君は童貞のまま死ねるのか
夏休み。夏期講習の帰り道にコンビニの前でチャラ男達がたむろしていた。
似たもの同士のギャル達とやかましく馬鹿笑い。そしてすぐに手を繋いだり、腰に手を回したりしながら、何処で遊ぶかを決めていた。
「…………」
別に何てことは無い。僕は大学へ行き、一流企業に就職してから、最高のパートナーを見付ければ良い。
「マジマジ! ユリカは最高の彼女だってばよ!」
「えーっ、マジ!? チョー嬉しいですけどぉ!?」
チャラ男達の前から去った後、僕は思った。
「大学行けなかったら……僕の人生は終わるのか?」
よくよくと考えてみれば、僕の人生に『大学へ行く』以外の選択肢が無い事に気が付いた。
自由意志でもなく、消去法ですらない。
それしか、無いのだ。
「アイツらよりヤバいのか? 僕は……」
次の日、僕は夏期講習をサボって、オンラインゲームで知り合ったツカサとカフェで待ち合わせをした。
ツカサは中性的な顔立ちに、明るい笑顔で陰キャな僕とも普通に接してくれる数少ない友人で、いつも相談に乗ってくれる良い奴だ。
「何だよ雄一。最近は塾だの何だので忙しいんじゃなかったのか?」
「…………それが、さ」
僕は昨日感じたありのままを説明した。
「ハハ、いいんじゃねぇの? 若いんだから好きなことやりなよ。クラスに気になる娘とか居ないの?」
「……今まで気にした事も無かったから。それに女の子と話した事なんて全然無いから、どうしていいのか分からないよ」
「え? 何か言った?」
「何でもねぇよバァカ!」
何故かカリカリしだしたツカサは、ヤケ食いだと言ってハンバーガーをおかわりし始めた。
「他に相談出来そうな、気軽な女子はいねぇのかい?」
「……うーん、女子、ねぇ」
一応思い当たる節があった僕は、仕方なくその足で学校へと向かった。
「お、ユウイチ氏ではないかね。さては夏休みの間私に会えなくて寂しくなってしまったのだね? ハハァン」
「いえ、そういう訳ではないのですが」
冷房がガンガンに効いた化学実験室の片隅に、白衣を着た女子生徒が一人。化学料理研究吹奏楽読書愛好囲碁将棋サバゲラクロスボッチャ漫画イラスト美術体操部の部長、村木亜紗だ。部名についての説明は割愛する。つまりは何でも部だ。
「ところでユウイチ氏。先日素晴らしい発明をしたのだが……飲んでくれるかね?」
「飲みません要りません」
「ガッテム! では代わりにこの薬をケツに──」
「お断りします」
「マンダム! それではこっちの薬を穴に──」
「結構です」
「……つれないねぇ。で、用事はなんだい?」
僕はありのまま、女子と話したことも無ければどう話をすれば良いのか分からない事を相談した。
「ハハハハハ! ハーハッハッハッハー!!」
「そんなに笑わないで下さいよ。こっちは真面目に相談してるんですから」
「え? 何か言いましたか?」
「何でもないさ! ハハ」
亜紗部長は何故か泣きながらフラスコに入った柿ピーをバリバリ食べ始めた。
「クラスに一人くらい気になる人が居ても良いんじゃないのかね?」
「……うーんん」
そう言われパッと頭に浮かんだのは、隣の席に座る控えめ女子、八島朋美だった。
いつも難しそうな、文学を好んで読んでおり、教養が深そうな顔で冷静に勉強に取り組んでいる。いつも放課後は図書室で本を読むか勉強をして、独特の雰囲気を放っていた。
「どうやらその顔は居るみたいだね。ならばこの薬を飲んで告白してくるがいい」
「早過ぎませんか!?」
「大丈夫だ。緊張しない薬を処方しよう」
「亜紗部長……」
「え?」
「何でもないさ」
そっと差し出された薬包紙を受け取り、僕は図書室へと向かった。
「あ、あにョ……!」
図書室で一人本を読む八島朋美は、自分が不思議の国に迷い込んでしまったのではないかと錯覚させる程に神秘的な雰囲気を纏っていて、残念な僕は思いきり噛んでしまった。
「?」
八島が不思議そうな目で僕を見た。思わず吸い込まれてしまうような、美しい眼。思い出した様に薬包紙を慌てて開け、部長から貰った薬を飲んだ。
「あ、あのゥ……!」
「?」
「あニョゥ……! そニョゥ…………ぅ、はぃ……」
言葉が出ない。
「なんですか?」
たまらず八島が声をかけてくれたが、僕は喉が貼り付いてしまった様に、一切の言葉が出なかった。
薬のおかげで不思議と緊張はしていないが、好きな女の子にどう接して良いのか、どうして国は授業で教えてくれなかったのか。今になって政治が憎くなった。
「すみマセェん!」
──僕は、逃げた。
「ハァ……! ハァ……!」
校舎裏、ただの運動不足を告げる息切れがたまらなく憎い。
「なさけない……!! 僕はアイツら以下のミジンコ野郎だ……!!」
壁を叩く。殴ると痛いからだ。
「どう、しましたか?」
「──!?」
と、後ろから声をかけられ、慌てて振り返った。完全なる不審者たる自分に話しかけてきたのは、生徒会副会長の、水城みことさんだった。
「……どうしましたか? 何処か具合が悪いのですか?」
少し膨らみのある、緩やかなシルエット。柔らかい手のひらが、僕の背中をさすり始め、僕の脳内はアメーバで満たされた様に、死んだ。
「ニョ……!」
「?」
「うわーーーーっ!!!!」
僕は、またしても逃げた。
「うわぁぁぁぁぁぁー!!」
──ガラガラピシャン!!
辿り着いた先は図書室
「八島さん!」
「!?」
軽く怯えた八島さんが、僕を見た。
「八島さん生徒会だったよね!? みことさんって好きな食べ物とかあるかな!? ニンジン食べるかな!?」
「え? え?」
「あ! また薬貰わないと!! 八島さん後でみことさんについてメッチャ教えてね!!」
「!? !?」
──バタン!
「あ、戻ってきたということは、撃沈だったのだね? んんー、私の胸に飛び込んで吸い付くといいサ♪」
唇をとがらせる部長にビンタを食らわせた。
「さっきの薬と在ればイケメンになる薬を下さい」
「ハハハハハ! 在るわけない訳がないだろう?」
「後で取りに来ますから、まとめて全部下さいねー!」
「ハハハー?」
──プルルルル。
「ツカサ! 女神が居た! ゆるかわぽっちゃりガールの女の子が居た!」
「え? 何か言った?」
「なんでもねーよ、いつもの神プレイみたいにガンガンに行ってみろよ」
「おう!」
電話を切り、ただ走った。向かう先は美容室だ。
こんなダサダサヘアーともおさらばして、いざ青春だ!
「あ」
と、コンビニの前で例の奴等がまたたむろしていた。
「今日からヨロシクゥ!」
「?」
参考書を全てゴミ箱へとぶち込み、僕は偉大なる大先輩方々へと挨拶をした。
「よーし! 明日からリア充目指して頑張るぞい!」
僕の青春はココから始まるのだ。