第978話 瘴気のお勉強③術の基本
「編むとはすごいことですね。確かにイメージ補強で使う方が楽ですが、魔素を集めた時の方向と、したいことの角度に関わりがあるとは思っていませんでした。そこを意識するだけでも、効果があがりそうです」
「イメージでは魔素を集めているところは省略されますからね。編むことの素晴らしさのひとつは、瘴気でも魔力でも内と外との燃料の消費を指定できるところです。イメージではほぼ内なる魔力を使うでしょう? 魔法を使う時は自分の魔力を使うって刷り込みもありますしね」
「トルマリン先生、魔法士に術を編むことを教えていただけませんか?」
イザークが頼み込んでいる。
「いえ、私はしがない呪術師ですので……」
「〝編む〟ことが廃れている今、この教えは本当に貴重です。〝編む〟を知ることは絶対に魔法も発展していきます」
イザークが本気だ。トルマリンさんはその迫力に押されている。
「この絵柄や記号は馴染みのないものですね。どこかの古代語からきてるんですかね?」
ルシオがおっとりと言った。
わたしも思った。
火はね葉っぱの形の外枠に、半分よりちょっと上の中央に黒丸。そこから尻尾が生えている。
水は3本の斜め緩やかS字に定められた場所に3つの黒丸。
風はふた角まで90度の2辺でそこから渦を巻く。2つの黒丸。
土は凸凹のデコの天井を塞がず、左右に開いたような形に4つの黒丸。
「エンダーの絵文字だそうですよ」
エンダー? どっかで聞いたような。
ガタンと椅子を倒してアダムが立ち上がった。
「エンダー、ですか?」
「え、あ、はい」
アダムが頭を抱えている。ど、どうした?
「エンダー、どこの大陸の国ですか?」
イザークが尋ねる。
「もうありません。古代にあった国です。第四大陸だったかな?」
トルマリンさんにお礼を言って、授業は終わった。
「アダム、どうしたの?」
「僕は馬鹿だ!」
「アダムが馬鹿だとすると、それ以下のわたしの立つ瀬がないんですけど」
静かに突っ込んでおく。
「ゴット殿下が〝ヒント〟を残してくれていたのに。エンダーのことは調べなかった!」
あ、エンダー。どっかで聞いたことあると思ったけど、第一王子が言ってたんだ。グレナン語と似ている言語から導き出して理解したって。
「もう滅びているんだよね? けれどグレナンより情報があったってこと?」
ルシオの疑問はみんなの疑問だ。
グレナンの情報は表に出なかった。そして滅びた時、民も散り散りになり住んでいたところは焼き払われ、書物などもほぼ残らなかった。それでグレナン語を知るものがほぼいない。
第一王子はエンダー語とグレナン語の類似点から、グレナン語を読み解いた。ってことはエンダー語のアンチョコがあるってことだ。こちらも滅びた国なのに、現代語の意訳が残ってたのかね? きっと、そうなんだろうけど。両方滅びた国というところで、腑に落ちない何かがある。
「悪い、先に失礼する」
ホストのアダムが先陣切って出て行ってしまった。
わたしたちは顔を見合わせ、みんなで学園の寮へと帰ることにした。
わたしはアラ兄とロビ兄と同じ馬車だ。
「リー、瘴気のことどうするんだ? リーは瘴気を編めそうもないだろう?」
「魔具を作ろうと思ってたんだ。けれど瘴気が術師を見定めるなんて想定外だった。魔具でもできなさそう」
グッと唇を噛む。
わたしができないとなると……。でもバレていい人は限られているから、玉に瘴気を込めることをお願いすることになる。それは家族にしか頼めない。
アラ兄、ロビ兄、喜んで協力してくれるだろうけど。
瘴気は危険なものと知っただけになー。
もうちょっと考えよう。
明日はナムルに講師をしてもらう。
彼をとことん信用しているわけではないので、地下基地には連れて行けない。
ゆえにお城で、ロサもいるところでの講習となる。明日は兄さまも参加するとのことだ。
そこで何かいい案が出ないかを待とう。
呪術師とグレナンの瘴気の扱い方には随分と違いが出るものだな……。
それに瘴気の方が扱いは難しくても、やれることの幅は広い気がする。
魔法だと編むのだとしても属性に縛られる。
でも瘴気は魔法陣を勉強すればどんなことでもできてしまう。
魔法でいう無属性全般ってことだもん。
わたしが推理している通り、ツワイシプ大陸以外の人は魔力ではなく瘴気量が多かったら。そしてみんなが瘴気を編むことを覚えたら。めちゃくちゃ脅威になる気がする。
寮に着いた。ドーン女子寮前まで双子兄たちが送ってくれる。手を振ってお礼を言う。背中を見送ってから扉を開けた。
「リディア!」
待ち構えたように玄関にいたのはライラとケイトだ。
「ど、どうしたの?」
「ちょっと教えて欲しいことがあって」
わたしは一緒に5階まであがり、ふたりを部屋に招き入れた。
失礼してよそ行きから部屋着に着替える。
王宮の外れに行くとしても一応お城なので、服は選ぶことになる。
制服は正装でもあるので、制服で行ってもいいし楽ではあるのだけど、かえって目立つんだよね。学園生が王宮に行くと。だから結局ドレスで行くことになる。
今日は王宮の外れへだったから、よそ行きドレスで済ませられた。
「お待たせ」
と、お茶とお菓子を運んでいく。
ライラとケイトの間に座ったもふさまは、ふたりからもふられていた。
「こっちこそごめんね。帰ってきたところに」
「あのね、私たちお茶会に呼ばれたの」
「お茶会に?」
「クラブで仲良くなった子にぜひ来てって言われて。でも私たちお茶会なんて行ったことないから。貴族のお茶会ってどんなのか教えてもらおうと思って」
「何をするの? どんなふうなの?」
ライラもケイトも目が輝いている。とても楽しみにしているみたい。
「何か言われた? たとえば外でやるとか、部屋の中だとか。どんな人を呼ぶとか」
「仲のいい子を呼ぶ小さなものだって言ってた」
「私たちお呼ばれした時に行くような服はないって言ったら、それなら制服で来てって」
「あちらが制服でいいって言ったのなら制服で問題ないよ。仲間内で集まるぐらいなら……どちらの令嬢?」
「ユリーさまよ。3年C組のユリー・ポットさま」
ポット家、男爵令嬢ね。そこまでの格式高さは求められないはずだ。
「お呼ばれして、親しいのなら、ちょっとしたお土産を持っていくといいわ。ユリーさまのお好きなものとか知ってる?」
「「甘いもの」」
なるほど!
「お茶会はいつなの?」
「来週」
来週かー。口で説明するの難しい。
「いく前に、うちでお試しのお茶会してみる?」
ふたりの鼻の穴が膨らむ。
「「本当ーーーーっ??」」
「わたしもお茶会にそこまで参加してないから、基本的なものになるけどね」
「やったー!」
「リディア、ありがとう!」
「じゃあ、今度の休息日にね」
ふたりは元気よく頷いた。




