3.
次の日、家の前にとても豪華な馬車が停まり、中からカルロスが出てきた。
「魔女殿、行けるか?」
「ちょっと!魔女殿なんて呼ばないでくれます?一応魔女であることは公言してないの。マリアって呼んで」
「すまない。ではマリア、行けるか?」
「少し待ってて」
家に入りユーリに声を掛ける。
「前に言ってた公爵家に行ってくるわ。誰かが来てもドアを開けちゃダメよ!」
「わかりました。いってらっしゃい」
そう言いながらユーリは薬草を潰している。ユーリは要領が良く、教えたことをすぐに身に付けてしまう。
馬車の中で気になっていたことを質問する。
「あなたの家名はなんていうの?」
「ベリー公爵家だ」
やっぱり彼も小説に関係している人物かもしれない。小説の中のユーリは母親を失ってから貴族の家に仕えて生活していた。ベリー家というのはユーリが15歳の時に仕えていたイザベラの家門と対立する公爵家で、そこで魔女の存在を知って毒薬を依頼することになる。今回私が薬作りを引き受けて接点を持てば、小説通りに話が進む可能性があるかもしれない。
「妹さんが火傷したって言っていたけど、15年経っても跡が残っているならかなり酷い状況だったんじゃないかしら?原因はなんだったの?」
「…俺の魔力暴走に巻き込まれたんだ」
この世界では魔力持ちがかなり少ない上に文献なども殆ど残っておらず、魔力について知り得ないことばかりだ。魔力暴走も幼少期に起こりやすいと言われているだけで原因も魔力暴走の止め方も不明なままだ。
「ということはあなたは火の属性があるってこと?」
「そうだな。でも魔力暴走があってからは魔力を使っていないから自分がどれだけのことをできるかはわからない」
「そうなのね…」
コントロールが効かないとはいえ、自分の魔力で妹が酷い火傷を負うなんてどれだけ怖かったか。周りも故意ではないと理解はしていても責められることもあったかもしれない。なんて声を掛けていいか迷うけど、私が思うことは…。
「今まで辛かったわね。状態を診てみないと治ると断言はできないけれど、私も尽力するわ。もうあなただけで背負わなくていいの」
「…そんな風に言われたのは初めてだ」
カルロスは多くは語らないけれど、表情が少し緩んだ気がした。
暫く走ったところで物語に出てくるような大きな城の前で馬車が止まった。
「わぁ…こんなお城って本当にあるんだぁ…」
隣でカルロスが小さく笑った。ちょっと子供っぽい感想だったかと少し恥ずかしくなり咳払いした。
「客室はこちらだ。申し訳ないが私は仕事があるから同席はしない。終わり次第家に送ろう」
「わかったわ」
そうして応接室で待っていると、金髪の美少女が入ってきた。どことなくカルロスに似ている。
「お待たせして申し訳ありません。ニーナと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「マリアです。早速だけど患部を見ても良いかしら?」
「はい」
そう言って右手を差し出してきた。
患部を見てみると確かに傷痕が盛り上がっている。
「火傷したのは右手だけ?」
「そうです」
「15年前の火傷と聞いているけど、痒みや痛みはある?」
「時々痛みがあります…あと、少し手が動かしにくく感じます」
「そう…長い間辛かったわね。症状に合う薬を作ってみるからもう少し待っていてね」
「ありがとうございます。…ところでお兄様はどちらに?」
「仕事があるからと行ってしまったわ」
「そうですか…お兄様からこの火傷について詳しく聞いていますか?」
「…彼の魔力暴走に巻き込まれたと聞いたわ」
「…魔力暴走があった時、私が何も分からずにお兄様に触れてしまって火傷したんです。私にも落ち度があったのに、お兄様は自分が全部悪いと思って私のことをずっと避けているんです」
そう言ってニーナは寂しそうに笑った。
「…あなたは彼のこと慕っているのね」
「小さい頃はお兄様の後をずっと追いかけているほどでした。火傷してからは私も悪かったと思いつつお兄様のこと憎い気持ちにもなったのですが、それでも火傷を治そうと誰よりも頑張ってくれていて…。私は昔みたいにお兄様とお話ししたいと思っています」
「そうね…まずは傷跡を治して少しでも関係が良くなると良いわね」
「はい。…マリアさんと初めてお会いしたのに沢山お話ししてしまいました。今まで男性の医者ばかりだったし、この傷跡のせいでお友達を作ることができなくて自分の気持ちを話す機会もなかったので…」
「気持ちを吐き出すことも大切なことよ。私で良ければいつでも聞くわ」
「…ありがとうございます」
ニーナが部屋を出て行った後、カルロスが来て家まで送ってくれた。
「薬はできそうか?」
「そうね…今まで作ったことないけど、とりあえずやってみるわ」
元のマリアは努力家だったようで、薬草や薬の調合について沢山調べていたようだった。私はいつもマリアの手記を見て薬を作っている。もしかしたらニーナの症状に合う薬についても書いてあるかもしれない。
「それで薬の謝礼だが…」
「あ!そのことなんだけど、お金以外でお願いすることはできるかしら?」
「まぁ内容によるな」
「うちに小さい女の子がいるのだけど、その子の護衛をしてほしいの」
「誰かに狙われているのか?」
「詳しいことは言えない。でもかなりの権力者があの子の命を狙っているわ。護衛の期間はあの子の安全が保証されるまで。…難しいかしら?」
「そうか。…妹の傷が治るのであれば協力しよう」
「ありがとう!」
思わずカルロスの両手を掴んでしまった。
「あ…ごめんなさい」
カルロスの顔がほんのり赤くなって、私も釣られて赤面する。なんだか気まずくなって家に着くまでお互い無言だった。