第997話 現在限定
「何人もの方から言われました。リディアさまがブレドさまの側室になられるって。そして私を蔑ろにすると。
私はリディアさまと婚約者さまに絆があることを知っております。でも、皆言うのです。記憶のないリディアさまはブレドさまを選ぶ、と。
……確かに、時が流れれば立場も変わり、選ぶことも変わることがあります。そう、理解しています。
もしかしたら、リディアさまがブレドさまの側室になられることもあるかもしれない」
わたしがロサの側室?? ど、どうしてそんな話が出てくるの?
あるわけない! そう言おうとして、リノさまの目に圧倒される。
「絶対は、ありませんから」
その言葉で反論を封じられる。
……確かに絶対はない。限りなく選ばない道ではあるけれど。
リノさまの気持ちがわかってしまう。わたしも同じようなことを、何度も何度も考えたから。
わたしの力、スキル、ギフト。みんなに話せてないことはまだまだある。ミラーがその最たるものだ。本当は言いたい。特に頭のいい人に知ってもらえば、終焉のことでもっといい方法が見つかるかもしれない。
みんながわたしの能力をいいふらしたりしないのはわかってる。秘密にしてくれる。
それに今後犯罪でミラーが使われたようなことが起こっても、わたしの名前を出さないことも。みんながわたしの敵となることはないと思っている。
でも同時に反対のことも思ってる。
時が経ち立場が変われば、それを知っていることで苦しめることがあるかとも。
普通の困難ぐらいではわたしを頼ったりしないだろう。でもそれが愛する人となったり、その生死にかかわることだったら? 特にロサは国の王となるだろう。守るものが段違いに多い。そのときわたしの力で助けられるとしたら……それでもわたしを秤にはかけないかな?
そんな究極に困ったところでわたしが何かしたら、はっきりわからなくても気づく人はいる。みんなじゃない誰かはわたしを利用しようとすることもあるだろう。
わたしはみんなの友情を疑っていない。でも卑怯にもそれは現在限定のことなのかもしれない。
主にわたしが未来で傷つかないため。そう友情より大切な何かに負けたときに傷つかないため。優しい彼らもきっと悩む。友情に苛まれむ。
いや、それは後付けだな。悩ませたくないというのも、本当に思うことではあるけれど。
基本はわたしが傷つきたくないからだ。いってみれば、保身に走っているわたしこそフェアーじゃない。最初からフェアーじゃない。
誰かにバレる危険性があったら、いつも助けてもらって、守ってもらってるみんななのに、その秘匿したい力は使わない気でいるのだから。
何をいったって、わたしは自分がかわいくて、立場が変わったときにその友情を超える何かで自分が傷つきたくなくて、言わないことにしているんだ。結局ね。
世界が終わるかもしれないっていうのに、未来を心配するわたしはおかしいのかな?
でもわたし、アイリス嬢のように世界の終焉の映像を見ていないせいか、終焉を思い描けてない気がする。ひと一倍瘴気にダメージを受けやすくて、1000億分の1の量でも圧倒されたはずなのに。なぜか思い描けてない。世界が終わること……。
もふさまがわたしの足に足を乗せた。
ハッとする。そうだ、リノさまと話していたんだ。自分の思想に迷い込んでしまった。
「すみません、黙ってしまって。リノさまの言葉に傷ついたとかではないんです。わたしも最近同じようなことをぐるぐる考えました。
……その信じているのは前提です。けれど時が経ったときそれが有効であるかは計り知れない。そう思うことは信じていないからなのかと、その答えは出ていませんが、リノさまの思われたことはわかる、と思ったんです」
青い瞳から涙が溢れ出した。
「リディアさまは本当にわかってくださるのね」
とわたしの手を取った。
「いつかのリディアさまを信じていないわけではありませんの。でも、人生何があるかわかりません。行きたくなかった道に進むことになることもある……。ブレド殿下との婚姻ももしかしたらあるかもしれません。リディアさまは私を蔑ろにしたりはしないでしょう。でもそれはただの希望だと言われました。
私の周りにいる方はリディアさまを知らないから、だから誤解しています。私が言っても聞く耳を持ちません。お父さまだってシュタイン家は敵になると考え始めています」
公爵さまも?
子供だけでなく?
ウチにはエリンの婚約話が今日来たのに、話がまわるのが早すぎる。
それも、エリンが婚約して、ロサとバンプー殿下の兄弟対決に追随する形でセローリア家とシュタイン家の対決と言われるならともかく。
エリンが断ることが前提で、わたしがロサの側室にってそのカーブの効いた話はなんなわけ? 無理矢理わたしを話に投入してない?
ダニエルに言われた言葉がよぎる。……誰から本当にわたしは執着されてる?
……大人にまで話が早くまわっている。早くっていうか、大して確かめないうちに信じているところが、あの新興宗教と似通った何かを感じる。だとしたら……これも仕掛け人がいるんじゃない?
第四夫人とは別だよね。第四夫人はバンプー殿下の後ろ盾にシュタイン家がなって欲しいってことだものね。宗教と別便かはわからないけど、いや、宗教と同じような感じよね。
絶対背後にわたしを巻き込もうとしている誰かがいる。
「心優しいのはリノさまです」
「え?」
「セローリア公爵さまがシュタイン家に対して動こうとしている。それを憂いでいらしたんですね」
自分がやいのやいの言われて、不安になったりそんな気持ちは置いておいて、わたしとの友情で板挟みになっていたんだ。
彼女の目尻にたまった涙を指で拭きとる。
「リノさま、情報がまわるのが早いんです」
「え?」
アダムやダニエルも情勢に敏感に反応してくれているのに。
その網を掻い潜っている。
「情報に踊らされている感があります」




