プロローグ
久しぶりに新作を始めました。
【料理】の腕はピカイチだけど、家族からも臣下からも愛されない王子と、最強の軍事力を持つけど、周辺国との関係は最悪という獣人国家の女王のお話です。
美味しい料理と、王子と獣人国家の成り上がりをお楽しみください。
「出ていくがよい。そなたのような下賤な王子。もはや我が子ではない」
父であり、セリディア王国国王ガリウス・ルト・セリディアの声が、僕の頭の上で雷鳴のように轟いた。
それは各国、各領地の君主や領主が詰めかける晩餐の席でのことだ。
真っ白なテーブルクロスには城の料理人たちが腕によりをかけた料理と、煌びやかな食器。中央に置かれた品のいい花々がテーブルを彩っている。天井からつり下げられたシャンデリアも豪奢で、会場の光を反射していた。
そんな華やかな会場の空気が、雷雲を迎えた天気のように冷えていく。
硬い大理石の床にはぶちまけられたビーフシチューと割れた皿。先ほどまで勢いよく湯気を吐いていた赤身肉も、生命活動をやめたみたいに黒ずんでいく。料理に舌鼓を打ち、シャンデリアの下で談笑していた貴族や家臣たちは僕を指差し、冷笑を浴びせた。
僕は1歩も動けずにいた。
手の先に付いたデミグラスソースにも目もくれず、血のように広がったビーフシチューを見ながら、僕は何故父の怒りに触れたのか、考える。
第七王子でありながら、料理を作ったことだろうか?
あるいは【万能】というギフトをもらった時だろうか?
あるいは父上の代わりに、呪いを受けたからだろうか?
不意に目の前が暗くなる。
僕の意識は2年前の王宮の中庭へと飛んだ。
◆◇◆◇◆ 2年前 王宮の中庭 ◆◇◆◇◆
ズンッ!!
広い王宮に巨大な稲妻が落ちる。
中庭の中心に置かれていた鉄の鎧を纏った人形は、一瞬にして灰となった。
僕の修練を見守っていた家臣や貴族からどよめきが起こる。中でも興奮していたのは、側付きのフィオナだ。オーソドックスなメイド服を着た彼女は、兎みたいに跳ねながら、拍手を送っていた。
「さすがはルヴィン様ですだよ」
「フィオナの教え方が良かったんだよ」
僕の名前はルヴィン・ルト・セリディア。
ヴォルガルド大陸において第2位の国力を持つセリディア王国の第七王子だ。
セリディア王家の血族は、総じて『ギフト』という不思議な力を持って生まれてくる。その力の種類は千差万別。1人で複数持って生まれる子どももいれば、1つしか持たずに生まれてくる子どももいる。
僕は7つのギフトを持って生まれた。
あらゆる剣術を修めることができるギフト――【剣神】。
同じく魔術を修めることができる――【魔術王】。
すべての知恵を閲覧できるギフト――【知恵の者】。
成長を3倍速くする――【成長】。
遠くを見たり、気配に気づいたりできる――【千里眼】。
想像したものならなんでも作れる――【神の手】。
最後に【料理】……。
合計7つ。長いセリディア王家の歴史にあって、これほどの数のギフトを持って生まれたのは、僕が初めてだった。あまりに能力が多すぎるため、僕は7つのギフトを総じて【万能】と呼ぶことにしている。
「さすがルヴィン様だ。4歳で第5階梯の攻撃魔術を使いこなすとは」
「残念なのは、ルヴィン様は第七王子であることだ。あれでは王になれまい」
「どうかな。実力を重んじる国王陛下ならルヴィン様を後継者に推すやも」
魔術の練習を見ていた家臣や諸侯たちが、口さがないことを囁く。
確かに僕を次期国王陛下に推す声は少なくない。実際、僕のところに有力な諸侯や騎士たちが訪れ、4歳の子どもに恭順を誓う人もいた。でも、僕は玉座に興味がなかった。今は剣術や魔術、本などをたくさん読んで、勉強したいと思っている。そしていずれ国王になる兄様や姉様を支え、民を幸せにするのが僕の夢であり、目標だった。
「ルヴィン様ならきっと良い王様になれますだよ!」
「前にも言ったろ、フィオナ。僕は玉座に興味がないんだ。それよりその傷……。また包丁で切ったのかい?」
「い、いや……。こ、これはサーベルタイガーとじゃれていたら引っかかれて」
「どこの世界にサーベルタイガーとじゃれ合うメイドがいるんだよ。手を出して」
僕は【万能】のギフトを使って、フィオナの指にできた切り傷を癒やす。
「あ、ありがとうございますだ、ルヴィン様」
「礼なんていらないよ。フィオナにはいつもよくしてくれているからね」
