第995話 第四夫人の暴走
どうも2、3日前から何やら不穏、とは言い過ぎだけど兆候はあった。その出来事とは……各地のシュタイン領の商会に、ロクスバーク商会からの遣いがあり、お近づきになりたいと自分のところの商品をお土産にやってきて、そしてうちの商品を大量に買い込んだという。それが1カ所じゃなかったので、嫌な予感がしていたそうなのだが。
今日になって、第四夫人からの手紙が届き、第三王子のバンプー殿下の婚約者に第四子のエトワール嬢を迎えたいとあったそうだ。
父さまはすぐにエトワールは年齢よりも子供すぎて、とても婚約の話をいただけるような準備ができていない、それから王族の相手はとても無理と返したそうだ。
そこでのポイントは陛下からの手紙ではなく、夫人からの打診だったこと。
その後すぐ、秘密裏に陛下からの文がきた。
自分は第四夫人の望みを許可していない。
元王妃が廃妃になったことで、父さまとの約束は効力が切れている。
それでも一応守る気ではいるが、子供同士がもし恋愛をして望むなら受け入れることもあるだろうというようなことが書かれていたそうだ。
ま、確かに、言われてみればそうだった。
ウチにちょっかいを出すなというのは、元王妃さまがいらしたから効く取引材料だったのだ。律儀に陛下が守ってくれているのが凄いといえば凄いことなのかも。
わたしはアダムから聞いたことを話した。
やっぱり陛下は許していなくて、第四夫人の暴走だと。
陛下にこれ以上望むことはできない。けれど、許してないのは確かだから、こちらがきっちりした態度で反対していればなんとかなるってことだ。
エリンに伝えたのか聞いたところ、一応伝えたそうだ。
エリンはどう思っているかといえば、もちろんバンプー殿下の婚約者はいやだそうだ。っていうか、シヴァより弱い人は一昨日きやがれだという。エリンもブレないなー。
エリンの気持ちからいっても、シュタイン家はこの婚約話はお受けできません一択だ。
ただ、第四夫人もきっと反発に合うのはわかっていたので、外側から手を回しているんだろう。ロクスバーク商会は第四夫人が2年ほど前からバックアップしている商会だそう。そこがこぞってシュタイン領発の店を特別視している。鼻の効く商人たちはもちろん気づいて、すでに下のお嬢さまの婚約ですか?と探りを入れられているようだ。こうやって固めていかれちゃうんじゃない?
父さまもそれを心配しているようだけど、エリンは全然気にしていないという。「相手はもちろん自分で選ぶし、父さまが断れないのなら、あたしが殿下と会うわ。会って話をすれば縁がないことをわかってくれると思う、普通の頭があれば」とニタリと笑ったそうだ。
父さまはそんなエリンを見て、絶対にエリンとバンプー殿下を会わせないようにしないと、と思ったという。
とにかくエリンは幼すぎて婚約させられないで話を押し通すつもりのようだ。
わたしも尋ねられたりしたら、そう言っていいと言われた。
スッキリはしなかったけど、ウチとしては断る気だという確認が取れてよかった。
アダムがクスッと笑う。
「君の妹ぎみはブレないね」
「そうだね。ちっちゃい頃からシヴァぐらい強い人じゃないと認めないって言ってたし」
『エリンに自分で断らせるのが一番効くんじゃないか?』
もふさまは呑気にあくびをしながら言った。
「確かにエリンなら王族相手でも自分で断れそうだけど、殿下と会わせたら父さまじゃないけどどうなるかわからないし、不安だわ。不敬罪になりそうよ。絶対会わせちゃダメ」
わたしが悲壮になるとアダムはますます笑うのだった。もふさまは後ろ足で首のところをかいている。
アダムにお礼を言って、じゃあクラブに行こうかと歩き出すと、足取りの重たい女生徒がいて……。
え? リノさま?
「リノさま!」
わたしは駆け寄った。
「リ、リディアさま」
顔色が悪い。アダムは横で礼をする。
「今日は学園に来られていたんですね」
お妃教育で学園にはほとんど来られていないから。
「……はい」
「リノさま、体調が悪いのではないですか?」
「少し疲れて」
リノさまが急に崩れ落ちそうになり、アダムが支える。
もふさまもその下で待機していた。
わたしは悲鳴を飲み込むしかできなかった。
気を失った?
アダムが片手で器用に上着を脱いでわたしに放る。
「僕が運ぶから、顔が見えないように上着をかけて」
わたしは言われた通り、リノさまだと見えないよう上着をかけた。
アダムが抱えて、保健室に駆け込んだ。
「先生、急に倒れられて」
メリヤス先生はベッドに寝かせるよう指示を出し、アダムはベッドにリノさまをそっと置く。
メリヤス先生はリノさまの脈をみて、表情を和らげた。
リノさまは大丈夫だという。
心配だけど、寝顔を見られていたとわかったら嫌かもなと思ったので、アダムと歩きだした時。
「リディアさま……」
か細い声。振り返ると、リノさまが起き上がろうとしている。
「リノさま、無理なさらないで」
わたしはベッドの横に戻って、リノさまを支える。
アダムがメリヤス先生を呼びにいく。
リノさまがわたしの手首を引っ張った。
「リディアさま、私っ」
泣きそうに顔が歪んだ。あ、これ、辛くなってる。
メリヤス先生がいらしたので、わたしは場所を明け渡す。
メリヤス先生からの問いかけには、しっかりした口調で答えている。
「お疲れのようですね。殿下を呼びましょうか?」
メリアス先生が言うと、リノさまは静かに首を横に振った。
「いいえ、私のことで殿下を煩わせたくありません。エンターさま、運んでくださったんですね、ありがとうございました」
「いいえ、本当に大丈夫ですか?……」
気丈に振る舞っているけど、それは見せかけ。
聖樹さま! わたしは心の中で強く思って名前をよんだ。




