4.
馬車が家の前に着いた。
「送ってくれてありがとう」
「あぁ。護衛の件だが、命を狙われているなら早い方がいいだろう。今夜から護衛をつけるよう手配する」
「そんなに早く対応してくれるのね。私も薬作り頑張るわ。とりあえず明日までに試しに薬を作ってみる。それと、これからどうやって連絡を取ったらいいかしら?」
「では明後日俺が直接ここに来よう」
「待っているわね」
家に入るとユーリが沢山の薬草を潰して待っていた。
「この量を一人でやってくれたのね!すごいわ!初日からこんなに疲れたでしょう」
「大丈夫です」
ユーリが少し得意げな顔をしている。そんなユーリを見ていると可愛くて思わず頭を撫でてしまった。ユーリがびっくりした顔で私を見上げている。私自身もびっくりした。ユーリといると、可愛いという気持ちが溢れて触れたくなってしまう。元々子供は嫌いじゃないが率先して関わることはなかった。ちょっと照れ臭くなって話題を変える。
「そういえばね、あなたがずっとこの家に籠っているのは限界があると思うの。今夜から護衛をつけてもらえることになったから、家の周りくらいは自由にしてもいいと思うわ。それと折角女装してるし名前も偽名の方がいいと思うのだけどどうかしら?」
「母様はみんなの前でアリスと呼んでいました」
「そう…じゃあ私も外ではアリスと呼ぶわね」
作業場に行き、マリアの手記を確認する。幸いにも火傷跡に効く薬の作り方が載っていた。材料を確認すると手元にない薬草もあるからベンが持ってるか聞いてみることにした。
「帰って来て早々だけど、これから診療所へ行くわ。あなたのことも紹介したいから一緒に行ける?」
「はい!」
診療所のドアをノックしてから入る。
「ベンー?」
「先生は不在ですよ」
奥から一人の青年が出てきた。薄顔だけど手足がスラッとしていてモデルみたいだ。カルロスとはまた違ったタイプだけど、この人もとても女性に人気がありそうな雰囲気がある。
「あなたは?」
「僕は先生の助手のハリーです」
「私はマリアよ。ここに薬を卸しているの」
「あなたが…!マリアさんの薬のおかげで母の喘息が良くなったんです!ありがとうございます!」
「そうだったの。少しでも役に立てたならよかったわ」
「僕も誰かの役に立ちたくでここで働き始めました。これからよろしくお願いします!」
そう言ってハリーは手を差し出してきたので握手する。なんだか人懐っこいというか、とても気さくな人だ。カルロスの堅い雰囲気とは違う…ふと、さっきからカルロスと比べていることに気付いた。
「えっと…今日は薬に使う薬草がないか確認しに来たのだけど…」
「先生は夕方戻ってくる予定なので、よかったら僕が届けましょうか?」
「助かるわ。じゃあここに書いてある薬草を持ってきてくれるかしら?」
そう言ってメモを残して診療所を出た。
「マリアさん…褒められてましたね」
帰り道、ユーリがポツリと呟いた。
「そうねぇ。ありがとうって言われると嬉しい気持ちになるわ」
「僕も…役に立てますか?」
「もちろんできるわよ!今だって薬作り手伝ってくれているし、既に役に立ってくれているわ」
「役に立ったら、ずっとマリアさんの家にいて良いですか?」
役に立たないと家にいられないと思っているのか。確かに家にいる代わりに薬作りを手伝ってもらっているけれど、今思えばそんなの口実だ。ユーリが来てから間もないけど、今までなかった優しい気持ちを感じたり、誰かにご飯を作る楽しさがあったり、段々と私の生活の一部になってきている。薬作りを手伝わなくたってもう追い出すことはできない。
「ごめん、言葉足らずだったわ。手伝い関係なく好きなだけうちにいて良いわ。私、あなたのおかげで毎日がちょっと楽しいのよ」
そう伝えるとユーリはホッとした顔をして小さく頷いた。
夕方になるとハリーが薬草を持ってきてくれた。
「ありがとう、お代はいくら?」
「先生が今回はタダでいいと言っていました」
「ベンったら…いつもまけてくれるのよね」
「先生は儲けることよりも患者を一番に考えてますから」
ハリーが微笑んだ。
「ベンにお礼を伝えてくれる?また近々薬を持って行くわ」
「わかりました!…あの、もし僕にできることがあれば何でも言ってください」
「ありがたいけど…あんまり私と関わらない方がいいと思うわよ」
「それはマリアさんが魔女だからですか?そんなの気にしません。僕は素晴らしい薬を作る人を蔑ろにする方がおかしいと思ってます」
ハリーが真剣な顔をして言った。
「…ありがとう。私自身は他人にあれこれ言われても気にしないのだけど、そのせいで誰かが嫌な思いするのは気が引けるから」
「僕は大丈夫です!だから関わるなとか言わないでください」
「わかったわ。ベンのところにはよく行くから、またよろしくね」
次の日、薬の材料が揃ったので早速薬作りをしてみる。クリーム状になった薬に手をかざして心の中でどんな風に治ってほしいかイメージすると、掌から温かい光が出てきて薬がキラキラと光った。
「よし、これで完成」
見学していたユーリが不思議そうな顔をしている。
「呪文を唱えるのかと思っていました」
「そうよね。私も魔法使いって杖を使って呪文を唱えるイメージあるわ」
元のマリアの記憶の中に呪文を唱えて魔法を使う場面はなかったし、マリアの手記にも呪文らしきものはなかった。どうやって治癒力を出すのかわからなかったけど、何となく頭でイメージしたものが形になったのでこの方法で治癒力を付与している。
「魔法についてはあまり解明されていないし…自分でも何だかよくわかってないのよね」
翌朝、家のドアがノックされた。
「カルロスかしら」
ドアを開けるとそこにはハリーが立っていた。
「おはようございます!突然来てすいません。母にマリアさんのことを話したら何かお返しがしたいと言っていて…マドレーヌを持ってきました」
「わぁ、とても美味しそうね。ありがとう。せっかくだからあなたも食べていく?」
「僕はこれから先生のところに行くので…。母はお菓子作りが好きなので良ければまた持ってきますね」
「うちの子もきっと喜ぶわ」
「次は一緒にお茶できると嬉しいです。じゃあ…また!」
ハリーは少し照れた顔をして早々に行ってしまった。ドアを閉めようとしたところでカルロスが立っていることに気が付く。
「おはよう。薬できているわ!」
「…あぁ」
「ほら入って」
家に入ってもカルロスは無言のままだ。
「どうかしたの?」
「さっきの男は…誰だ?」
「ベンの診療所で働いている人よ」
「親しいのか?」
「つい先日知り合ったし親しいというほどではないわ」
「でもお茶の約束をしてたようだが?」
「なにそれ。やきもち焼いてるみたいね」
揶揄うとカルロスがまた黙ってしまった。
「いや…否定してよ!」
本当にやきもちを焼いているみたいに見えてわたしは急に恥ずかしくなった。
「そ、それより薬よ!」
そう言い残してわたしは作業場に逃げた。