第981話 瘴気のお勉強⑥双子の神秘
王都の家に兄さまに送ってもらった。
フリンキーにエリンを呼んでもらい、ドレスから着替えるのを手伝ってもらう。紐が緩まり、やっとしっかり息ができるようになると、急にお腹が空いた。王宮では飲み物を口にしただけで、お菓子は食べられなかった。
「エリン、ありがとう」
「どういたしまして! お話はうまくいかなかったの?」
「え?」
「姉さま、どうしようって顔してる」
「……そうね、あてにしていたみたい。今日教えてもらうことで突破口が開けると思っていたの」
エリンに抱えこまれる。
エリン、また大きくなった。これじゃあどっちが姉かわからない。
「姉さま。姉さまの憂いはあたしが払ってあげる!」
「エリン……」
気持ちが嬉しいよ、ありがとう。そう続けようとした。
「姉さまは瘴気玉を作りたいけど、姉さまが瘴気を扱えないから困ってるのよね?」
エリンたちに小さい村にいる、バッカスに捕らえられていた子供たちと連絡をとってもらったりしていたから、細かいことは話していないけど察していたのだろう。
「その通りよ。でも……」
「王宮の下の瘴気を分散させるのが目的なんでしょう?」
「……うん」
「王宮の下の瘴気は地形の魔法陣で封印されている。その封印を解かなければ瘴気をどうにもできない。でも封印を解けば世界が滅びそうになるくらいの瘴気。
姉さまが瘴気を分散させるというからには、封印を解かずにその瘴気を持ち出すことが可能なんだよね? その瘴気を玉に込めるところでつまづいている」
「……うん、その通りよ」
「瘴気玉は呪術師やできる人もいるのよね。でも姉さまがそれをやりたかった。ってことは、瘴気を持ち出す手法をバラしたくないのね?」
「ご名答!」
賢いぞ、9歳!
エリンがわたしをギュッとした。
「姉さま、あたしたちに手伝わせて」
え?
「ありがとう。でも、ね。瘴気は……」
「姉さま、ノエルを呼んでいい?」
「ノエルを? それは構わないけど」
エリンはわたしを離し、胸の前で手をギュッとしてノエルを呼んだ。
「ノエル!」
1秒後、部屋の中にノエルが現れる。
え。フリンキーに呼んでもらったりしてないよね?
「姉さま!」
ノエルに抱きつかれる。
「2日ぶりね、ノエル」
「ノエル、あたしたちの出番よ。姉さまの役に立てるわ!」
「どういうこと?」
ノエルはわたしを離して、エリンと手を繋いだ。
一瞬、手を繋いだふたりが発光したような気がして。ふたりの周りだけ時間がゆっくり流れているような気がした。
あ、ふたりの髪の毛が、跳んだ時に持ち上がったような髪が……。
すぐに下に降りるのではなく、ゆっくりと降りていくからだ。
「あなたたち……」
「僕たちは双子。エリンに呼ばれればわかるし、僕が呼んでもエリンに伝わる。そしてこうやって手を繋げば口にしなくても話すことができる」
双子の神秘。
「そうだったのね、素敵な力だね」
ふたりは顔を見合わせて嬉しそうに笑った。
「瘴気をあたしたちが玉に込める」
「気持ちは嬉しい。けれど、瘴気は危険なの……」
「あたしたちは姉さまに命をもらったの」
え?
「僕たち、生まれてくるときに女神さまに教えてもらったんだ」
え?
「僕たち最初は魔物の子として生まれたんだ」
な、何を言ってるの?
「多くの魔物と同じで、生まれてすぐ死ぬ運命だった」
ノエルもエリンも切羽詰まったような真面目な顔。
「ひとりの少女が運命という道を辿らなかった。それにより天に召されるはずの女性が命をつなぎ留め、新しい命を育んだ。もともと存在しないはずの女性の子。だからその核は用意されていなかった。女神さまがすぐに輪廻の輪に戻る僕たちを哀れんで、存在しないはずの子になるように送ってくれたんだ」
ノエルが顔を上げてわたしを見る。
「あたしたちを生かしてくれたのは姉さまなの」
エリンもわたしを潤んだ瞳で見た。
「異質な僕たちを愛してくれた家族、姉さま。僕たちは姉さまと家族がとても大事だ」
「あたしたち、本来魔物になるはずだったの。だから瘴気と相性がいい」
「僕たちできるよ。瘴気を玉に込めること!」
わたしはできるだけ腕を広げふたりを抱きしめるようにする。
真実かどうかは関係ない。
ふたりはそう思っていることが事実。
そして、そう思ってきたことがふたりにとって幸せか不幸せかは、自身でしかわからない。
「ふたりはシュタイン家の第4子と第5子よ。わたしの大切な妹と弟。そしてもし妹と弟として生まれなかったとしても、あなたたちはとても素敵で、出会ったら好きにならずにいられないわ。
でも、ありがとう。わたしの妹と弟として生まれてきてくれてありがとう。わたしはエリンとノエルが大好きよ」
「あたしも姉さま大好き!」
「僕だって姉さま大好き!」
わたしたちはギュッと抱きつきあっていた。
わたしが前世を思い出せたのはラッキーだったけど、ふたりの生まれてくる時の記憶はラッキーなのか、そうでないのか……。そしてそれは真実なのか……。
「姉さま、あたしたちは瘴気に強いの」
エリンが掌を上に向ける。
ナムルと同じように、何をするわけでもないけれど、掌の上にピンポン球くらいの黒いモヤを生み出した。それが瘴気だとわたしにはわかる。
わたしが認めたとわかったのかサッと消した。
「姉さま瘴気が苦手なのにごめんなさい。でも使わないとわかってもらえないと思ったから」
「姉さまが瘴気が苦手だから使ってこなかったけど、僕たちは瘴気を使えるんだ。難なくね」
母さまが亡くなりそうになっていたことは、シュタイン家ではもう口にしていない。忌まわしい記憶だからだ。それに今母さまは元気なわけだし。
それにあの時、母さまが絶不調になったのは家族しか知らない。領地の人は具合が悪いのは知っていたけど、回復したところを見ただけに、そこまで危険だったとは思ってないはずだ。母さまが危なかったことをエリンとノエルに話すわけがない。
ではどこで知ったのだろう? 生まれるはずでなかったとか。聞けばまさに女神さまから聞いたとしか思えないけど。まさかね。
でも魔物は生まれてくるときに女神さまにだけ祝福を与えられ、それを覚えているという。
……でもでも、何が真実だとしても、ふたりがわたしの可愛い妹と弟ということは変わりない。だからいいのかな。




