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邂逅:少女ト魔女

分割できなくて、ちょっと長くなっちゃいました!

 エラは十七歳になった。エラはあの時から変わらず無表情で叔母の家族に押し付けられた家事をこなしていた。どんなに罵られようが、どんなに殴られようが表情を変えなかった。


 夏に差し掛かろうとしていたある日の夜だった。叔母と娘たちが食事の準備をしていたエラのところにやってきた。


「シンデレラ、これからお城で舞踏会があるからドレスを私たちに着せなさい。だからもう、食事の準備はしなくて良いわよ。」


 叔母が厨房に入ってきた。シンデレラはすぐに火を止めた。


「わたしも行ったほうがよろしいですか?」


 エラが無表情で聞くと、叔母たちはエラを嘲笑した。


「シンデレラはこれから家のことをするのよ? お城になんて言っている時間はないわ。まずお母様の部屋の掃除をしなさい。それからわたしの部屋の掃除。」

「わたしの部屋の掃除もしなさい。」


 姉に続いて妹が言った。シンデレラはやはり無表情で命令を聞く。


「従者は必要ではないのですか?」

「従者は本家の方から呼ぶから要らないわよ。アンタなんて連れて行ったら一生残る恥になるわ。今日は王子様に会えるのだから、できるだけ良い格好をしていかないとねぇ。そんなことより早く来なさい。」


 叔母たちは厨房を出た。エラもそれについていく。叔母たちは自分たちの部屋に入るとドレスに着替える準備をし始めた。


 エラはまず叔母の部屋に入って叔母がドレスを着るのを手伝った。叔母は太っていたのでコルセットを巻くのが大変だ。腹の周りに着いた贅肉を無理やりコルセットの中に押し込む。エラはいつも、苦しくないのだろうかと思うが、叔母は何ともない顔をしている。やせ我慢かもしれない。


 次に娘たちの部屋に行った。二人の娘は王子の婚約者となるべく張り切って準備をしていた。あのドレスが良いかしら、このドレスが良いかしら。クローゼットから持っているだけのドレスを引っ張り出してきてどちらが良いか吟味している。


 その間にもエラは二人がドレスを着る前の準備を進めた。


 結局、姉は黄色を基調としたドレスを、妹は水色を基調としたドレスを着ていくことにしたようだ。


「それじゃあ、シンデレラ。わたしたちが帰ってくるまでに部屋の掃除をしておくのよ。」


 姉が言った。


「廊下の掃除もね。それと庭の手入れも頼むわよ。もし帰ってくるまでに終わったいなかったら分かっているでしょうね?」


 エラの瘦せこけた顔に、鼻と鼻が当たってしまう寸前まで近づいて、叔母が付け加えた。


 エラは無表情でスカートのすそを軽く摘まみ上げながら、頭を下げた。


 それを満足そうに見た叔母たちは、屋敷の建物の入口の前に止まっている馬車に乗り込んだ。馬車はすぐに出発して、王城の方へ向かって行った。エラはその様子を無表情で見送っていた。



 エラは叔母たちの言いつけ通りに部屋の掃除をした。叔母たちが出ていったのが夜の6時ごろで、それぞれの部屋の掃除が終わったのが8時ごろだった。叔母の部屋はほとんど片付いていたので、ほこりを落とす程度だったが、娘たちは出発の前にクローゼットの中に入っているドレスをひっかきまわしていたので、すべてを片付ける必要があった。


 叔母たちの部屋を片付け終わったエラは、廊下の掃除をするために木の桶に井戸から水を汲んできた。ほうきと雑巾を持ってくると、ほうきで廊下のごみを掃き始めた。カーペットに着いている泥も一緒に落としていく。


 エラが廊下を掃除し始めてから20分が経った頃、風も吹いていないのに窓がカタカタと揺れ始めた。


「何?」


 エラが何事かとそちらの方へ向くと、廊下に小さなつむじ風ができていた。エラは少し距離を取った。怪奇現象に驚いたからではなく、つむじ風に巻き込まれてケガをしないためだ。


