第8話 涙の再会
失礼しました。
次回が第1章完結になります(なってしまったが正しいのですが。。。)
「ヴァルガルド帝国セオルド・ヴィトール・ヴァルガルド皇帝陛下、ご入来」
重々しい音を立てて、謁見の間の扉が開く。
入ってきたのは、スラリとした細身の男の人だった。
撫でつけた黒髪に、立派な正装。腰には儀礼用の剣を下げている。
謁見の間に1歩踏み込むと、獣人の家臣たちは一斉に頭を下げて礼を執った。
コツコツと軍靴の音だけが響く。
頭を下げた僕の前で1度立ち止まると、一瞬視線をこちらに向けた。
そのまま何事もなかったように玉座に歩いていく。
玉座に座っていたアリアは立ち上がって、その席を譲る。
ついに男の人は、その玉座に座った。
「まさかセオさんがセオルド皇帝陛下だったなんて」
ヴァルガルド帝国皇帝――それは即ちヴァルガルド大陸の覇者だ。
長年、戦乱が続いてきた大陸を平定し、平和をもたらした英雄。
その一方、頭を垂れる国には水と塩を与え、刃向かう国には容赦しない。乱世の梟雄としての面を持ち合わせている。
僕は噂程度でしか人となりを知らなかったけれど、噂通りの人だった。
皇帝陛下を迎えた謁見式は、まず沈黙から始まった。
セオルド陛下は何も言わず、ただじっと平伏する獣人を見つめるだけだ。
静寂に耐えきれなかったアリアは質問する。
「せ、セオ――じゃなかった、陛下! 今日はどうして遠路はるばるエストリアに? まさかボクの顔を見たかったとか……」
「たわけが!」
セオルド陛下が一喝すると、アリアは団子虫みたいに縮こまる。
よっぽどセオルド陛下が怖いんだな、アリア……。
「この国の食糧問題について、解決の目処はついたのか、アリアよ?」
「そ、それは……。だ、大丈夫! なんとかするから」
「ならば何故、我と目を合わさぬ。その問題を解決させるために、我の名代としてセリディア王国に向かわせたのだぞ。それなのに、わざわざ我がもうけた機会をふいにするどころか、両国間に深い溝を作るとは……」
もしかして皇帝陛下はエストリア王国とセリディア王国を和解させるために、体調が悪いと嘘を吐いて、アリアを名代に選んだのか。すべてはエストリア王国が抱えている食糧問題を解決するために……。まさかそんな意図があったなんて。
でも、皇帝陛下の狙い通りにはいかなかった。そのきっかけを作ったのは、間違いなく僕だ。父上の言う通り、あの時僕が出しゃばらなかったら……。
「確かにセオには申し訳ないと思ってるよ。それでもルヴィンくんを見捨てるなんてことはできなかった!」
「同情か? あるいは可愛げな姿に絆されたか? アリア、その眼をでしかと見ろ。あれは何だ? お前が守るべき国民でもなければ、獣人ですらない。余所の国の王子をだ。雨でずぶ濡れになった捨て猫ではないのだぞ!」
「ルヴィンくんはただの捨て猫じゃない。だからセオも怒ってるんだろ?」
「ならば証明してみせよ。その王子が国よりも大事な証拠を出してみせよ」
「それは…………」
「恐れながら、陛下……」
進み出てたのは、バラガスさんだった。
玉座の前で膝を突き、大きな頭を垂れる。
「炊事場を担当するバラガスでございます。ルヴィンは確かに小さく、大皿も満足に持てない子どもです。しかし、その調理技術と知識には目を見張るものがあります」
さらに証言は続いた。今度はマルセラさんだ。
バラガスさんの横に跪くと、同じように頭を垂れて皇帝陛下に奏上した。
「秘書官のマルセラです。陛下、ルヴィン王子が持つギフトの力は強力で、しかも未成熟です。この力はいずれエストリア、いえヴァルガルド大陸すべての利益となると愚考します」
「その通りである。ルヴィンは我が国になくてはならない存在なのである」
大きな声を上げて、進み出たのはリースさんだ。
そのリースさんがサファイアさんに引きずられるように列に戻ると、最後に陛下の横に立っていたアリアが頭を垂れた。
「セリディアに行かせてくれたことは感謝してるよ。とても勉強になった。7年経っても、人はまだボクたちを許してくれていない。当然だよ、セオ。ボクたちがやってきたのは、相手を叩いて、こうやって跪かせることだけだった」
