第992話 お茶会ブーム
「シュタインさま、ぜひ、うちのお茶会にもいらしてくださいませ〜!」
甘ったるい甘い声で熱心に誘ってくる。
鑑定と申告してきた本人の名前とも合っている。
「すみません、忙しくしていて」
口実でもあるけれど、本当に忙しいのよ。
彼女は残念そうに眉を下げ、すぐにわたしの隣へと興味が移る。
「そんなぁ。エンターさまはいかがですの? エンターさまだけでも」
「申し訳ないけれど」
「まぁ! どうしてエンターさまをお誘いなさってますの? それでしたら私の方が先にお声をお掛けしましたのにっ」
「あの、落ち着いて……」
そう声をかけるが、差し出した手は行き場をなくす。
普段おとなしい令嬢たちが、目を怒らせて牽制しあう。
……空前のお茶会ブームがきてしまった。
発端はライラとケイトが同じクラブのユリーさまに誘われたことだった。ふたりに作法を聞かれ、あまりに不安そうにしていたので、ウチでお試しお茶会を開いた。わたしもお茶会に明るくないので貴族のお友達に助けを求めたら、皆さま快く指南役になってくださった。
本命のお茶会に参加したライラとケイトはとても楽しく過ごせたようだ。
ライラとケイトだけでなく、他の子たちもクラブで仲良くなった貴族の子がいたわけで。貴族の子たちもクラブ以外でも一緒に過ごしてみたいと思っていたものの、貴族と平民の壁を気にしてお互い、誘いづらかったみたい。
それがひとつ成功例が出たら、なんだ普通に誘っていいんじゃないってわかったようで、女子の間でお茶会が盛んだ。
そしてわたしもほとんど知らない子から、こうして誘われる機会が増えている。ついでというより本命らしいアダムを誘いたい一心っぽい。学園内でわたしの護衛をしてくれていたアダム。いつの間にかわたしとワンセットと思われている。
アダムも断ってはいるけれど、こうしつこいと……。あ、逃げた。
その後を、何人もの女生徒が追いかけていく。
なんか、ごめん……。
アダムの背中を見送り、薄情だが先に教室に戻ることにする。
担任であるヒンデルマン先生から用事を頼まれ、アダムがつきあってくれていたのだ。その帰り道の奇襲だった。
「リディア、シュタインさん」
青い巻き髪の女生徒は、わたしの目の前で髪を後ろに払う。
上級生だ。制服が上級生のもの。
鑑定で名前を見る。
「あなた、生徒会生でもないのに、どうして生徒会室に入り浸ってますの?」
もふさまが見上げてきたので、大丈夫と頷く。
「生徒会の方々にお話があって行っておりましたが、確かに生徒会生でもないのに、よくなかったですね。これから気をつけます」
「殿下はもうセローリア公爵令嬢という婚約者がいらっしゃいますのに、つきまとって非常識ですわ!」
「第二王子殿下が事の指揮をとっておられるのです。セローリア公爵令嬢もそれはご存知です」
ジャクリーヌ・トリエ先輩は顔を赤くする。
「あなた、上級生に口答えして生意気でしてよ?」
でも、黙ってれば黙ったで、また別のことで難癖つけられるのはわかっている。だって完全に文句言いたいだけでしょ、これ。
それでも、やはりロサと距離が近すぎたかと反省する。わたしも婚約者がいるわけだし、異性と普通に話すのはよくないのかもしれない。
そうやって友達と距離を置かなくてはいけないのは悔しいが、世間全体がそういう風潮なのだから、そうしないと誰かを傷つける。リノさまはわかってくださっていると思うけど、やはり嫌かもしれない。そういえばダニエルにも婚約者がいるのよね。その方にも近すぎると思われているかもしれない。
「口答えをしたつもりはありませんが、先輩のおっしゃることも一理あります。これからは異性と距離を置くように気をつけます」
そう言って真っ直ぐに見つめれば、彼女はたじろぐ。
「でも、それで報告を怠ったら、かえって大変なことになるんじゃない? トリエ伯令嬢は、その責任を取れるの?」
目の前の令嬢たちが一斉にカーテシーをした。
振り返れば、第三王子殿下、バンプーさまだ。彼は2年生。
わたしもみんなから一拍遅れて、カーテシーで挨拶をする。
「それに、セローリア家ご令嬢の心を探るほど、仲が良かった? トリエ家はボネ派だろう? いつからセローリア家に与するように?」
「第三王子殿下にご挨拶申しあげます」
「学園だから楽にしていいよ、みんなも」
みんな口々に挨拶を述べる。
「それから、リディア・シュタイン嬢は私の義姉君になられる方。失礼な態度は謹んでくれ」
みんながハッとしたようにわたしを見た時、わたしもまた驚いてバンプー殿下を見上げた。
「殿下、義姉とはどういうことでしょうか?」
「言葉、そのままだよ。お義父上から聞いてない? 私がエトワール嬢に婚約を申し込んでいるのを」
バンプー殿下がエリンに?
婚約!?
「は、初耳でございます」
嘘でしょ。ウチが王族にかかわることはないはずなのに。
周りがざわざわしだす。
ダメ。いくら噂でもそんなの広まったら、これからのエリンの人生に……。
「第三王子殿下」
「なんですか、義姉上」
「わたしは家族から、その話は聞いておりません。ということは正式ではないということ。王族である殿下が正式に決まってもいないことを、気軽に口にされては困ります」
そうやって噂から固めていくのが目的なのかもしれないけど。
「リディア・シュタイン! 王子殿下にまで反論するなんて、なんて礼儀がなっていないんでしょう?」
「間違っていることは間違っていると言えるようになるのが、この学園に通っている意味ではないのですか?」
わたしが一歩も引かずにいうと、トリエ先輩は薄い口を結んだ。
っていうか、大問題勃発!
エリンに縁談? それも第三王子殿下ってなんの冗談よ!