 つむじ風は光を帯び始めた。そして、少しずつ空中に浮いていき、球形になった。その風の球は廊下をふさぐくらいの大きさまで大きくなると、一気に解放された。


 一瞬、光が廊下に満ちた。廊下を一陣の風が駆け抜けていき、近くにあった窓のいくつかを開けた。エラの白みがかった金髪を美しくなびかせた。


 風が収まるとそこには、ハーフツインテールに結った黒髪に大きな先の折れたつばの広い三角帽子をかぶって、黒色のローブを着た少女が立っていた。


「わたしに助けられる哀れな子羊ちゃんはあなたかしら?」


 少女が口角の端を上げて、紫と赤のオッドアイの瞳を興味深そうにエラの方へ向ける。


「あなたは誰ですか?」


 エラがほうきを少女の方へ向けて尋ねた。少女はそれを見て肩を(すく)める。


「別に、あなたを襲いに来たわけじゃないんだから、ほうきをこちらに向けるのをやめてくれるかな?」

「あなたは誰ですか?」


 エラは、少女の要求には答えない。


「ちょっと、ほうきを下げてって言ってるでしょ! なんでほうきを下げてくれないの!?」

「もう一度言います。あなたは誰ですか? この家に用事がありますか? 今日は叔母さま方は王城へ行かれましたよ。さあ、日を改めてまたお越しください。」


 少女はあきらめたようにため息を吐いた。


「もう、あなた何なのよ。こっちが助けようとしているのにほうきなんか向けちゃって!」少女が両手を腰に置いた。「わたしは魔女リーゼロッテよ。あなたに用事があるの。あなたを不幸から助けに来たのよ!」


 エラは怪訝そうな顔をした。少しの間、二人の間に沈黙が流れる。


「あの、魔女リーゼロッテ。嘘はつかなくて良いですから、誰に会いに来たのかを教えてください。」

「わたしは嘘なんてついてないわ! あなたのことを助けに来たの!」

「わたしは助けなんて呼んでいません。嘘ですよね?」

「違うわ! 本当にあなたのことを助けに来たの! 」


 リーゼロッテはそう言うと、ローブの中から先にオレンジ色の宝石のついた杖を取り出した。


「こうすれば信じてくれるかしら! <白き光を纏いて、再びこの世に顕現せよ>」


 リーゼロッテが詠唱しながら杖を振るうと、オレンジの宝石の先から幾本もの光が曲線を描きながらエラを包み込んだ。そして、その光が霧散すると、そこには白いドレスに身を包んだエラがいた。足にはガラスの靴を履いている。


 栄養失調でほとんど骨にしか見えなかったその体に肉が戻り、痩せこけてほお骨が見えていた顔にも肉が戻り、美しい顔立ちになっていた。


「さあ、これで信じてくれるかしら!」


 リーゼロッテが自信満々の顔でエラの方を見た。


「えっと、魔法使いだというのはわかりました。」

「え!?そこから!?」

「ですが、この服に着替えたからと言って、別に幸せになるわけじゃないですよね。」

「…そ、そうよ。これからあなたは馬車に乗ってお城に行くの。王子様に会って、一緒に踊ればあなたはきっと幸せになれるわ。馬車ももう用意してあるの。ほら、外を見て。」


 リーゼロッテが普段履かない、というよりは履くことができないヒールに歩きづらそうにしながら窓の外を見ると、カボチャの馬車とそれに繋がれた白馬が庭で待機していた。


「さあ、あの馬車に乗ってお城へ行きなさい!」

「嫌です。」

「へ?」

「嫌だ、と言っているんです。」

「どうして!?」


 リーゼロッテが意味が分からない、という様子でエラの両肩をガシッとつかんだ。持っていた杖が地面に落ちる。


 エラはいきなり肩をつかまれたので、ビクッとして肩を縮こませた。


「わたしにはまだ、やらないといけないことがありますし、それに、本当にこのままお城に行って王子様に会えるかどうかも分からないじゃないですか。」エラはリーゼロッテの手を外しながら答える。「それに、あなたが嘘をついている可能性だってありますよね。叔母様の命令でこんなことをして、家に帰ったらまだ家事が終わっていなくて、わたしのことを殴るんです。そのためにリーゼロッテに命令した可能性もあります。」


 リーゼロッテは唖然として動けなくなった。自分の要求をまさか拒否されるとは思いもしなかった。リーゼロッテが困っている人を助けるのは今回が初めてではない。今までに助けてきた人たちは、リーゼロッテの要求に応えて皆が幸せになっている。


 エラはリーゼロッテから少し距離を取った。リーゼロッテは落とした杖を拾いながら言った。


「わたしは…嘘をついてなんかいないわ…。あなたはこの生活が辛くないの?」

「この生活は辛いですよ。辛くないわけがないじゃないですか。」エラは淡々と無表情で答える。「それでも、魔女リーゼロッテの要求を聞いて裏切られない保証がどこにありますか?」

