人間ノ業
昔々、ある王国に、裕福な貴族の家庭があった。その貴族には、エラという名前の十三歳の娘がいた。
エラの、腰の近くまで伸ばした母親譲りの美しい白みがかったブロンドの髪は、幼いながらも彼女に神々しさを与え、父親から受け継いだ、透き通った夏の海のような碧色の美しい瞳は見つめた者すべてを魅了した。
エラは裕福な家庭で育てられたために上品で愛想も良く、肉付きも良かった。誰の目から見ても将来は美しい娘になるだろうことが予想された。
その娘は、両親に大切に育てられ、人の悪意というものを知らなかった。
どんな人も互いに互いを支え合いながら生きており、人のためになるように行動するように教えられてきた。
しかし、いくら娘を人に悪意を向けないように育てようとも、外からの悪意を排除することはできなかった。エラの両親は、エラの叔母に財産目当てで殺された。白昼堂々の犯行だったが、叔母が手配したことによってその殺人を見たものはひとりもいなかった。ただ一人を除いて。
エラは両親が殺されたとき、両親が殺された部屋の隣の部屋にいた。まず叔母はエラの父親を殺した。エラの母親が逃げようとするバタバタという音に気が付いて、エラは両親がいた部屋で起きた異変を確認しようとした。
エラが部屋に入った時、母親の左胸からナイフが突き出ていた。その胸からは赤い血が流れている。母親はエラを見ると、手をエラの方に伸ばして言った。
「エラ…!逃げ…て……!!」
叔母は突き刺したナイフを少しだけ下に動かして、素早い動きでそれをエラの母親の胸から引き抜いた。床に敷かれたカーペットに赤い血液がどんどん染みていく。エラと同じ白みがかったブロンドの髪も赤く染まっていった。
エラは何が起きたのかを理解できなかった。エラが呆然としていると、いきなり叔母に後ろから両腕をつかまれて母親の後ろに立たされた。エラが次に気が付いたときには、叔母が母親を刺したナイフを両手で握っていた。
エラの目の前では、使用人たちが悪魔でも見たかのようにエラのことを見ていた。
「皆さん、助けてください!この子が…エラがいきなりお兄様たちを刺したのです!何とか抑えていますから、今の内にナイフをどこかにしまってください!!」
叔母は使用人たちに助けを求めた。エラに自分がやった殺人を押し付けたのだ。叔母は切れ者だった。エラの両親を殺すことは計画にあったのだが、エラに自分の犯行を押し付けるのは計画には無かった。たまたまそこにエラが現れたから、エラに冤罪をかけることを思いついたのだった。
エラが反論する間もなく、エラは使用人たちに押さえつけられ、親殺しの犯罪者として扱われた。
その日からエラは屋敷の敷地から出ることができなくなった。
*
両親の葬式は叔母夫婦が喪主となり、屋敷の近くにある大きな教会で執り行われた。殺された両親は裕福な貴族だったためか、大勢の貴族が葬式に参加した。
この葬式に参列していた多くの人々はこの裕福な貴族に一人娘がいることを知っていたが、その一人娘の手によって殺されたのだと認識していた。
叔母夫婦とその二人の娘たちが葬式の前日までに様々な手を使って、エラが両親殺しをしたということを吹聴ふいちょうしたのだ。もちろん、屋敷の外に出ることができないエラには、反論の余地はなかった。
そういうわけでエラは表には出ることができなかったので、両親の葬式や埋葬には参加できなかったのである。
叔母とその家族の、兄夫婦の屋敷を奪い取る計略は恐ろしいほどうまくいった。屋敷に勤めていた使用人たちは暇を出され、叔母夫婦に仕えたいというものは叔母夫婦の元の屋敷の使用人となった。ほとんどの者が別の貴族の使用人となるか、別の職を探した。両親殺しの娘がいる屋敷になど誰が居たがるだろうか。
こういう経緯で、エラが住んでいた屋敷には叔母とその二人の娘たち、そしてエラが住むことになった。
叔母とその娘たちはエラのことをまるで奴隷かのように扱った。最初のうちは普通の使用人と同じようにエラのことを扱っていたが、徐々に命令が苛烈になっていった。広大な屋敷の中の保守の全てをエラに押し付け、自分たちは贅沢三昧だ。食事もろくに与えられず、エラは空腹をしのぐために叔母たちが出した残飯に手を付けるのだった。
健康的だったエラの体は日に日にやせ細っていった。両親が生きていたころの快活な少女の姿はなく、その体は骨が浮き出ていて、骸骨に皮をかぶせたようにしか見えなかった。
叔母たちは押し付けられた家事がうまくできなかったときはエラを殴ったので、エラの体には常に青痣が絶えなかった。叔母たちが屋敷に住み始めてからはほとんど来客がなかったが、外聞を気にしてか衣服で隠れない部分には青痣は無かった。
まともに風呂にも入れなかったので、エラはどんどんみすぼらしく汚い姿に変わり果ててしまった。家事をするときに衣服や体に着いたほこりや灰を見て、叔母たちはエラのことを灰を被ったエラ、シンデレラと呼んだのであった。
エラの眼から徐々に光が消えていった。人は助け合って生きているのではなかったのか。人は相手のためになることをするのではなかったのか。エラに人間とは何たるかを教えた両親はすでに死んでいる。
そして、その両親はこのときのエラにとっては呪いとなるようなことを教えてしまったのである。人は善性であるし、変わることができる。話し合えばわかってくれる。人を殺してはいけないし、人は精一杯生きなければならない。
これらの呪いは叔母たちを殺したり、エラが自殺したりする逃避の道を完全に閉ざしてしまったのである。亡き両親から受け継いでしまった、エラの善性がこの呪いを強固なものにした。
エラは叔母たちが変わることを懇願しようとした。しかし、叔母たちはそもそもエラに必要最低限以上の発言を許さなかった。
こうしてエラは逃げることのできない檻の中に囚われてしまったのである。
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