第971話 パンドラの希望⑪直立不動
「リディア嬢の能力、ということなら、どこで知ったのか不思議だな」
「リディア嬢、心当たりは?」
「ないよ。魔力少なく言ってるから外では極力使わないようにしてるし。特に聖力なんて知ったばかりだし」
「でもあっちは熟知してるよなー、リディア嬢のこと」
だからなんでそう怖いことをさらっというかね、君は、ブライくん。
「な、なんだよ。なんで睨むんだよ?」
「睨んでないけど」
「睨んでない? 目がこんな吊り上がってるじゃんか」
「そこ、じゃれない」
「「じゃれてない」」
あまりに息がぴったりだったからか、かえってみんなの笑いを誘ってしまった。
その時、膝の上のもふさまがピクッとして、うたた寝していたレオ以外が起きて、リュックに入った。アオとベアが慌てて出てきて、眠ってるレオを引っ張ってリュックに入る。
それを待っていたかのようにノックの音。
アダムが盗聴防止の魔具を切り、ダニエルが立ち上がる。
「はい?」
「ご歓談中、失礼します。5年生の先輩が、生徒会に秘密裏に話があるとおっしゃって」
ダニエルはもふさまに視線を移した。もふさまが頷くと、ドアを開ける。
緊張したように直立していたのは、生徒会メンバー。
4年A組のグレゴリ・コンデ先輩。アラ兄と交流があるので見知った顔だった。鑑定でもその名で出ている。
「内容は聞きましたか?」
ダニエルが穏やかに尋ねる。
「うかがうって言ったんですけど、5年生に話したいと」
ダニエルは振り返ってロサを見る。
学園で何か起きることはないとは思うけど、ロサは王子殿下だからね。生徒会長と話がしたいとは言ってないけれど、ロサに対する危険分子かもしれないし、警戒した方がいい。
「あ、じゃあわたしは邪魔だね」
わたしがもふさまを抱いて立ち上がると、アダムも立ち上がる。
わたしたちは生徒会メンバーではないから。
探索でわたしに物理的に危害を加えようとしている人が、近くにいないのを確かめる。
みんなに挨拶をして出ようとする。
入れ違いに入ってこようとした5年生のノッポの先輩の目が見開かれる。
「リディア・シュタイン……」
え。
鑑定。
リュク・オードラン。5年C組オードラン男爵・嫡男。焦っている。
焦ってるって、な、なんの情報……。
ロサが立ち上がる。
「リディア嬢に何か?」
「で、殿下」
オードラン先輩はロサに問われて直立した。なんか顎が完全に上がっている。
「5年C組リュク・オードランです。お耳に入れたいことがあります。そのことにシュタイン嬢が関係しているので、思わず驚いてしまいました」
騎士が上官に報告するように直立不動で告げる。声大きい。ロサとだってそう離れてないのに。そんな声張り上げなくても聞こえるって。
ブライがロサに何か耳打ちした。
「オードラン男爵が第一子、リュク子息。それを告げることにより何を得ようとここに来た?」
寒くもないのに鳥肌が立つ。威圧? ロサが魔力を乗せたの?
「自分は騎士であります。騎士は精神の崇高さが必要だと自分は考えます。それにより、自分はこのことを生徒会からリディア・シュタイン嬢に伝えて欲しいと思ったのです」
え? わたしに?
「中へどうぞ」
ダニエルはオードラン先輩を中に促し、生徒会のコンデ先輩に下がっていいと目で合図している。
わたしも促されて、先ほどの場所に座り直した。
ブライがいつの間にか立ち上がり、ロサを守る位置にいた。
ブライの座っていた場所にオードラン先輩を座らせる。
「さぁ、話してくれるかな? リディア嬢に告げたかったこととは何だい?」
ロサが優雅に尋ねる。
優しげなのに追い詰められた気分になるのはなんでだろう。
これがロサの生徒会長モードの顔なんだね。
わたしこんなふうに聞かれたら、答えられなくなるかも。
もふさまを抱きしめる手に力を入れてしまったみたいだ。
もふさまがフルっと身を震わす。
ごめん、とすぐに緩めた。
「自分には従姉妹がおります。学園には通っておらず2つ下であります」
さっき緊張して声が大きくなったのかと思ったけど、この人、声が大きいな。座っても背筋はピンと張ったまま。ブライと同じく姿勢がいい。けれど、いつも気を張っているのかなと思える。
「家族から彼女のお守りを頼まれまして、外出に同行しました。買い物を楽しむのかと思ったのですが、従姉妹は慣れた様子である屋敷に入って行きました。約束があるのかと自分は慌てて尋ねたのですが、集会にはいつでも誰でも参加していいというのです」
集会……そしてわたしが関係しているってことは例の……。
「中に入ると白い布を渡されました。
それをヴェールのように従姉妹は被り、自分もそうするよう言われました。
従姉妹にここはなんだ?と尋ねたのですが、後で説明すると言って中にどんどん入って行きます。自分も仕方なくついて行きました。
この生徒会長室と生徒会室を合わせた3倍ぐらいの広さの居間には、同じく白い布を被った人たちが集まっていました。布で顔はよく見えませんでしたが、服装からして貴族、平民、年配の人から親に連れられて小さな子供もいました。
ひとりの布を被った人が中央に立ちました。
その人は、15回通ってやっと青の位をいただき、原罪を述べることができますと言いました」
やっぱり、新興宗教か。
「後から聞きましたが、通う回数で位が上がっていくらしく、黒から始り、どんどん明るい色になっていくようです。そして15回以上通うと公けの場で罪を告白する機会をもらえるようです」
「罪を告白?」
オードラン先輩は頷く。
「はい、そうです。その罪の告白自体に思うことはありませんでした。話し終えると皆が拍手しました。賞賛と羨ましい気持ちが混在していてなんとも居心地の悪い空間でした。そこにグレーン酒が配られました。世界が制裁を受け終焉を迎え、新たな世界で生きる権利を得た、青の位につけた彼のことをみんなで祝おうと」




