第991話 瘴気のお勉強⑯茜色の空
もふさまが現れた。心配して様子を見にきてくれたみたい。
『大丈夫か?』
「大丈夫。けど、サブハウスにいく」
こっちは封印されたものと分かっていても、目の前に瘴気があるのは落ち着かない。
サブハウスまでくると息がしやすいと思うのは、思い込みかな?
もふさまはアオと交代して……次はベアと誰かがついていてくれた。
中の状況はというと、双子は難なく瘴気玉を作っているようだ。
父さまと兄さまは魔法陣で玉を作っているそう。
わたし以外、瘴気の塊があるというのに、みんな動じてないみたい。
瘴気は人を見るとか、あんな怖い話を聞いたのに、誰も怯まない。
大きく息を吐き出すと、サブハウスのドアが開く。
「アラ兄、ロビ兄!」
「リーとレオだけか? 父さまたちは?」
『瘴気部屋の小部屋で作業してるぞ』
わたしはレオの言葉を繰り返す。
「部屋作ったのか?」
簡単に経緯を説明した。
ふたりは放課後、王都の家に帰ってきたようだ。
ふたりも瘴気玉を作る手伝いに入るという。わたしはアラ兄に、後からでいいけど魔具作りの相談をしたいと申し出た。するとロビ兄がアラ兄の肩を叩き、アラ兄は今、魔具作りの相談にのってくれるという。
わたしはショウちゃんにロビ兄を瘴気部屋、それから小部屋のみんなの元に運ぶようお願いした。
「魔具って瘴気に関すること? 瘴気にはリーはかかわれないよね?」
ロビ兄を送ってから、アラ兄がわたしの隣に腰を下ろす。
「そうなんだけど。だから、〝玉〟の方に細工ができないかと思って」
「玉の方に?」
わたしは大きく頷く。
わたしが意見を出せば、考えが及んでいない点を指摘され、じゃあ、こうしたら?と新たに話してみる。それだったらこうした方が……アラ兄も考えてくれて。あーでもない、こうでもないと話しているうちに、外枠が決まってきた。それならなんとか作れそうと話がまとまった時、みんなが瘴気部屋から出てきた。
どの顔にも疲れが見える。
「お疲れさま!」
わたしはみんなに聖水を配った。
「姉さま、小部屋の瘴気は全部玉に込めたわ」
「え? あの量を、この短時間で?」
盛大に驚くと、エリンとノエルは誇らしそうに胸を張る。
「そうよ、あたしたち、頼りになるでしょう?」
すこぶる笑顔だ。ノエルも。
「そうだよ。僕たちも手伝える。だからひとりで抱え込まないで!」
……その通りだ。
「うん、そうする! みんな、ありがとう!」
気持ちを込めてお礼をいうと、みんなピカピカの笑顔をくれた。
瘴気を込める際、自動的に威力も容量も半分になるような魔具が作れたら、また少し瘴気をバラすための確かな道筋となる。
出来上がった瘴気玉はとりあえず各大陸に分散させる。玉になっていれば、本体瘴気の封印が解かれ、陛下に何かあったとしても、その瘴気から瘴気が溢れ出ることにはならない。
どこに敵がいるかわからないから大っぴらにはできないけれど、終焉案件が終わったら、世界議会を通しバラした瘴気のことを説明していくことになるだろう。そして時間をずらして、瘴気玉を開放していくのが望ましい。
そこらへんは各国のトップと世界議会案件となるけどね。
みんな揃っているので、領地の外れの家でみんなで夕ご飯を食べようということになった。
茜色の空はやけに低いところにあるように感じる。押しつぶされそうだ。
小さいころ見上げた空は。広くて大きくて。
それなのに、どこまでも行けるような気がしてた。
ワクワクして、楽しくて。何者にでもなれると思った。
今はとてもちっぽけな自分を知っている。
不思議だな。小さい頃の方が自分をちっぽけだと思っていたと思うのに。小さい頃は陰口で決めつけられ、傷ついてた。
……そっか希望を持ってたんだな、きっと。大きくなればちっぽけではなくなる、そんな希望を、無意識に。
今は世の中のあまりの広さに、大きさに。とても太刀打ちできないとも思う。
自分が足りないことだらけで、足元を頼りなく思うこともある。
何かを成し遂げ、その経験で自分を奮い立たせ、やっと立っている。
でもひとりでできないことも、わたしの不得意なところが得意な誰かと支え合って、思い合って、大きなことにも立ち向かっていける。
呑気に何者にもなれるとは思えないけれど、一歩ずつ歩みを進めていけばいいと分かっている自分もいる。
わたしは何かできたかな?
