第973話 パンドラの希望⑬人族の考える世界
久しぶりの寮だ。
わたしは夕食前にお風呂に入り、部屋で食事をとった。
考えをまとめたかったから。
午後、保健室で休んでいたことをみんな知っているから、ゆっくり休んでと過剰に反応はされなかった。
机の上のカップにあったかいお茶をたっぷりと。
フーフーと冷ましながら、もふさまに尋ねる。
「ねぇ、もふさま」
『なんだ?』
ベッドの上で毛繕いをしていたもふさまが顔をあげる。
「もふさまは地上に生きる全ての者のいる地・森を守る聖獣なんだよね?」
『その通りだ』
「……世界の危機ってあるのかな? もふさまは今、世界が危険だと感じてる?」
もふさまは足を揃えてから、ジャンプしてわたしの膝の上に乗る。
『……聖女が覚醒する、それは何かがあるということ。歴代の聖女たちが力を授かった時のように、森(地上)、空、海、地下、全てになにかしらの異変はある。他の護り手と話したが、異変はあるものの大きく外れたものはない』
わたしはゆっくり頷く。
「アイリス嬢の未来視だと、まずユオブリアが外国から襲撃を受ける。各辺境から落とされ、時間をおかず王都が陥落。陛下がお隠れあそばして瘴気が世界に蔓延する。
護り手はどこで世界の危機と判断する?」
もふさまの目が細まった。
ああ、やっぱり。
『人族の暦で今は何年だ?』
「え? 大地暦3113年」
大陸にいくつもの国が乱立した。ここを始まりとしようと、そこからカウントをとり始めた。ちなみに前世の〝紀元前〟と同じで、大地暦より前は遡るにしたがって大地歴前1年、2年と数値が大きくなる。その起点となった年にユオブリアも旗をあげた。
『その暦の6000年ほど前に世界は誕生したという』
ベッドで跳ねていたもふもふ軍団が、机の上にジャンプしてきた。
『創世記後半にあたるのは1000年経った頃。大地が6つに割れた。言葉にすると簡単そうだが、それがどんなに森や海や空や地下に衝撃を与えたことか想像できるか?』
みんな黙ってもふさまの言葉を待った。
『割れたと簡単にいうがそれだけじゃない。パキッと割れたわけじゃないだろうから割れたその周りも、もちろん爆風があがり空、海や地下への衝撃も凄かった。割れた辺りにいたものもおろう。大地が傷ついただけでなく、多くの命が奪われた』
もふさまは目を伏せる。
『今は人族も他種族も多くあるが、その頃は少なかったという。発展していくところだったからな。その少ない中で大地も傷ついたし、多くの何かが犠牲になった。
そこから8000年かけて、人族も他種族もここまで増えた。
恐らく今の7分の1だけが生き残ることになっても、その時よりも数は多いだろう』
なんて皮肉だ。生きる者にとって7分の6奪われるのは種族にとって瀕死といえるぐらいと思う。だって7人いてもひとりしか生き残れないってことだ。どんだけ少数になってしまうんだって思うけど。世界はそれより少ない人数から始まった。7分の1になっても時間をかければ、また育まれていく。
永遠に森を護る、それがもふさまの定め。頼りない数になるとしても、8000年をかければ恐らく同じように増えていく。だったらそれは危機とは呼ばないのだろう。大地が6つに割れた時を0として、それより下回ることがあったら危機とされるのかもしれない。
帰り道、神さまのことだからって神獣さまに居場所を尋ね、見習い神さまを訪ねていこうとするなとアダムに言われた。
それを聞いて思った。
そうだ。神さまのすることで世界が困るのなら、神さまがどうにかしてくれてもいいことじゃないの?って。
でも同時に思った。
〝希望〟には神さまや聖霊が助けてくれる、そんな希望に繋がることはなにも書かれていなかった。ということは、神さまや聖霊は希望にはならないということ……。
「これは人族側が思う〝終焉〟であって、世界にすると終焉でもなんでもないってことか」
ふぅと息をつく。
誰が介入したかはわからないし、それと終焉問題が同じくくりなのかはわからないけれど。どちらにしても神や聖霊、神獣、聖獣からの助けは見込めないということだ。
「もふさまは瘴気が蔓延しても身体的に辛くないの?」
『どれくらいの濃度となるかわからないからなんとも言えないが、生きづらくなるかもしれないし、それにより命を落とすこともあるだろう。そうなったらそうなったで我の命は大地に還り、聖なる方は違う者を護り手に選ぶだけ』
たとえ7分の1となったとしても、それは世界的には世界の危機につながらない。喜ばしいことなのか、どうなのか。
『聖獣としては今まで通り見守っていくしかない。でも我はリディアの友だ。リディアの友として暮らしていくうちに、我にも他の者とも接することが増えた。気にくわぬ者もおるが、我はリディアの周りにいる者たちが好きだ。だから寿命ある限り生きてほしいと願っている』
「……ありがとう」
『がっかりしたか?』
「え?」
『守るといいつつ、森の護り手からすると危機ではない。我は役立たずぞ』
森の護り手がどういうことかは知ってたよ。
それでももふさまはわたしを、わたしたちを、いっぱい助けてくれていると思う。
もふさまの頭に顔を埋める。
「もふさまは役立たずなんかじゃないよ。わたし、いっぱい守ってもらってる。
護り手からすると危機ではないっていうのは、安心できることでもある」
『安心?』
顔を離すと、もふさまは変な顔をしていた。もふもふ軍団たちも眉を寄せていた。
「だって。聖霊や神獣が右往左往する事態だったら、本当に終わりって気がするもん」
人族が右往左往しているだけなら、食い止められる可能性が生まれる。
「ねぇ、もふさま。これはただ本当に不思議なだけなんだけど。見習い神さまを含め、神さまが介入する何かがある場合、神さまたちは気づかないのかな? 気づいて何かしらの手立てを打たないのかな?」
もふさまはわたしの尋ねた意図に気づいたようだ。
『我は聖なる方が秘密裏に何かをされていたら、わからないだろう』
「そっか、神獣さまたちは神さまが何かしていたとしても、それはわからないってことね。
神さま同士はどうなんだろう? 上の人たちの規模でいう危機とは違うから動かないものなのかな? それとも気づいてないのか……」
この世界で生まれていない誰かの介入が何に当たるかはわからないけれど、もしそれが神さまの介入で、人族の思うところの危機に瀕するのなら、同族のしたことの責任とれよとちょっと思う。
でも、もちろんそれをあてにはしない方がいいんだろう。
この世界以外で生まれたのに、この世界に介入できる。もうそれだけで人族を軽く凌いでいると思うので、本当相手にしたくないんだけど、そうも言ってられない。
希望の箱。そこから知り得たこと、きっとそれは希望となるのだろう。
でもいざそのときに、こういうことかと思えるのであって、現時点では今日考えたことぐらいまでしかわからないだろう。