「…………」
「……でも、ルヴィンくんだけは違う」
アリアは天井を見つめる。
あの時の晩餐会に想いを馳せるように。
「あのギスギスした会場で、彼だけがその場にいる全員を幸せにすることを考えていた。……ボクやセオがやりたかったのは、大陸平定じゃない。大陸に生きる人々の心を1つにすることだったんじゃないのかな」
「我のやり方が間違っていた、と……」
「違うよ。ボクでもセオでもできなかったことを、ルヴィンくんならやってのける。ボクはそう思ってるだけさ」
「だから連れてきた、と……。アリアよ、それは理想論だ。今お前たちが直面している問題はどうにもできまい」
「それはそうだけど……」
「発言をお許しください、陛下」
僕の存在はこの国にとって迷惑なのかもしれない。
それでも僕を必要としてくれる人がいるなら、僕自身が諦めてはダメなんだ。
アリアやマルセラさん、バラガスさん、多くの人が僕の力を認めてくれている。
僕が僕自身の力を認めないで、どうするんだ。
「この国の食糧問題に対して妙案がございます」
「ほう。しかし、先の案のような机上の空論であれば、お前を即刻セリディア王国に返すからな」
「構いません」
以前、僕の案は森を開墾するものだった。
しかし、エストリアの木は未だに原住民の住み処になっている。加えて原生林の撤去は難しく、開墾は明日明後日でできるものではないことがわかった。
「だから木は切りません。代わり森で豚を飼うことを提案いたします」
「森の一角を国有化して、放牧地とするのか。なら飼料はどうする? どこで大豆や麦を育てるつもりだ」
「いりません。森にたくさんあるので」
僕は森で拾った木の実をみんなの前で掲げる。
セオルド陛下は身を乗り出し、目を細めた。
「ドングリか」
「豚は雑食ですが、特にドングリを好むと聞きます。これを飼料とするのです」
森のあちこちにドングリの実が落ちていた。それも大量にだ。
おそらく肉を主食とするドングリを獣人たちが食べてこなかったことが、野生動物が食べる以上の量の実をならすきっかけになったのだろう。
「では、その豚を買うにはどうするのだ?」
「セオの言う通りだよ、ルヴィンくん。うちって結構貧乏なんだよ」
アリアが耳と尻尾を垂らして、申し訳なさそうに俯いた。
「アリア、エストリアは貧乏じゃない。世界でも有数の資源国家だ」
「資源? うちには金とか、銀とか、そんな鉱物が取れるような場所はどこにも」
「森林があるじゃないか」
「え? でも、木は切らないって」
「森林にある資源は、何も木だけじゃない。それそのものが観光資源にもなるし、湧き水が水資源になることもある。でも、僕が提示したいのはこれだ」
今度は1本の野草を、みんなに見えるように掲げてみせた。
みんなの反応は小さい。見る人が見ても、その辺に生えてる雑草にしか見えないからだ。その中でセオルド陛下の反応だけが違った。肩を揺らして、くつくつと笑い出したのだ。
「読めたぞ。魔草だな」
「エストリアの森は魔草の産地でもあるんです。おそらく世界有数の」
魔草は単純に森や草原に生えているわけじゃない。その群生地は広いヴァルガルド大陸にあっても、指折り数えるほどだ。測ったわけじゃないけど、エストリアの森全体が魔草の群生地なら、おそらく世界でもトップクラスの採取場となるだろう。
「魔草の不足はどこの国も同じ。きっと高値で買ってくれるでしょう。我々はそれを元手にして、豚を買うんです」
一部を食糧に回せば、食糧問題は一気に解決し、一部を放牧に回せば今後の肉の安定供給に繋げることができる。
「これが僕が考えたこの国を救う【料理】です」
しんと静まり返り、息を飲む。
みんなの視線は自然と玉座に着く皇帝陛下に向けられる。
その場にいる全員が次の皇帝陛下の言葉を待った。
「40点だな」
「え?」
「まだまだ色々と穴がありすぎる。森で飼うなら、魔獣対策をどうするか考えねばならんし、国民を養うほどの大量の豚をどこから買い付けるか具体案も示されておらん」
