第980話 瘴気のお勉強⑤がっかり
「それはどういうことだろうか?」
ナムルは元々姿勢もいいけど、ロサに尋ねられ姿勢を正す。
「まず、体内に瘴気をある程度持っていることが前提です」
皆の視線がわたしを横切る。
「それから瘴気の塊を体内に取り込む必要があるそうです」
「瘴気の……」
「塊……」
「塊というか結晶といえばいいでしょうか?」
「それはどこにある?」
鋭くアダムが聞いた。
「もうないでしょうね。グレナンは危険な森と共存していた。そこで瘴気を振りまく瘴木をみつけました。その瘴気を浴びた魔物はより凶暴になる。その魔物を倒すと特別な魔石を残します」
そ、それって。
「それは瘴気の結晶とも言えるもの。それを体内に取り込むと、瘴気を扱いやすくなります。ただし、元々体内に一定量の瘴気を持たないものは脳をやられ傀儡となるとか」
「君は、その魔石を体内に取ったのか?」
「私の血を辿ればグレナン民です。グレナン民は元々体内に瘴気を多く持っています。そしてその魔石を体内に取り込んだ者がほとんどだったようです」
!
あ。第一王子は瘴気入りの〝魔石〟を持っていた。誰かに乗り移るための魔石であり、完全な瘴気の結晶でないとしても、瘴気に耐えられる何かではあったはず。……瘴気の結晶を口にしていたかもしれない。それで瘴気を使えたのか? それで入れ替わりの秘術を完成させていたのかな?
「グレナンの方と今も連絡をとっていますか?」
「いいえ」
ルシオの問いかけにナムルは短く答える。
「グレナンの方はナムルさんのような肌の色をしているのですか?」
「半々ぐらいだったと聞いています」
「グレナンの方はみんな魔法を使うように瘴気を使えるのですか?」
「どれだけグレナンの子孫がいるかはわかりませんが、恐らくそうだと思います」
「多くの瘴気を扱えるようになりましたか?」
ロサが尋ねた。
「〝編む〟ことで体内の瘴気ではなく、外にある瘴気を使えるようになりました。魔法で大技を使うと魔力の消費が激しいように、大技を使えばある程度の瘴気を消費できるでしょう。それでも封じられた瘴気丸ごとをどうにかできるものではありません」
ま、そうだよね。
「初代聖女さまがどうにもできなかったものを、……どうにかできる人間がいるとは思えませんね。ユオブリアも地形の魔法陣そして多くの人、それから最大魔力の持ち主である陛下が抑えているのでしょう?」
「その通りです」
「今世の聖女さまは浄化の力を授かったのですよね? 今度こそ瘴気を浄化しきれるお力なのでは?」
「浄化は恐らく瘴気の浄化だと思っています。でも未来視ではまだ五分五分なのです」
「時期は?」
「2、3年後が多いようです」
「そうですか……。シュタイン嬢がバッカスに連れ去られた時、瘴気が使われたそうですね? それは編まれて使ったものか、魔法のように使われたのか分かりましたか?」
「彼女は連れ去られた後その弁護士と対峙しました。そこで記憶をなくしたようです。その時の一部を一刻思い出しました。その時、何か詠唱したり特別な動作はなく魔法を使うように黒いコヨリにした瘴気を使われたと言っていました」
ナムルは人差し指の背を、口の下の凹みに合わせる。
「その弁護士はグレナンの子孫なのかもしれませんね」
弁護士はどうだかわからないけれど、バッカスはカザエルの人たちの寄せ集めな気がしていたのでハッとした。
カザエルに瘴気に強いグレナンが加われば、鬼に金棒だ。
そのカザエルとグレナンの集まりが目の敵にしているのがユオブリア。
滅びたことに対する何かだとしても、元々大陸の違うユオブリアになぜ?
ナムル先生の授業はあっさり終わった。
ナムルのように瘴気をイメージ補強で使うには、体内に瘴気の結晶を取り入れることが必要。その瘴気の結晶は今はないもの。はい、終了。
困った。これじゃあ、瘴気を玉に入れられない!!
「瘴気を使うには地道に呪術を習うしかなさそうだね」
ロサがため息をつく。
「どうだい、リディア嬢。瘴気に君はかかわれない。分散させるのに瘴気玉を作るつもりだったんだろう?」
イザークにわたしは頷く。ま、詳しいことは言ってないけど、普通に考えてその道筋は想像できるもんね。
「瘴気玉が作れたとして……封印されている瘴気を取り出すのは不可能……座標を割り出すのか? いや、でも封印されているのだから……」
ダニエルがブツブツ言ってる。
「考えていることはあるの。もうちょっと先が見えたら報告する」
細かいことは言いたくなかったので、先回りして質問を封じ込めた。
「危険なことはしないでくれよ?」
ロサの苦笑い。わたしは安心させるために頷いた。
本心はナムルから何かを得られる想定でいたので、ガックリきている。
「アダムは寝不足っぽいな。エンダーのこと、何かわかったか?」
ブライがアダムに話しかけた。
「詳細はまだ。概要は第四大陸ミネルバにあった国。大地暦500年前後で名を変えたのか、吸収されたりしたのか、国として情報は出てこなくなる」
「グレナンより前に滅びているな」
「国として情報は出なくなるのに、言語は残っていたのか?」
「第四大陸の公共語だったみたいだ。それで国は消えたが言語などは伝えられてきた」
「第四大陸の公共語と、第一大陸のグレナンの言語が似ていた……」
兄さまが呟く。
「そこなんだ」
アダムがその呟きに答える。
みんながアダムを見た。
「第四大陸ミネルバは第三大陸エレイブの南に位置する。西側は第二大陸のツワイシプ、東側は第五大陸キメリア。第一大陸ベクリーヌにはツワイシプを横断するか、ツワイシプの南をぐるりと回らなくては第一大陸に到達しない。
第一大陸と第四大陸は離れている。それなのに、どうして言語が似ている?
それにゴット殿下はどうしてそんな離れているのに、似ている言語を見つけられたんだ?」
「エンダーの方が歴史に現れているのが早いのだから、エンダーが第一大陸に移住したんじゃないか?」
「恐らくそうだろう。けれど、その意味というか、間に何かもうひとつ、ゴット殿下は見つけていたんだと思う。僕はそれを見つけたいんだ」
アダムの中で第一王子の存在は今も大きいのだな。
いや、アダムだけじゃないか。ロサにとっても。
……わたしにとってもそうかもしれない。実際会ったり話したりしたのは時間にすると短いのに、インパクトだけは無駄にある。




