第987話 瘴気のお勉強⑫1000億分の1
「わたしの住んでいたところは〝地球〟という星で、やっぱり太陽があって、その周りを1年かけて周り、月も1日をかけて地球をまわっていた。〝箱庭〟とほとんど一緒。ゲームの世界ということから考えても、〝箱庭〟は〝地球〟と似通っていると思う」
時間、日にち、四季のも同じだと告げる。
「ってことは、星の大きさなど同じじゃないかと思うの」
この世界では地図を秘匿したりするので、この星がどれくらいの大きさかは本当のところわからない。けれど、1日、1年のあり方からいって自転、公転の観点から同じではないかと思っている。似通いすぎているから、そう大きく外れてはいないと思うんだ。そして、基準は日本!
うん、この世界はズバリ前世の乙女ゲーから確立された世界なんだと思う。
するとね、〝作られた〟〝設定された〟以外のところは、地球の概念、日本の概念を踏襲しているんじゃないかと思っている。意識下でも無意識にでも。
だってもし星の大きさを大胆に変えたのなら、自転や公転にも違いが大きく出てくる。温度が違えば海水の高さまで変わってきて、それを予測した世界を考えるのはとても大変。ゲーム作りをするうえで、特に力をいれるところ以外は、知っているところに当てはめるのではないだろうか?
例えば太陽が2つある世界があっても、その紫外線量などは太陽がひとつの世界と同じ量が届くことと、どこかで辻褄合わせが行われると思うのだ。それが意味のあること、そうだな、その紫外線をどうにかするのかがメインの話でない限りはね。
そう話せば、ロビ兄たちはなんとなく頷く。
「この世界の地図は秘匿されがちで面積とかも出せたわけじゃないけど、大陸もそんなふうに多分同じだと思うの。前世では大陸と海の割合が3対7だった」
レオたちがみんなの膝の上に上がってくる。もふさまだけ、わたしの前でわたしを見上げている。
「温暖化って怖い話があって」
「温暖化?」
「便利にするために作ったものの排出物が、巡り巡って〝地球〟全体の温度をあげてしまうことで」
「温度があがる?」
わたしはゆっくり頷く。
「温度があがると寒いところの氷が溶けたりして海面が上がってしまう。海面が1メートル上がったら、わたしの住んでいた国の砂浜は9割が失われるって言われてた。氷が溶けると氷の上で暮らしていた動物たちが生きていけなくなるし、海の水位が上がれば陸が減るから、その陸地に住んでいた動物たちの住むところも減る。海が広がれば雲のでき方や風の吹き方も変わって災害も多くなる。環境が変われば何もかも変わってしまう。生物も、植物、食料も。
それが妙に怖くて、面積とか体積とか調べていた時がある。実際の数値はおおきすぎて訳わからなくて、結局身近な恐怖にはならなかったけど」
ああ、話が逸れた。みんな辛抱強く聞いてくれてるけど。
「端数は忘れたけど、海の体積は13億超えてた。それをわかりやすいドーム何個分って説明がついてたんだけど、10兆超えしてて多すぎてよくわからなかった。
ドームってのはわりと知られているかなりの広さのある建物のこと。単位ではないけど、指針にしやすいっていうのかな。そうだね、うちらで言ったら、シュタイン領を指針とするのと同じ感じかな」
「姉さまの前世の海は、例えばシュタイン領10兆超えってこと」
そうそう、とわたしは頷く。
「瘴気が覆うっていったら空よね。空は……これも大気圏までって定義だけど。海の3倍が空の体積という説があって。恐らく全体の瘴気量はその7分の6ぐらいの量ではないかとアタリをつけた」
みんなが息をのむ。
「どんぶり勘定だから、7分の6は考えに入れない。だから覚えてない数値は切り捨てにして。
海の体積が13億として、空の体積はその3倍だから39億立方キロメートル。30兆個ドーム分。その1000億分の1なら、ドーム300個。回数も考えてそれぐらいがいいかと思った。けれど、最初は特にもっと少なくするべきだった」
前世でどんな生き方をしたのか、もうおぼろげだ。けれど、言葉を足掛かりにしてズルズルと思い出せることもある。
「……意外に考えてて、これか」
ロビ兄は封印された瘴気がどよーんと覆った領地方向に顎をしゃくる。
「で、どうする気だったんだ? 1000億分の1でも多いなら」
「それはもちろん、ミラーした瘴気たちを、また小さくミラーするの」
「できるのか?」
「できるでしょ」
「その根拠は?」
「え? だってミラーハウスの領域に空っぽダンジョンをミラーしてる。ここでもう2段回だもん。ミラーはマトリョーシカみたいに繰り返し複製することができるんだと思う」
わたしにはそんなイメージだ。
「ま、まと??」
「あ、ごめん。前世で上下に割れる人形があって、開けても開けても同じ小型の人形が出てくる、ある国の民芸品のこと」
あの開けても開けても、え、まだ出てくるの? の衝撃はぜひ体験してもらいたいところだ。
ロビ兄はジト目で見てから、深いため息を吐いた。
「……ちゃんと父さまとアラ兄、兄さまにも話してからにする。エリン、ノエル、そうしていい?」
エリンとノエルはうんっと頷いた。
「よし、じゃあ、ここからは夕飯の後にしよう」
ロビ兄の掛け声に、みんなが家に向かう。
わたしは領地の方に続く、重たい何かを見やった。
1000億分の1でこの量。この1000億倍を土地の魔法陣と共に守る陛下。そしてその役目はロサへと移行される。聖女もそうだけど、この世界はひとりに何かを押しつけすぎだ。
……ロビ兄に怒られたことを反芻する。わたしもそうだ。何かできると思い上がっていた。そのことで傷つけ、心配をかけた。
『封印を解く方法は考えてあるのか?』
わたしはもふさまを抱き上げる。
「一応ね」
『では何を憂いでおる? これから怒られるからか?』
「いや、それは本当にわたしが悪かったし。……ひとつの玉にどれだけの瘴気を込められるかわからないけど、気の遠くなりそうな作業だと思ってね。玉も想定してたのじゃ全然足らない」
マシだったのは体積は凄かろうと重さが空気ぐらいの比重のことだ。もし瘴気が水と同じぐらいの重さのあるものだったら、どれだけ圧迫感があったことだろう。感覚の問題だけど。
「リー?」
「今、行く」
とりあえず、封印されたままの瘴気だから、このままにしておける。
先に空間を作り出して、そこでミラーを呼び込まないとだね。
もう一度嫌な感じのする瘴気を見てから、わたしはサブハウスに入った。