だが、と皇帝陛下は立ち上がった。微笑を浮かべながら。
「それらは些細な問題に過ぎぬ。叩き台として十分すぎる食糧対策だ」
「あ、ありがとうございます!」
「ところで先頃、セリディア王国国王より我に対してクレームがあった」
「え?」
「我と懇意にしているエストリア王国が、自国の王子を連れ去ったとな」
「陛下、それは……」
「わかっておる。アリアが理由もなく子を連れ去ったりしない。加えて一国の王が自国の王子が連れ去るのを前にして、黙っていることなどあり得ない。故に文にはこう書いておいた。〝腰抜けめ〟とな」
「ほ、本当に書いたのですか?」
「ふん。冗談もわからぬのか、わっぱ」
セオさんなら本当に書いていそうだから、心配なんだけど……。
「ルヴィンくん!」
アリアが飛び込んでくる。
たちまち僕は彼女の胸に吸い込まれ、揉みくちゃになった。
「すごいよ、ルヴィンくん。ルヴィンくんがそんなことを考えていたなんて」
「僕のせいでこうなったんだ。僕も何か役に立ちたいって思っただけさ」
それにアリアだけじゃない。みんなが僕のために戦ってくれた。
僕だけが後ろでただ見ているわけにはいかない。
「しかし、アリアよ。子どもを1人にしておくなど、不用心がすぎるぞ」
「わかってるよ。そうだな。誰かを側付きに……。やっぱりボクが――――」
「最近雇ったメイドをお前にやろう。先日我の大事にしているカップを割ったそそっかしいメイドだがな」
「うちで預かれってこと? ボクは構わないけど」
「よし。入れ」
再び謁見の間の扉が開く。
メイド服の裾を揺らしながら、ゆっくりと僕の方に近づいてきた。
栗色の三つ編みに、白い肌。線の細い身体と、包容力のある胸……。
徐々に露わになるその姿を見て、僕は「もしや」と呟く。
やがてメイドは僕の前で膝を突き、深々と頭を垂れた。
「フィオナ・ハートウッドと申します。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします、ルヴィン第七王子殿下」
「フィ……オ……ナ? 本当にフィオナなの?」
「はい。ルヴィン様。あのフィオナでございますだよ」
この訛り……。間違いない、フィオアだ。
僕の側付きだったあのフィオナ・ハートウッドだ。
その愛嬌ある丸眼鏡の奥にある瞳から、ボロボロと涙が流れていた。
もう一生会えないと勝手に覚悟していた。
でも、フィオナが出ていった後の2年間、彼女のことを考えなかった日はない。
色んなことを考えた。いっそ王宮から出ていって、彼女を捜そうと思ったこともある。だから嬉しい。またこうして会えたことに……。
僕は涙を拭い、そして駆け出す。
「フィオナ!」
僕はフィオナに抱き付く。
その胸の中で泣きじゃくった。
「ちょっと妬けちゃうな」
僕とフィオナの再会を見て、アリアは呟く。
その目には涙を浮かべていた。彼女だけじゃない。
僕の身の上を知るバラガスさんや、マルセラまでもが涙し、僕たちの再会を祝してくれた。
その場で動じなかったのは、セオルド陛下ぐらいだ。
「ルヴィン殿下のこと。任せたぞ、アリア」
「もう帰るの、セオルド?」
「執務がたまっている。今日中に帰ると大臣にも約束してしまった」
「お待ちください、皇帝陛下」
足早に謁見の間を去ろうとする陛下の前に、僕は回り込む。
「礼なら不要だ。お前には怪我を治してもらった礼もあるからな」
「ですが、どうか今しばらくお時間をいただけませんか?」
僕は頭を下げ、膝を突く。
「エストリア王国の料理長として、そして女王の料理番として、客人をもてなさないまま返すわけには参りません」
どうか一席お付き合いください、陛下……。
ルヴィンとフィオナが再会できて良かった、と思った読者の方は、是非ブックマークと後書き下部の☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけると、2人も浮かばれます。
よろしくお願いします。