱粉、山芋などを繋ぎとして作るものだ。
「僕はムース状にしたお肉に、牛乳、パン粉、小麦粉、牛酪に、胡椒とハーブをみじん切りにしたものを入れています」
「牛乳に、パン粉……なるほど。だからこんなに食感が軽く、ふわふわしているのか」
この料理は王宮でも出していなかった料理で、僕のオリジナルだ。
ふわふわのつみれがあったら面白いなあ、という発想のもと、最初はパンの中に肉のすり身を入れて作るところから始めた。味には自信があったけど、他人の評価はわからない。でも結果的に大成功だったらしい。
「どの具材も一級品。調理技術も我の想像を超えておる。だが、1番の驚きはこのスープだ。コンソメかと思ったが、違うな」
「ガラを炊いて煮出した出汁に、さらに鶏ガラと数種類の野菜を煮込みました」
「スープではなく、出汁そのものということか。舌にくるワイルド味が、喉を通ると一転、癖がなくむしろ心地良い。香りもいい。無駄な匂いはなく、ただ野生味を感じる味がいっそ清々しく感じる」
「この料理のポイントは1つだけです。素材の味と香りを如何に活かすか――です。そのためになるべく味付けは最小限にして、香りを放つものを抑えて作っています。先ほど野菜を煮込んだと説明しましたが、香味野菜は一切使っていません」
「シンプル以上の王道はなし。まさに素材を活かしたスープか。して、ルヴィンよ。一体何を使ったのだ?」
「陛下もよくご存知かと」
「む?」
アサシンオウルの肉を使いました。
「ちょ、ちょっと! ルヴィンくん、陛下に魔獣のお肉を出したのかい?」
椅子を蹴って、アリアは驚く。マルセラさんはすでに石のように固まっていた。
そんな2人の様子を笑い飛ばしたのは、ご本人――セオルド陛下だ。
「我に魔獣を食わすか。しかも、我の腕に傷を付けた仇敵を……。いや、仇敵だからこそか。面白い! 良い! 美味であったぞ、ルヴィン」
「ありがとうございます、陛下」
良かった。喜んでくれたみたいだ。
アサシンオウルを出すかは迷ったけど、陛下なら受け入れてくれるのではないかと思っていた。そもそもエストリア王国の食糧倉庫は火の車だ。魔獣でも食べられるなら、食材にしないといけない状況にある。節制は不可欠なのだ。
「見事だ、ルヴィン。よもや我の肥えた舌を唸らせるとはな。アリアが手元に起きたがるのも頷ける」
「言っておくけど、ボクはルヴィンくんの料理に釣られたとかじゃないからね。純粋に彼の才能に惚れ込んでエストリアに連れてきたんだ」
「説明するまでもない。しかし、ルヴィンよ」
セオルド陛下はそっと僕の耳に唇を近づけた。
「アリアが飽いたなら我のところに来い。存分に可愛がってやろう」
「こら! うちの大事な料理番をスカウトするな」
「なんだ、聞こえていたのか?」
「獣人の耳を舐めないでよね」
がるるるる、アリアはセオさんを威嚇する。
追い立てられるようにセオさんは、王宮前に乗り付けた馬車に乗り込んだ。
「アリア」
「なんだい、セオルド」
「お前だけは決してルヴィンの手を離すなよ」
「当たり前さ。どんなことがあっても、ボクは離さないよ」
アリアは僕の腕を取り、力強く手を握る。
陛下はニヤリと笑った後、馬車を出すように指示した。
僕たちはその馬車が森の中に消えるまで、手を振り続ける。
戻ってきたメイドと一緒に。
そして獣人の国で出会った新しい仲間たちとともに……。
これにて第一章完結です。
すぐ第二章も始まりますので、その間にブックマークと後書き下部の✩マークを★マークにしていただけると嬉しいです。今後もおいしい料理を是非ご堪能ください。