「じゃあ、お城に行かなくても良いから、街に逃げましょう!街なら良いでしょう?」


 エラは目を伏せる。リーゼロッテには、ほんの少し、眉間にしわが寄ったように見えた。


「わたしは人殺しなんですよ? 街の人たちがかくまってくれるわけないじゃないですか。」

「どういうこと? 一人ぐらいはかくまってくれる人もいるかもしれないわ。」

「あなたに話す必要はありません。どうせその人もすぐにわたしのことを裏切ります。」

「裏切られたらまた逃げて、他の街でかくまってくれる人を見つけましょう?」

「この街から逃げることはできないですよ。きっとみんな、すぐにわたしのことを通報します。」

「あなた…」


 エラはことごとくの提案を拒否した。その拒否の根底にはこれまでに叔母たちから受けてきた、エラに対する仕打ちがあった。


 エラはずっと無表情のままだった。エラはリーゼロッテから目を離さないまま言った。


「それじゃあ、もう、良いですか? わたしをこの屋敷から連れ出すことはできないんですよ。この屋敷の中が一番安全です。もうお帰り下さい、魔女リーゼロッテ。」


 リーゼロッテは下唇を悔しそうに少し嚙むと、エラに向きなおった。


「今日のところは引くことにするわ。でも、わたしも神から授かったこの能力を無駄にはしない。舞踏会はきっとまた開かれるわ。その時になったらまた来るわね。」


 リーゼロッテは持っていた杖を振った。するとエラの服装が元に戻り、さらにもうひと振りするとカボチャの馬車と白馬が消えた。リーゼロッテは思い出したように尋ねた。


「そういえば、あなた名前聞いてなかったわね。なんていう名前なの?」

「それを教える必要がありますか?」

「ええ、あるわ。名前で呼び合いたいもの。」

「…エラ」

「エラっていうの…素敵な名前ね。」

「お世辞をありがとうございます。」

「お世辞じゃないわ。本当にそう思っているもの。じゃあ、またね。エラ。」


 自分のことを名前で呼んでくれた人は両親を亡くしてから初めてだった。そして自分の名前を素敵だと言ってくれた。エラは自分の心が少し揺れた気がした。


 リーゼロッテは屋敷を去っていった。


 エラは、リーゼロッテが現れた時の風で開いてしまった窓を閉め、乱れたカーペットを直した。再びほうきを持つと、少し汚れてしまった廊下を掃除した。


 エラは雑巾がけをしているときに、手のひらの少し先に水滴が落ちるのを見た。雨漏りしているのかと天井を見るが、雨が降っていないので、雨漏りするはずもない。再び廊下に目を落とすと、右手に水滴が落ちた。


 エラは自分が右目から涙を流していることに気が付いた。



 リーゼロッテはエラの屋敷を後にすると、街に繰り出した。エラの情報を調べるためだ。


 リーゼロッテは酒場に行って、エラについての情報を集め始めた。あいまいな情報も多かったが、あらかた情報を集めることができた。


 曰く、自分の娘に殺された貴族がいて、その娘の名前がエラである。

 曰く、その娘と貴族の屋敷は叔母が引き取ることになった。

 曰く、新しい屋敷の主人は一人も下人を雇わず、娘を虐待して屋敷の世話をさせている。

 曰く、叔母は屋敷にほとんど客を呼ばなかったが、2年前に数回男の集団を屋敷に呼んだことがある。


「…ひどい話ね。エラがあんなに人間不信なのも納得できるわ。」


 リーゼロッテが独り言でつぶやいた。


「だろぉ…!姉ちゃぁん? 俺のことぉ、少しくらい見てくれよぉ! こんなにかっこいい、ヒック…俺のことを見てくれないな~んて、ひどい話じゃねぇかよぉ~!」


 リーゼロッテの隣の席に座っていた酔っ払いの男性が絡んでくる。


「ええ、ひどい話ね。本当に。」


 リーゼロッテは席を立った。酔っ払いの男性がリーゼロッテに抱き着いた。しかし、そこにあったのはリーゼロッテの豊満な体ではなく、火の球だった。


「熱っ、アチッ!!ぎゃぁああああ!誰か助けてくれ~!」


 リーゼロッテは自分が座っていた席の近くて燃え盛る男を無視して店を出た。


「さて、どうやったらエラを幸せにできるかしら…。絶対に私が幸せにして見せるわ。」

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