わたしは何かをしていけるかな?
「リディー」
父さまが少し前で足を止めていた。
「はい」
慌てて返事をする。
「ヴェルナーが強制労働所に収容される」
やっとか。
ヴェルナー。彼はドナイ侯の駒として、わたしの前に現れた。
幸い縁がなかったのに、鼻持ちならない性格のため、わたしが彼との接触を断ったことを根に持ち、わたしの商会に手を出したり、山崩れを仕掛けてきたりして迷惑をかけられた。その時手にしていた魔具が組織のもので。バッカスのことを知ることになったきっかけになった人とも言えるかもしれない。彼の裁判に出て、彼の弁護士に連れ去られたわけだしね。
わたしやわたしの商会に仕掛けてきたことで有罪が決まっていたけれど、強制労働所行きが決まると、生きては出てこられず報復されることはないと思ったのか、余罪を訴える人が続出。その最たる人が離婚を言い渡された元奥さんで、彼女がヴェルナーにどんな酷い仕打ちを受けてきたかは聞くに耐えなかったそうだ。
それらの裁判で長引いて、強制労働所行きがのびのびになっていたらしい。
「リディアに伝えるか迷ったが。
世界議会や王宮はヴェルナーがどうやってバッカスを知ったのか、口を割らせたくて餌もぶら下げてきたが、今までは反応がなかった。けれど、リディアが無事戻ってきてからは、リディアにならバッカスをどうやって知ったのかを話すと言っている」
兄さまが足を止め、振り返る。
「どうする?」
ヴェルナーか。あいつは本当にいけすかないやつだ。あの弁護士と繋がっていたのか確認したくもあるけれど。
「あのやろー」
「この期に及んで要求するなんて」
ロビ兄、アラ兄がまなじりをつり上げる。
「本当に嫌なやつね」
「まだ姉さまに関わろうとするなんて!」
エリンとノエルが憤る。
『あのやなヤツ、倒しちゃえばいいのに』
『本当ですね。許可いただければいつでも』
レオに感化されているのか、ベアまで物騒なことを言ってる。
『ああいうやつはうんと苦しめばいい!』
『そうだよ、簡単に死なせちゃだめだ!』
アリとクイも怒ってるね。
「リディアのギフトであいつに何かしてやるといいでち!」
アオがよくない顔をしてる! そんな顔も可愛いけど。
「ええ、やだよ。あの人とは……役立ってもらうけど、それ以上関わりあいたくない。ましてやわたしのギフトはプラスだもの。マイナスなことには使わないの!」
『リディアがやらないなら我らがやってもいいか?』
「ええ?」
「おいらも山崩れのお返しをしたいでち」
あ、アオも怒っていたんだね。
でも、そうだよね。怒って当たり前のことされたもんね。
「命を取るのはナシよ」
というと軍団は喜んで、何をしてやろうと楽しそうに相談しだす。
ヴェルナーのことを思い出して滅入った何かが消えていた。
「リディー、行くんだね?」
兄さまに確認を取られる。
バッカスのこと、少しでも知りたいし、ね。
兄さまがわたしの手をとる。そして父さまに向き合った。
「父さま、私もリディーと一緒に行っていいですか?」
「ああ……そうだな。リディーのことはフランツに任せる」
兄さまは父さまに頷きながら、わたしの手をギュッとした。
『我も絶対に連れていけ。人族の決まりごとでもそれだけは譲れないと言え!』
もふさまも心強いことを言ってくれる。
わたしはとてもちっぽけだ。
それは小さい頃から少しも変わっていない。
大きくなったらきっとできる、盲目的にそう希望を持てなくなったぶん、分が悪いところもあるだろう。
けれど、わたしは一人じゃない。心を軽くしてくれる家族、友達、仲間がいる。わたしのことを思ってくれる人がいっぱいいる。
ひとりでは足がすくむことがあっても、誰かと一緒だから歩んでいこうと思える。歩んでいける。
