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2.


「はい」


ドアを開けると一人の男性が立っていた。赤髪を後ろに流し、目鼻立ちがはっきりしている。佇まいからして明らかに高貴な身分だとわかる。


「君が魔女か?」

「…初対面の人に対して”魔女”かどうか聞くのがどれだけ失礼なことかご存知ないのかしら?」

「…すまない。悪い意味で聞いたわけではないんだ」

「はぁ…まあ私は魔女ですけど。でもそんな言い方してたら痛い目見ますよ。特にこんな田舎ではね。それでご用件は?」

「俺はカルロス。ベンという医者から君が火傷に効く薬を作れると聞いて来たんだ」

「あぁ、あなたが…。ベンのところにある薬が効かないとなるとかなり酷い状態みたいね。まずは実際に患部を見てみないとどういう薬を作るか判断しかねるわ。とりあえず入って」




「それでどんな状態か見せてもらえる?」

「いや、火傷したのは俺ではないんだ。…15年前に妹が酷い火傷をしたんだ。色々試して大体の部分は治ったんだが、どうしても火傷跡が治らない。だから火傷跡が完治できる薬が欲しい」

「なるほどね。ベンのところにある薬は火傷そのものを治癒する薬なのよ。火傷が治っているならその薬使ってもあまり意味がなかったのね。どちらにせよ患部の確認をして必要な薬を作るわ」

「妹に外出は無理だ。だから君が家に来てもらうことになるがいいか?」

「なるべく早いほうがいいから…2日後とかどうかしら?」

「では迎えにくるので待っていてくれ」

「わかったわ」

「よろしく頼む」


そういってカルロスは帰っていった。いつもの薬作りの他に特注の薬作りか…。手一杯なくせに実際に困っている人見ると断るって選択肢はなくなってしまう。


「あの、もう帰ります」


一人であれこれ考えていると、ユーリが声を掛けてきた。


「帰るって言っても帰る場所ないんでしょ?」

「でも…ここにいるわけにもいかないし」

「はぁ、子供が何を言ってんだか。…わかったわ、ここにいていいわよ。ただし、私の仕事を手伝ってもらうわ。それでもいいならここにいたら良い」


そう言うと、ユーリは暫く考えて小さく頷いた。小説の流れも気になるところだけど、目の前のこの子を見捨てることができない。家に誘った時からこうなることがわかってたのかもしれない。


「まずは今日はゆっくり寝て、明日から頑張ってもらうわよ」




そろそろ寝ようとした時、私はあることに気が付いた。


「ごめん…うちお客さん用の布団とかないわ…」


同性ならともかく、流石に男の子と添い寝はアウトだろう。


「お姉さんが嫌じゃないなら…一緒に寝ても良いですか?」

「私が嫌というよりも倫理的にどうかと…ていうか私のことはマリアって呼んで」


色々言っている間、ユーリは傷ついているような、寂しそうな顔をしている。こんなに幼いのに親がいなくなって、寂しさの底にいるような感覚なのかと思うと胸が痛む。前の世界の私は両親が揃っていたけど、愛されている感じがしなかった。それは12歳も歳が離れている妹が両親の愛を一心に受けていたからだ。今まで当たり前のようにあった愛情が急に奪われる感覚。自分じゃどうにもできないもどかしさ。今のユーリが前の私と少し重なって見える。


「明日はあなた用のベッドを買いに行くからね」


2人でベッドに入ると、ユーリはすぐに寝た。寝ていると女の子らしさが余計に際立つ。起きている時よりも穏やかなユーリの顔を見て、私は今まで感じたことのない温かい気持ちになってきた。可愛くて、守ってあげたくなるような気持ち。なんだか満たされた感覚で私も眠りについた。




翌朝、ユーリが起きる前にキッチンに向かう。朝食を用意しているとユーリが起きてきた。


「おはよう。昨日はベッド狭かったでしょう」

「…おはようございます」


ユーリは何故か立ち尽くしている。


「どうしたの?もう朝ごはんできるよ」

「あ…なんか母様がいた時みたいで…」


お母さんのことを思い出したのか。前の世界の私は一人暮らしが長かったからもう何も思わなかったけど、実家にいた頃にリビングに行くと朝食を用意している母の姿を思い出した。


「…さて、食べますか。食べ終わったら必要なもの買いに行くわよ」




「服も何着か必要だけど…女の子用の服を買った方がいいのかしら?」

「わからないです…でも男の子の服は着たことありません」

「身を守るためって言っていたけど誰かに狙われているの?」


ユーリは無言で首から下げていたペンダントを開け、中から紙を取り出して私に渡した。


【この子の名はユーリ・オグリヴィです。どうかイザベラ・グロスター公爵令嬢からお守りください。この子の居場所を誰にも明かさないでください。】


「これは…」

「母様が信じられる人にだけ渡しなさいって言ってました」


イザベラは小説の中で横恋慕した悪役の公爵令嬢。やっぱりユーリは主人公ってことだ。小説ではユーリが女の子の格好をしているという描写はなかったけど、それで少しでも紛らわせるならひとまずこのままの方がいいだろう。


「まず、私を信じてくれてありがとう。一緒に住むと決めた以上、私ができることはするわ」


とはいえ私一人でユーリを守り切れると断言はできない。ユーリの事情を明かさずに絶対的に信用できる人がいると心強いけど、すぐには見つからなさそうだ。




街へ向かい、ユーリの服やベッドなどを揃えた。ユーリには家で待っていてもらう。子供用の服なんて買う機会がなかったし、種類が豊富でどれにしようか迷う。


「ユーリに似合う服ね…何が良いかしら」


ユーリの綺麗な紫の瞳を思い浮かべる。色白だし淡い色がいいかも。でも目立ちすぎるデザインは避けた方がいいし…選んでいるうちに自分が楽しんでいることに気が付いた。前の世界では社会人になってから仕事中心の生活で、看護師として誰かに寄り添うことはあっても、誰かのために何かを選ぶなんてしていなかった。こんなにワクワクするものだったと久々に思い出した。




帰宅して買ってきた服をユーリに着てもらう。私が特に気に入ったのは首元にリボンが付いた白と紺色のシックなデザインのワンピース。


「かっ…可愛い…!」


ユーリの可憐さがとても際立っている。元が良いと何を着ても似合う。


「ありがとうございます」


ユーリは少し恥ずかしそうだった。




着せ替え人形のようにユーリに買ってきた服を着てもらって満足した私は、薬作りについて説明した。


「あなたには薬草を潰したり完成した薬を袋に詰めたりする作業をしてもらうわ。私は薬に治癒魔法をかける作業もあるからだいぶ助かるわね」

「マリアさんは魔法使いなんですか?」

「そうよ、みんなが言うところの忌々しい魔女よ。怖くなっちゃった?」


揶揄うように言うと、ユーリは慌てて首を横に振った。


「まぁ、折角魔法が使えるから私にできることをしているだけよ。この力を悪いように使うつもりはないわ」

「…マリアさんは許せない人はいないんですか?魔法が使えたら仕返しできるかもしれないですよね」


そう言ったユーリの目には光がなかった。


「…どんなに許せないことがあっても、仕返ししたら悲しみを繰り返すだけだと思うの。だからって許す必要はないわ。それにね、自分がした良いことも悪いことも、どんな形であれ自分に返ってくると思うわ。神様はちゃんと見ているのよ」


ユーリは何も言わない。親を殺された悲しみをどこにもぶつけることができなくて辛いと思う。一緒に暮らしていく中で少しでも苦しい気持ちを消化できたらと思いながらユーリを見つめた。




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