第996話 婚約者に届いた言葉
緑の木漏れ日の空間。
「え?」
リノさまが小さく口を開けて不思議そうな顔をしている。
顔色は悪くない。そっか、恐らく精神体が呼び寄せられていて、それがいつもの自分を象っているのだろう。
聖樹さまはわたしの願いを叶えてくれた。
「聖樹さま、ありがとうございます」
「え、聖樹さま? え?」
リノさまは理解が追いついていない。
『久しいな、リディア・シュタイン。そして遣いよ。
リディア・シュタイン。お主、頻繁に遊びに来るとか言ってなかったか?』
すねてる。けれど約束を破ったのはわたしだ。
『ワン』
リノさまもいらっしゃるからだろう、もふさまは犬のフリをする。
「聖樹さま、すみません、本当に忙しくて。それなのに、願いを聞いてくださってありがとうございます!」
『なに、そちらの生徒は参ってるようだからのー。リノ・セローリア嬢、ご機嫌よう』
リノさまはわたしが話しかけていた方向に向かってカーテシーをする。
「ご機嫌よう。聖樹さま、でいらっしゃるのですね。いつも私たちを見守ってくださり、ありがとうございます」
『フォッフォ、リディア・シュタインも、この娘ごのようにワシを敬って良いのだぞ』
「本気で敬って、ありがたいと思ってますよ、わたしだって」
『そうかのー。それにしては誠意が足りないような』
「なかなか来られないのが申し訳ないから、せめてと思って土人形たちに栄養いーっぱい根本にいれさせてるじゃないですか」
ウチの魔力たっぷりの野菜、つまりわたしの魔力たっぷりの野菜や花を植えまくってもらってる。それがまた育ったり、枯れて養分になったりとしているはずだ。
『くっくっくっ。ほんにリディア・シュタインは知恵が回るのぉ』
もふさまがなぜか胸を張っている。
聖樹さまはこういうやりとりを好まれているようなんだよね。本当はなにも欲したりしていないと思う。
わたしはリノさまに向き直る。
「リノさま、なにがあったんです? ここにはわたしたちしかいません」
リノさまは、びくっと体を震わせた。
それから上目遣いにわたしを見て、また目を伏せる。
「……覚悟はしていましたが、殿下の婚約者候補になりお友達が減りました」
わたしはリノさまを支えながら、一緒に座り込む。
「だから婚約者になってからもお友達でいてくれる方々は、本当の友達だと思っていたんです。それなのに……酷いことを……いうんです。ほ、本当のお友達ではなかったのかもしれません……」
わたしにすがるような目が、何か腑に落ちない。
「……酷いこととは、一体どんな? リノさまに酷いことを?」
リノさまはハッとする。
そして目を閉じて首を横に振った。
「リディアさま、忘れてください。取り乱しました。ごめんなさい」
リノさまがわたしから目を逸らす。
「……わたしのことで、何か言われたんですね?」
こんなことでピンとくるなんて、わたしの人生呪われている。
リノさまは全身でビクッとした。素直な方だ。
「そのお友達は本当にリノさまを心配して言ってるのかもしれませんよ」
え?と青い瞳が大きくなる。
「先ほどわたしも知ったんですけれど、第四夫人からわたしの妹へ打診がありました。第三王子殿下の婚約者に迎えたいと」
リノさまは先ほどのように驚かなかった。知っていらしたんだね。
ウチには今日手紙が届いたのに。
「妹はとても王族に嫁げるような子ではないですし、本人も嫌がっていますから、辞退しています。……そんな事情を知らずに、シュタイン家がリノさまの敵になると、心配されたのかも……」
リノさまはロサ・第二王子殿下の婚約者だ。そして第三王子殿下は王太子に選ばれたいようだ。その王位継承権のライバルとなる婚約者にシュタイン家の娘がなると聞いたら、リノさまに忠告めいた話がいくのもわかる。
リノさまは目をうるうるさせていた。
え、違う?
「あ。もしかしてわたしが生徒会に入り浸っていた件でしょうか。あれは聖女さまも関係している殿下が取りまとめられていることで、話し合いで行っていました。これからも話し合いはあると思いますが、これからは……」
「リディアさま」
遮られる。
「そのことは存じておりますわ。ブレド殿下からもお妃教育が終わったら、一緒に挑んでほしいと言われています。それにリディアさまと皆さまが小さい頃から仲が良かったのは知っていましたし……。心がお近くにあるようで羨む気持ちがないと言ったら嘘になりますけれど、それに関してはリディアさまだけでなく、ご友人や仕事の側近の方々、皆さまに目くじら立てなくてはなりませんわ」
言葉通りに受け止めるほど愚かではないつもりだけど、それならリノさまは一体何にお辛くなっているんだろう?
「リディアさまはお優しく、聡明な方。私が言わなくてもお知りになるでしょう。でしたら私から申しあげるべきですね。
おっしゃる通りです。
第三王子殿下の婚約者にシュタイン家のエトワールさまが候補にあがっている。けれど、シュタイン家はそれを許さないだろう。家族の結束が強いから、姉妹で争うようなことはさせないはず……。そう言われました」
ん?
姉妹で争うって、わたしとエリンが?
エリンが王族に嫁がないことが、どうしてわたしと争わないってことになるの?
逆を言えば、エリンが王族に嫁いだら、わたしと争うことになる?
それってどういうこと?
わたしはリノさまの次の言葉を待った。