わたしはちっぽけだけど、ちっぽけなだけじゃない。
いつか誰かが言ってくれた。わたしの周りにいるのは、わたしが縁あって繋いできた人たちだと。
わたしは一人じゃない。時には自分のしてきたことを褒めてあげよう。
わたしに何かできたかな? 答えは……わたしの周りに笑顔がある。手を繋いでくれる人がいて、声をかけてくれる人がいて、一緒に考えたり、喜んだり怒ったりしてくれる。
ひとりで踏み出すのが怖くても、小さい頃ただ無邪気にワクワクしたように、今度はみんなといるから、新しいワクワクを手に入れられた。
わたしはみんなといれば、どこまででもいける気がする。
「リディア、ヴェルナーと会うと返事していいんだね?」
父さまに確認される。
みんなといるなら〝気が滅入る〟なんてもったいない。
お返しはみんながしてくれるようだから……。
バッカスの情報を手に入れるのは当たり前だけど、そのほかにプラスアルファ。
……世界議会にも王宮にも恩がある。だからここは喜んで役に立てることがあるのならというところではあるけれど。
もらえるものがあるなら、もらっておきましょう。
「記憶のないリディアとヴェルナーを会わせようとするってことは、かなり行き詰まっている」
対外的には、わたしはまだ記憶戻ってないということにしてあるから。
そのわたしに、ヴェルナーに会えとはよほど膠着していて、手がないんだろう。
そして、きっとわたしに悪いと思っているはず。
「父さま、世界議会にうんと恩を売って」
そう言えば、父さまは吹き出すように笑った。
兄さまがクスッとして、アラ兄、ロビ兄も笑い出す。エリンとノエルも笑ってる。もふもふ軍団もなんだか飛び跳ねてて、もふさまも『それはいい』と太鼓判を押してくれた。
茜色のサブハウス前に、笑い声が響き渡った。
<17章 わたしに何ができたかな?・完>
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
ひとつの章で、192話は長かったですね^^;
パンドラエピソードの終わりに書いたように、17章は終わりますがまだまだ続きます!
加護の力を玉に込められると思ったのか、連れていかれたリディア。
苦手な瘴気の攻撃、それから思い出したくないいくつかのことが重なり記憶が飛んでしまいました。
エピローグ以外、主人公の一人称でいくと思いますが、そんなわたしの決まりごとは書いてないですから、なんの話??と思われたんじゃないでしょうか。
それでも読み進めていただき、本当に感謝です。
記憶をなくしたリディアは組織も想定外で持て余され。伝達がしっかりされなかったので酷い扱いとなりました。
リディアは貧乏でも貴族の生まれ。それが同じ〝生〟の中で、身分という後ろ盾のない者がどんな扱いを受けるのか、身をもって知ることになりました。
仲間たちと逃げ出し、助けてもらって、記憶も取り戻すことができました。
思い出せば、世界の終焉問題は確実に近づいてきている。
ひとつずつできることをやっていこうと、気持ちを新たにしました。
ここでひとまず、17章完結です。
拙い物語にここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!
次章は王太子騒動の話となります。
その前に明日から更新のお休みをいただきます。
ここまで読み進めてくださった皆さまに、感謝です!
訪れてくださること、読んでいただいたこと、
フォロー、感想などに、とても励まされています、ありがとうございます。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました。
御礼申し上げます。
次章もお付き合いいただけたら嬉しいです。
kyo拝




