第6.5話 帰ってきた騎士団長(後編)
1本目の筆記試験は僕の圧勝だったけど、2本目の基礎能力試験はリースさんが圧勝した。いくらなんでも獣人に正面から体力勝負を挑んで、勝てるわけがない。まして僕は子どもだ。騎士団長のリースさんにまったく歯が立たなかった。
これで1対1の同点。3本目を制した方が勝ちとなる。
「3本目は狩りだよ。エストリアの野生動物を捕まえて、ボクのところに持ってきて。相手より大きな獣を取ってきた方が勝ちだ」
アリアから説明を受けた僕とリースさんは、森の中へと走っていく。
さすがに僕1人では危ないので、騎士団の人に護衛としてついてきてもらった。ただし狩りに関しては一切手伝わないことになっている。あくま野生動物の捕獲は僕の1人の力で成し遂げなければならない。
「解説のマルセラさん。3本目もリースの有利とちゃいますか?」
「身体能力はともかく、獣人の子どもはこの森を遊び場として育ちます。森を熟知しているリースの方が圧倒的有利でしょう」
「ルヴィンくん、絶体絶命っちゅうことでしょうか、解説のマルセラさん」
「そう単純に決着はつかないと思います。彼にはギフトがありますからね」
そう。僕にはギフトがある。
【万能】のギフトはもうなくなったけど、まだ【料理】が使える。
これを使って、最適な獲物を狙う。体力では劣るけど、獲物を取る方法は何も腕力だけじゃない。知識と工夫をこらせば、僕でも大きな動物を捕獲することは可能なはずだ。
勝利条件が大きな動物となれば、それは野生動物に限らないはず。
リースさんはアリアが騎士団長を任せるほどの逸材だ。野生動物よりもはるかに巨大な魔獣を狙ってくるはず。僕も魔獣を狙わなければ勝負に負けてしまう。危険は承知の上だ。でも、リースさんや、騎士団員の人に認めてもらうためには、生半可な決着では終われない。
この決闘は獣人たちに僕の覚悟を見てもらうためでもある。
「よしっ」
チラチラと【料理】で確認しながら、僕は小さな穴を作る。
落とし穴というほど、深くはない。僕の背丈でいうと膝下ぐらいまでの高さしかない。その落とし穴はいくつも作っていく。さらに棘のついた植物を穴底に敷き詰めた。最後に穴の上に枝葉を置いて、隠せば落とし穴の完成だ。
僕の奇怪な行動を見て、護衛の騎士は鼻で笑った。
「はは。そんな小さな落とし穴じゃ。猪だって捕まらないぞ」
「大丈夫。これでいいんです」
「??」
仕上げに僕は狙っている魔獣が好きな匂いを辺りに擦りつける。
準備完了。あとは、獲物が僕の罠に引っかかるのを待つだけだ。
◆◇◆◇◆ スタート地点 ◆◇◆◇◆
リースとルヴィンが森の中に入って、30分後。
早々にリースが獲物を担いでやって来た。
赤く濡れたような角を持つ、ユニコーンの亜種――ブラドコーンである。
普通の馬の1・5倍ほど大きい魔獣を軽々と持ち上げ、アリアに献上した。
「さすがはリースだね。お見事」
「有り難きお言葉です、女王陛下。ところで、あの人族は?」
「ルヴィンくんなら、もう少し時間がかかるかもね。まあ、くつろいでなよ」
「ならば、女王陛下よ。1つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「何故、あの人族を受け入れたのですか?」
生涯を通して、戦いの中に生きるリースにとって、強さこそすべてだ。
強くなくては生きてはいけない。強いからこそ生きていける。
リースはそんな家族と社会で生まれ育った。騎士団長になれたのも、自分が強いから、アリアは自分を側に置いてくれていると考えていた。だから、ひ弱な人族をアリアが連れてきたと聞いた時、リースはどうしても納得できなかった。
確かにアリアの周りには、弱い獣人もいる。
でも、その者たちはリースにはない一芸を持っていたりする。
ルヴィンもまたその1人かと思ったが、あまりにもひ弱でしかも幼すぎた。
「仮に戦場でボクとリース2人だけ残ってしまったら、リースならどうする?」
「むろん矢が尽き、剣が折れようとも陛下をお守りする所存!」
「君ならそうするだろうね。……なら、ボクの代わりにルヴィンくんだったら、君はルヴィンくんを守って死ねるかい?」
「あり得ません」
「ルヴィンくんは違う。彼はね。過去に自国を震え上がらせ、晩餐の席で孤立無援になっている獣人の女王に、温かなビーフシチューを差し出してくれた。彼にとって、敵も味方もないんだ。ルヴィンくんはみんなに幸せになって欲しいのさ」
「女王が何を言いたいのかわかりません……」
「そういう強さもあるってことさ」
アリアはそう言って、森の中を覗き込む。
気が付けば、1時間が経とうとしていた。
「ルヴィンくん、大丈夫かな?」
「護衛がついているから大丈夫かと思いますが……。我が輩が見てきましょう」
リースは琥珀色の瞳を光らせるのだった。
