1.
『侯爵子息と伯爵令嬢は恋に落ち婚約者となったが、公爵令嬢に邪魔をされて破談となってしまった。しかしその時すでに身篭っていた伯爵令嬢は子供と共に身を潜めて生活をする。子供が6歳の時、侯爵子息夫人となった公爵令嬢に見つかり伯爵令嬢は殺されてしまう。母親の死を目の当たりにしたユーリは復讐を決意する。15歳になり、魔女に毒薬を依頼して復讐を遂げる。』
夜勤の休憩中に「復讐の刻」という復讐モノの小説を読んでいた私は、目を覚ますと小説の世界に転生していた。この小説は主人公の男の子・ユーリが母親を殺されたことで復讐に人生を懸ける話。最終的に魔女に毒薬を依頼して復讐を遂げるけど、私はその魔女に転生してしまった。前の私は看護師をしていたし、曲がりなりにも医療従事者としてのプライドがある。たとえ小説の中だとしても人殺しになんて加担したくない。小説の結末をどう変えるべきか...。
私が転生したのはマリアという魔女だった。この世界では魔法を使える人は殆どおらず、魔力持ちは貴族の出自が多かった。しかも田舎に行くほど魔力持ちへの偏見が強いらしい。なのに何故だかマリアは王都から離れた場所で暮らしている。魔女ということを隠して村で唯一の診療所に治癒力を付与した薬を卸していた。
「まずはマリアの生活に慣れるところからよね」
いつものように診療所へ薬を持って行くと、おじいちゃん先生・ベンがお茶をしているところだった。
「はい、こっちが傷薬でこれが風邪に効く薬よ」
「ご苦労ご苦労。相変わらずお前さんの薬は評判が良いよ。わざわざワシの名前で売ることはないんだがね」
ベンはそう言って持ってきた薬を確認している。
「その評判だって、私が作ったとわかった途端に地に落ちるわよ。偏見っていうのは簡単には覆せないんだから」
「そうかのう。お前さんの薬で救われてる人は沢山おるのに勿体ないのう。なにせ隣村まで買いに来る人がいるほどじゃよ。そうそう、その噂を聞いてお偉いさんが訪ねてきたんじゃよ。どうも火傷に効く薬が欲しいとかで。ただ、今置いてる薬じゃ完全には治らないらしくてな」
「この薬で治らないってどれだけの火傷なの?」
「うむ、ワシも直接診てないからなんとも言えんがのう。それで、お前さんが火傷の確認をして薬を作ってあげるのはどうかのう。謝礼は弾むといっておったぞ」
「うーん、今納品してる薬を作るだけで手一杯なのよね...。とはいえ私の薬が効かないとなるとちょっと気になるわね。でもどうせ私が魔女ってわかれば何言われるかわからないわ」
「そのお偉いさんっちゅうのは公爵家なんだが、そこの息子は魔力持ちって噂はあるがね」
魔力持ちか...この世界にきて初めて私以外に魔力持ちがいることを知った。
帰り道、ふと路地に目をやると、紫の瞳の少女と目が合った。とても綺麗で澄んだ紫色から目が離せない。普段の私なら絶対に声を掛けようなんて思わないのに、自分からその少女に近づいた。
「もう暗くなるのにそんなところで何してるの?」
「...帰る場所がないから」
とても小さな声で少女が答えた。見た目は5、6歳くらい。こんな村でもホームレスはちらほら見かける。前の世界だってそうだった。ホームレスを見かけたからって何かしてあげたことなんてない。そもそも、一時の助けは根本的な解決にならない。この子だってそうだ。たった一度助けたからってずっと続けてあげれるわけじゃない。でも、それでも何故かこのまま別れたくない気持ちになってしまった。
「今日はシチューを作る予定なんだけど、シチューは好き?」
少女は何も言わずに頷いた。
「おいで」
私は少女の手を引いて帰路に着く。
少女の姿を見るとかなり汚れていた。
「まずはお風呂ね。ご飯作ってる間にお風呂入っておいで」
少女に声を掛けてシチューを作る。そういえば着替えも用意してあげないと。大きいけど、洗濯するまで私の服を着ててもらおう。そう思って着替えを持ってお風呂場へ向かった。
「着替え置いとくからねー?」
声を掛けながらお風呂場に入ると、少女はお風呂から出てきたところだった。思わず裸を見てしまった瞬間、少女の体にはあり得ないものが付いていた。
「おっっ男!!!??」
思わず大声を出してしまった。
「あなた、女の子じゃなかったの!?」
目がクリクリしていて可愛らしい顔、肩までで切り揃えられたボブヘアはどう見ても女の子だ。少女(?)は何も言わずにその場で蹲ってしまった。あぁ、そういえば名前もまだ聞いていない...。その子にタオルを被せた。
「とりあえず部屋戻るから、着替えたら来て」
暫くして部屋に来たのでひとまず食事をすることにした。かなりお腹が空いていたのか、あっという間に平らげた。
「おかわりあるけど?」
首を横に振るので本題に入る。
「まずは...名前はなんていうの?」
「...ユーリ」
...ユーリ?小説の主人公の男の子と同じ名前...。
「改めて聞くけど、男の子なんだよね?」
その子は頷いた。
「あなたの見た目もそうだけど、着ていた服もワンピースだったわよね?どうして女の子の格好していたの?あ、もしかして心は女の子ってことかな?」
少し捲し立てるように言うと、ユーリはポツポツと話し始めた。
「心も男の子だけど...。母様が身を守るためだからって女の格好するように言ってたから...」
「お母さんはどこにいるの?」
「…もういない」
「もういないって…それって亡くなったって意味なの…?お父さんは?」
それ以上ユーリは何も言わなかった。ユーリという名前の男の子。主人公の可能性がある以上、一緒にいることが吉か凶か…。とはいえ親がいない子をこのまま追い出すのも気が引けてきた。これからどうしようか考えていた矢先、玄関のドアが叩く音がした。
「ちょっと待っててね」
そう言って玄関に向かう。