第999話 ヴェルナーの持ち情報①ポンチョ
「緊張してる?」
迎えに来てくれた馬車の中で兄さまに尋ねられ、わたしは反射的に首を横に振る。
膝の上のもふさまの重みに慰められているから、ちょっとは緊張しているのかな?と思い直した。
「……ねぇ、兄さま、もふさま。ヴェルナーの目的はなんだと思う?」
兄さまは軽く息を吐く。
「リディーと何を話しても、刑が変わることはない。それは彼もわかっているはずだ。だとすると恨み言をいいたいのかと思ってしまうね」
『其奴は最後、喚いて裁判とかいうのを中断させたのだろう? 何やらリディアに思いれがあるようだし、特に気をつけるんだ』
もふさまにこくんと頷く。
「リディー、これはロサがトルマリンとナムルに相談して作ってくれたものだ」
もふさまが背負っているリュックが揺れる。
ん?と思うともふもふ軍団が出てきた。
「兄さま、それなんでち?」
『さっきから嫌な感じがしてたんだ』
「嫌な感じ?」
レオに聞き返すと、アリとクイも大きく頷いた。
『チクチクしてた』
『ゾワってする』
『それは非常に強い何か、ですね』
ベアの言葉を頭の中で繰り返す。
非常に強い何か?
「そうか、みんなは触らない方がいいかもしれない。これは瘴気を弾くものだそうだ」
「瘴気を弾く?」
「寄せつけない秘術を編み出したらしい。リディーが瘴気に弱いから、ずっと試行錯誤して作ろうとしてくれてたんだ」
それは真っ白のポンチョに見えた。ホワホワのボンボンが紐の先についている。可愛い上着としても問題なく、見栄えするものでもあり……。
兄さまに手渡される。
肌触りは……最高級の……。
「これ、もしかしてもふさまの?」
「よくわかったね。聖獣の毛を織り込んである上着だ。それにトルマリンとナムルが協力して秘術を施した。ある程度の瘴気から守られるよ」
!
ロサ、トルマリンさん、ナムル……。
そんなことはひとっことも口にはせず、裏で動いていてくれたんだ。
「もふさまも、ありがとう」
『我は尻尾の毛をちょっとやっただけだ。大したことではない』
「アオたちもこの上着に力を感じるんだね?」
兄さまが確かめると、みんな頷く。
『我らは人族より瘴気を多く持つからな。リディア、それは魔物避けにもなるかもしれないぞ』
わたしはレオの言葉を兄さまにも伝えた。
兄さまにそれを着て、ヴェルナーと会うよう言われて納得する。
ヴェルナーの弁護人はわたしに瘴気を使ってきた。彼もわたしは瘴気が苦手だと知っているかもしれないものね。そしてわたしに仕返しとばかりに瘴気を使う手段を考えているかもしれない。
瘴気の使い手であるトルマリンさんとナムル。瘴気を弾くものまで考えだすなんて、凄すぎる……。っていうか瘴気が万能すぎない?
そういえば呪いの解呪。魔法の使い手からすると、呪いを解呪するといったら浄化することだと思えて、言うなれば呪いを消せばいいと思った。単純に。
けれど実際の呪術の解呪は、瘴気を活性化させて全てを引き連れ外に出すものだった。瘴気を使って。そう……全て退けさせるやり方があるのよね。呪いと一緒に解呪をセットで習得するって言ってた。この全てを退けさせるところを何か改良していったのかもしれない。
それを魔具に取り込めれば。それにこうして瘴気から守られる秘術を〝知った〟わけだから、ギフトのプラスでできることもありそうだ。
みんなわたしにポンチョを着ろと言って、わたしに近づかないようリュックに入っていった。
制服の上にポンチョを着込む。コートは馬車の中に置いて行こう。
1時間ぐらいで裁判所についた。あの時と何も変わっていない、忌まわしき場所。でも、今日その記憶は塗り替える!
わたしはポンチョごと自分を抱きしめる。
見えない〝頑張れ〟をもらっている。離れていても守ってくれてる。
だからわたしは背筋を伸ばす。
わたしは、リディア・シュタイン。父さまと母さまの子で、大好きなものがいっぱいある。そのひとつも取りこぼさないで守っていけるよう、わたしも尽力する。
兄さまにエスコートされながら階段を上る。門番さんに兄さまが名を告げると、もふさまも一緒に通される。
そのまま一室に案内された。座って待っていると、やってきたのは世界議会のカード・バンパーさんだった。
「お久しぶりです」
わたしたちは挨拶をしあった。
バンパーさんは今日ヴェルナーと会うことを承諾してくれてありがとうと、まずお礼をいった。
そしてヴェルナーと会う時、彼も同席するという。わたしも異存なかったので、頷く。暴れるかもしれない。もふさま、兄さまもいるけれど、さらにバンパーさんがいてくれれば安心だ。
念のため、魔法の使えない部屋での面会だという。ヴェルナーは拘束されているから心配ないと言われる。
移動して一室に入り、ヴェルナーの様変わりっぷりに身が竦む。
拘束されていて、その姿が異様だったせいもあるだろう。
椅子に座らされていた。
腕は胸のところで交差させ、そのまま胸のところと手が動かないようロープで縛られ、お腹と椅子の背もたれ、足と椅子の脚とこちらもぐるぐる巻き。
耳当てをされて、目は黒い包帯のようなもので覆われている。ヴェルナーは眠っているかのように下を向き、ピクリとも動かなかった。ゾッとするような異様さがあった。
わたしたちは、彼からたっぷり2メートルは離れた、正面に置かれた椅子に腰掛ける。
もふさまはわたしの膝に乗ってきた。
隣は兄さまだ。
バンパーさんは座るつもりはないようだ。
椅子の後ろで待機していた人に指示を送る。
すると、ヴェルナーから耳当てを外した。
ゆっくりとヴェルナーが顔を上げる。
「目隠しも外してくださいよ」
「話すだけなら、関係ないだろう?」
バンパーさんが言った。
「この目で確かめなくては、本物のリディア・シュタインを連れてきたのかわからないじゃないですか?」
後ろの男が困った顔をしてバンパーさんを見ると、彼は重たく頷いた。
黒い目隠しがとられた。
ヴェルナーだ。顔がガリガリに痩せていた。裁判であった時よりさらに頬は落ち窪み、目の下も黒いものを塗りたくったかのようなくまがあり、面変わりが激しいけれど、目の前の暗い目でわたしを見てくる男は、間違いなくヴェルナーだった。