◆◇◆◇◆ 森の中 ◆◇◆◇◆
「はあ……。はあ……」
息を切らしながら、僕は森の中を走っていた。
背後を見ると、鎧を纏った豚鼻族の騎士がついてくる。
いや、ついてくるんじゃない。追いかけられているのだ。
「待てよ、ガキ!」
豚鼻族は叫ぶ。握った槍の先端には血が付いていた。
僕は腕を押さえながら、ひたすら森の中を走る。
ここは僕が生まれ育ったセリディア王国ではなく、エストリア王国だ。
むろん、土地勘などなく、遮二無二走ったおかげでどの方向に王宮かあるかわからなくなってしまった。
(どうして、こんなことに……)
トラップを設置した直後、僕の護衛としてついてきていた豚鼻族の騎士が襲いかかってきた。戯れでもなんでもない。明らかに僕を殺しにきていた。肩の傷が動かぬ証拠だ。
アリアの所に戻らなければ、僕は間違いなく殺されるだろう。ギフトはあっても、僕はまだ子どもだ。アリアがいなければ、何もできない。騎士に走らされながら、僕はアリアに守られていたありがたみを、今さら痛感していた。
「あっ!」
木の根に足を取られると、僕は一回転して盛大にこけた。
僕はすぐに立ち上がったものの、カクッと力が抜ける。直後、激痛が走った。
たぶん捻挫したのだろう。
足を引きずって逃げたけど、気が付けば僕は木の幹を背にしていた。
ついに目を血走らせた騎士が、僕の前にやってくる。
「坊や。オレにはカミさんと、8人の子どもがいた」
「え?」
「ある時、人族がオレの故郷を襲った。故郷には女子供と、老人しかいない。なのに人族は家を焼き払い、女を切り裂き、老人をいたぶり、最後は子どもを集めて、火あぶりにした。村にはカミさんと、8人の子どもがオレの帰りを待っていたのに……」
戦争の被害者から語られる非業のお話は、僕の胸を冷たくする。
豚鼻族の騎士が語る話とともに、切り裂かれた獣人の女性、殴られた老人、火あぶりにされた子どもの悲鳴が聞こえてくるようだった。
「オレは復讐を誓ったが、戦争は終わってしまった。世界は平和になった。でもよ、坊や。このやり場のない怒りはオレはどうしたらいいんだ?」
1歩、また1歩……。復讐のために獣人の騎士は進む。
「坊やに恨みはないけどよ。死んでくれ」
そして槍が振り下ろされる――かに見えた。
直後、甲高い音が響く。僕に振り下ろされるはずだった槍は弾かれ、さらに鎧の隙間を縫って、数本のナイフが突き刺さる。僕を殺そうとした騎士は悲鳴を上げながら、その場に蹲った。
「悪いな、その坊やを殺させるわけにはいかないんだ」
木の上から黒装束の男が現れる。
以前、アリアを狙った暗殺者と恰好が似ていた。
「帰りましょう、王子様」
「帰る? セリディアに?」
「わかったでしょ。ここはあんたがいて良い場所じゃない」
だからといって、セリディアに戻ってどうするんだ?
確かにあそこにいれば、生きてはいられるかもしれない。
でも、ただ生きているだけの生き方に、何か価値があるんだろうか。
「あんたの中にはセリディア王家の血が流れている。それが欲しいと思う女はいくらでもいるし、ギフトを持って生まれてくる子どもを欲しがる親だっている」
暗殺者は伏せていたマスクを解いて、下品に笑う。
「成人になって、子種を作ることができれば、あんたは十分価値ある商品になる。何も怖くはない。あんたはベッドに寝て、その上でおがる女を抱けばいい。やりたい時にやって、飽きたら捨てればいいんだ」
「あなたは本当にセリディア王家に雇われた刺客なのですか?」
「ちょっと喋りすぎたな。とにかくついてきてもらう」
暗殺者が僕の手を取ろうとした時、例の豚鼻族が立ち上がった。
半死半生。すぐ手当をしなければ、死んでしまうだろう。
意識は朦朧としているようで、気力だけで立っているような状態だった。
「チッ! 腐っても獣人か。待ってろ。今とどめを刺してやる……」
ナイフを振り上げたのを見て、僕は豚鼻族と暗殺者の間に割って入った。
「何をやってるんだ、王子様? そいつはさっきあんたを殺そうとしたんだぜ」
「だから彼を守ってるんです。彼の家族の代わりに」
「はあ? ふざけてるのか?」
「僕が謝ったって、いや世界中の人族全員が頭を下げたって、死んだ人は戻ってきません。だからせめてこの場にいない彼の家族のために、僕は守るんです。僕にはそれぐらいしかできないから」
「いや、十分時間を稼いでくれましたぞ!」
不意に声が森の中で響く。その後のことは、まさに一瞬だった。
暗殺者は気づいて、ナイフを構えたけど、振り下ろされた戦斧はその腕ごと切り裂く。一転して、暗殺者は撤退を選択したが、その判断はまったく遅かった。次の瞬間、その身体は袈裟に斬られていたからだ。
強い……。素直にそう思った。
「大丈夫ですか、ルヴィン王子」
「リースさん……。どうして……」