「は~~~~~~! ルヴィン様、そんな謙虚なところも好きですだ!!」
「ちょ! フィオナ!!」
胸! 胸が当たってる。く、苦しい。
フィオナはこう見えて、元は王国騎士団に所属していた。
かなりの武功を上げたようだけど、今は僕の側付きとして働いている。
だからなのか。華奢なように見えて、力がすごい。あと胸も大きい……。
ヤバい。胸の谷間に顔が入り込んで意識が……。
「ふぃ、フィオナ、苦しいってば!」
「はっ! すみません。ついルヴィン様の愛情が漏れて――あ。国王陛下!」
フィオナは慌てて僕から離れ、その場に膝を突いた。
なんとか解放された僕は中庭を通る渡り廊下で、父上――国王陛下が歩いているのを発見する。僕の父上であり、セリディア王国国王ガリウス・ルト・セリディアは、僕が生まれる前の戦争において膝を悪くしてしまった。今もリハビリのために毎日王宮の廊下を歩いている。
「父上! 今から剣術の授業が始まります。見ていかれませんか?」
腰に差していた木剣を掲げ、父上に声をかける。
父上は足を止めた。何かを囁いた。
「何故、余が第七王子ごときに応じなくてはならぬのだ?」
「え?」
父上の声は僕には届かなかった。
その代わり、僕は別の者を見ていた。
男だ。突如、城内の中庭に降り立つと、黒いフードを目深に下げる。
暗い表情の奥から父上の姿を見つけるや否や、片手に黒い魔力の渦を生成した。
「セリディア国王、覚悟!!」
様子を見ていた取り巻きの貴族たちから悲鳴が上がる。
僕はそこでハッとなって我に返った。
ギフトの力を使い、強化の魔術を2重にも、3重にもかける。
大人の身体能力を遥かに凌駕した僕は走り出し、寸前のところで父上と男の間に割って入った。
「父上!!」
直後、僕の目の前で黒い渦が解き放たれる。
身体は小さくとも僕には7つのギフトがある。
訓練を初めて、僕はさらにたくさんの魔術を覚えた。
相手はどんな魔術を見せようと、僕には父上を守る信念とギフトがある。
しかし、男の放った魔術は、単なる魔術ではなかった。
「これは……、呪い……?」
【万能】の力によれば、魔術は魔力によって生み出される奇跡に対して、呪いは人の精神が生み出す負の感情の塊だという。その力はどんな魔術を以てしても防御は不可能。呪いを制するには、呪いしかないらしい。
でも、もっとも恐ろしいのは、呪いの性質そのものよりも、能力だった。
あらゆる……修めることがで……フト――【剣……】。
……じく魔……めることができる――【魔……王】。
すべての知恵を閲覧できるギフト――【知恵の者】。
物覚え……速くな……――【成長】。
……見たり、気…………とができる――【……眼】。
想像したものならなんでも作れる――【神の手】。
「ギフトが消えていく……」
【万能】と呼ばれるギフトが、鳥に啄まれるように消滅していく。
信じられない。こんなことは初めてだ。
「ギフトを消す呪いなんて」
まだ機能しているギフトを使って、呪術の解呪を試みる。
幸運にもそれはうまくいったけれど、解呪には時間がかかるらしい。
その間にも、ギフトは消えていく。
最初に【剣神】が消え、次に【魔術王】が消えた。【成長】と【千里眼】が同時に消え、呪術であることと、その解呪方法を授けてくれた【知恵の者】も闇に呑まれていく。
「あと2つ……。間に合って! 間に合え!!」
ダメだ。これ以上消えるな。
神様、お願いだ……。
王様なんかになれなくていい。
名声も、忠義もいらない。
僕はただみんなが笑顔でいてくれればいい。
そのためには僕のギフトが必要なんだ!
僕のギフトでみんなを幸せにしたいんだ!
お願い、神様……。
どうか僕に奇跡を……。
次に目を覚ました時、僕は中庭の噴水近くのベンチに寝ていた。
目を開けると、多くの人が僕を覗き込んでいる。
たくさんの有力者、神官、普段仲の悪い兄姉まで僕の方を見つめている。
そして父上の渋い顔もそこにあった。
「さすがルヴィン王子だ」
「まさか呪いを自ら解呪するとは」
「王子はやはり奇跡の子どもだ!!」
僕がゆっくりと立ち上がるのを見て、みんなは安堵する。
口々に囃し立て、ホッと胸を撫で下ろしていた。
王宮付きの医者が慌ててやってきて、僕を診察する。「大丈夫ですか、王子」という言葉を聞いて、僕はふと我に返り、胸に手を当てた。
「ない……」
ギフトがない……!
本日、2話目をすぐ更新します!
お楽しみください。