第972話 パンドラの希望⑫要注意人物
オードラン先輩は一息入れ、続ける。
「自分は酒が苦手です。でも断れるような雰囲気ではない。
みんな熱に浮かされたような顔をしていました。
そしてグレーン酒を飲んだのです。自分は飲んだふりをしました」
先輩はお酒が苦手。でも社交界などでは断れないこともある。それで袖口に布を仕込み、飲むふりをしてその布に染み込ませるということを普段からやっていた。その方法で切り抜けたそうだ。
「少しすると皆が口々に自分も新しい世界で生きるんだと、早く罪を告白できるようになり、資格を得たいと言っていました。自分は何が何やらとにかく混乱しました。けれど、異常だと感じましたし、従姉妹を連れ帰らなければと強く思いました。その後二人ほど罪を告白し拍手の渦でした。
自分は帰りの馬車で従姉妹を問い詰めました、あれはなんなのかと。怪しい集会じゃないかと。従姉妹は言いました。怪しくなんかないと。
世界はもう少しで終焉を迎える。罪が深すぎるから、何もしなければ新しい世界で生きていくことはできない。そこで罪を清算する必要がある。皆の前で罪を告白することが罪を清算することになるそうです。
新しい世界に行くために金などを集めているわけではありません。罪を告白するだけ。その点はいいのですが。ちゃんと聞いたわけではないけれど、歓談の折にシュタイン嬢のお名前がちらちらでていました」
そう言ってわたしに視線を移した。
ゾッとする。そのタイミングでわたしのこと?
「どうも……その。とても罪深い人がいてそのせいで世界は制裁を受ける。その原因であるシュタイン嬢に罪深さを認めさせれば、新しい世界でその徳を認められると」
ズバリきたね。わたしのせいで世界が制裁を受ける。
たかが個人ひとりが何をやったって、世界を滅ぼすようなことになるんだ?
……ふと前世のことを思い出す。
前世にはそれこそ世界が終焉に向かうような〝兵器〟や便利と引き換えに世界を壊していくような物質を作り出していた。
兵器を使うことを選んだら。いや、便利さをその奥に潜む危うさを見ようとしないで使っていくことも、ある意味滅ぼすことに協力している。
わたしは世界が制裁を受ける何かをしているのかもしれない。
「それがどんな罪かは何か聞いたいかい?」
ロサの尋ねる声で現実に引き戻される。
「いいえ。ただ、シュタイン嬢が原因であると。自分と従姉妹にはそれ以上にわかっていることはありません。
シュタイン嬢は今までも度々噂に名が挙がっていました。そして被害にもあっている。祝賀会では逆恨みから、名前を使われたと聞きました。その人たちは集会に通っていたと。集会に通っていた人がシュタイン嬢に危害を加えようとした、それが事実。
このことをシュタイン嬢に告げたいと思ったのは、集会で知った人を見たからです。布が少しズレた時に。シュタイン嬢となんの関係もない自分がいきなりそんなことを告げるのもおかしい。それでシュタイン嬢と親しい生徒会になら話せるし、伝えてくださると思ったんです」
「その見かけた人は誰だい?」
「バウマン・マシュー先生です」
先輩はわたしが新興宗教でその徳を積むために名前があがり、それを実行した人がいることを知っていた。そして従姉妹のお守りで集会についていくことになり、怪しい集会にぶち当たった。そこでわたしの名前が出て確信を得る。それ以上のことは知らないけど、学園の教師を中で見かけ、教師に気をつけたほうがいいと忠告したかった。けれどわたしとなんの関わりもないため、いきなりいうのは厳しい。そこで間に生徒会に入ってもらおうと思った。
わたしは先生の名前を聞いてぼんやりしていた。
学園に入る面談で、いきなりフォルガード語で質問してきた先生だ。アラ兄や父さまたちのことまで悪くいった。
ぼんやりしている間に、ロサたちはその集会のことを掘り下げて聞いている。
騎士団に報告するんだろう。あの新興宗教のことは現在秘密裏に王族も乗り出して調べていることだ。世界の終焉に関わることかもしれないからね。
「大丈夫?」
アダムに聞かれて、みんなの視線を集める。
「大丈夫。先生だと呼び出された場合、断りにくいなと思っただけ」
「マシュー先生の授業は受けてない?」
わたしはイザークに頷いた。
「理事長に言っておく。それから学園内でも常に誰かと行動してくれ」
うんと重たく頷く。
オードラン先輩を帰してから、みんな今日は切り上げるという。寮に帰るので、わたしを寮まで送ってくれるという。
「それにしても短時間で新興宗教が栄えるなんてあり得ない」
ダニエルが腕を組んで憤慨した。
「そういうもんか?」
ブライがわたしと同じ疑問を口にする。
「だって、ブライ。聖女さまの未来視のことを聞いてなかったら。世界が終焉に向かってると言われてすぐ信じるか?」
あ。
「ん? ……最初に未来視のこと聞いた時だって、まじか?って思ったな」
「聖女さまが現れることは何かしらの危機はあると思えますが、聖女さまが現れたから大丈夫って思うもの、ですよね?」
「終焉説をすんなり受け入れられるところで怪しいよ」
なるほど、そういう角度での見方もあるってことか。
「なに考えてる?」
みんなで寮への帰り道、隣になったアダムに尋ねられる。
「思いつけている用意をまだ全然できてないから終焉となる何かが今起こったら困るんだけど。でもこんな待つみたいな時間をどれくらい持たなくちゃいけないんだろうって」
「まさか君、見習い神さまの封印されている場所とか知らないよね?」
「え?」
「知ってたら、自分から行きそうだから」
「知らないよ。それに知ってても自分から行かないよ。だって神さまだよ。いち個人でどうにかできることじゃないし」
「その言葉覚えていてくれ。神獣さまに聞こうとか考えないでくれよ」
え?
その手があったか!
「あ、やっぱりその気じゃないか。今、いい案だって思っただろ?」
「なに、その誘導尋問みたいのやめて」
「お遣いさま、それだけは阻止してくださいね」
わたしの数歩前をトテトテ歩いていたもふさまは、スッとアダムを見上げた。
そしてあらぬ方に視線を移す。
神さまのことはノックスさまやフレデリカさまが知っていることもあるかもしれない。
でもなにを聞けるっていうんだろう?