「森で狩りをしていた時、王子とは別の人間の匂いがしましてな。気になって戻ってきました」
「そう……です、か」
足に力が入らず、僕は倒れそうになる。
ホッとしたら力が抜けてしまった。足も笑っている。情けないことだけど、純粋な殺意と悪意を前にして、今さらながら怖くなってきたらしい。
「リースさん、僕のことよりも、騎士さんの手当を優先してください。早くしないと死んでしまいます」
「お優しいのですね。承知した!」
リースさんは騎士を抱き上げる。
さらに僕に背中に乗るように言った。
「行きますぞ!!」
白い翼を強くはためかせると、一気に森の木を超えて飛び立った。
森で1番大きな王宮が小さく見える。空が近く、雲に手が届きそうだ。
ピンと伸びた翼は風を捕まえ、羽根の1本1本がはためいている。何より幾多の戦場をくぐり抜けたと思えないぐらい真っ白だった。
「我が輩の翼が気になりますか?」
「気になるというか。綺麗だなって……」
「綺麗ですか。そんなこと初めて言われました」
アリアも同じことを言ってたっけ。
聞けば、リースさんは自分の翼があまり好きじゃないらしい。
火蜥蜴族と風見鶏族のハーフのリースさんは、父親の火蜥蜴族の中で育った。
周りからはとても奇異な目で見られたそうだ。
「僕と同じですね」
呪いを受けた後、僕を見るみんなの目と態度が変わった。
それは人を見る目じゃない。まるで珍しい動物を見るような目だった。
僕の身の上話を聞いてもらうと、リースは深く頷いた。
「なるほど。我々は案外似た者同士なのかもしれませんね」
「アリアが好きなところもですか?」
僕が質問すると、リースさんは大きな声で笑い声を響かせるのだった。
◆◇◆◇◆
一悶着はあったけど、3本勝負は終わった。
あとは結果発表を聞くだけだ。
アリアは王宮の庭園に設えられた舞台にのぼり、結果を発表する。
「ルヴィンくんとリースの決闘の結果。1本目はルヴィンくんの勝ち。2本目はリースの圧勝。そして3本目は――――」
引き分け! 以上の結果を持って、この決闘は引き分けとします!
驚きと戸惑いが混じった歓声が響く。
しかし、引き分けを宣言したアリアの顔は、どこか晴れ晴れとしていた。
その足元には2匹の巨大な魔獣が倒れている。
頭に赤黒い角を生やした2匹のブラドコーンが息絶えていた。
「まさか2人とも同じ魔獣を持ち帰るとはね」
王宮へと帰る道すがら、僕は仕掛けた罠に引っかかっていたブラドコーンを見つけた。魔獣の王に匹敵する力を持つ、ブラドコーンだけど、実は弱点がある。何を隠そう足の裏だ。
馬にとって、足裏は第二の心臓と呼ばれるぐらい重要な箇所だ。
野生の馬は蹄鉄をつける騎馬とは違って、蹄が硬いけど、魔獣となると身体が大きいぶん足に負担がかかる。蹄を壊しながら活動しているブラドコーンも少なくない。そんなブラドコーンの足に、毒がついた茨が刺さればどうなるか。
結果はアリアの足元にある通りだ。
「今回もさすがはルヴィンくんだよ」
「あ、アリア……。人前だよ」
「あぉぉぉおんん。照れてるのかい、ルヴィンくん。このこの」
アリアはスキンシップが始まる。
僕に抱き付きながら、尻尾で僕の腋をくすぐってくる。
胸もやわらかいのに、モフモフした尻尾まで。
し、幸せ……。じゃなかった。誰か助けて……。
アリアにいじられる僕に助け船を出したのは、リースさんだった。
「ルヴィンくん、ありがとう」
「え? 僕、何かしましたっけ?」
「君は我が輩以上に鳥頭だな。部下を暗殺者から守ってくれたではないか」
「そう言えば、あの獣人の方は?」
「無事だ。処置が早かったのでな。1カ月もすれば、完治するだろう」
そうか。無事だったんだ。良かった。
「セリディア王国での君の行いも、女王陛下から聞いた。我が輩の部下と、そして女王陛下を守ってくれて感謝する、ルヴィンくん」
リースさんは深々と頭を下げた。
「決闘は引き分けだったが、我が輩は君をエストリア国民として認めることにする。如何なる時も君の前に現れ、守る……。我が輩だけではない。ここにいる騎士団の誓いだ」
『如何なる時もルヴィン殿の前に現れ、守ることを誓います』
リースさんの後ろには、エストリア王国を守る獣人騎士団が膝を突き、控えていた。みんな、僕の方に頭を垂れて、誓約を復唱する。
「良かったね、ルヴィンくん。……リース、いくら鳥頭だからって今の誓いを忘れないでよ」
「ご心配なく、ここではなく、ここに刻みましたゆえ」
リースさんは自分の頭を軽く小突いた後、胸に手を当てる。
こうして僕はエストリア王国騎士団に迎え入れられた。
このことをきっかけに、加速度的に僕はエストリアの国民と仲を深めていくことになっていった。
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