第966話 パンドラの希望⑥シナリオから外れても
わたしもアイリス嬢もこの世界で生まれた。だからわたしたちがどんなことを考え行動し、シナリオから大きく外れたとしても、理からは外れない。
介入でもないなら、だからって罰を受けることもない。世界の終焉は別問題。
罰を受けないなら、シナリオと違うことがご破算になることもない。
よかったーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
それが何より、心に安寧をもたらす。
今度こそ、じわりと滲んだ涙を完全に拭き取る。
『落ち着いたようじゃな。もう魔力を暴走させることもないだろう』
わたしはもう一度聖樹さまにお礼を言った。
聖樹さまはさすが世界樹だ。世界の理をご存知なんだ。
そんな世界樹に守られてる学園って凄いよな。
「聖樹さまは友達に頼まれて学園を見守ってくださってるんですよね?」
『……そうじゃ』
学園を見守る、それは本当はその友達がしたかったこと。でもできない理由があり、聖樹さまに頼んだのだろう。どういう理由かはわからないけれど、その友達はここにはいないと推測できる。
「あの……今度は遊びに来ていいですか?」
『遊びに?』
「聖樹さまの好きなことはなんですか? 何が楽しいですか?」
『リディア・シュタインの好きなことはなんだ?』
「わたしはもふもふをもふることですね。それから食べることも好きです。料理をするのも。みんなと遊ぶのも」
『もふるとはなんだ?』
わたしはもふさまに突撃する。もふさまの首根っこにギュッとして、そのふわふわの毛の中に顔を埋める。顔をグリグリして押しつけるともふさまが嫌がった。そこにもふもふ軍団が飛び込んできたので、一瞬カオスな空間になる。
もふもふ軍団はみんなのお腹にわたしが鼻をつけてグリグリやるのをキャッキャッ楽しそうに嫌がる。誰かにやると、嫌がりながらやってとお腹を差し出してくるのだ。
ハッとする。聖樹さまの前だった。思い切り楽しんでしまった。
「わたしのもふるはこれです」
ちょっと恥ずかしい。
『リディア・シュタインはワシと何をして遊ぶつもりなのだ? ワシはもふもふではない』
「聖樹さまの楽しいことを知りませんから、最初はお話ししたいと思います。それで聖樹さまの楽しいと思う好きなことをできたらいいなと思います」
『なぜだ?』
「え?」
『なぜ遊びに来るなどと?』
「ああ。聖樹さまは世界を支える方。そんな方に気軽に声をかけていいと思っていなかったんです。でもわたし、聖樹さまにいっぱい助けていただきました。今、お話いただいたことも、とてもありがたく嬉しかった。だから何かできないかなと思って。
でも何かあったときにここに来て話すだけだったから、聖樹さまのこと何も知りません。だから知りたいなと思ったんです」
樹だし、世界を支える方だし、思考回路はわたしと大きく違うはずだ。
だから〝寂しい〟という感情はないかもしれない。でも、友達がいて、友の願いを叶えているぐらいだから、その友が近くにいないことはやっぱり寂しいと思うのだ。
『人というのは、本当に面白い』
聖樹さまが笑った気がした。
『いいぞ、いつでも来なさい』
「ありがとうございます」
レオたちが目に止まらぬ速さでリュックの中に戻る。
瞬きすると、メリヤス先生のアップの向こうに顔が空洞の魔法衛兵がいて、わたしは悲鳴をあげていた。
「シュ、シュタインさん、大丈夫ですか?」
ノックはなく入ってきたのはヒンデルマン先生。
『膨大魔力・感知』
魔法衛兵が口にする。
「大丈夫か? 何があった?」
ヒンデルマン先生が、床に散らばった物を避けながら駆けてきた。
「お、おさまった?」
わたしを庇っているメリヤス先生は呆けたように言う。
「外はどうでした? ここは物がいきなり飛びまわったんです」
それは見て取れる。薬品やら何やらが床に散らばってる。
ご、ごめんなさいと心の中で強く思う。
「もう、大丈夫なようだ。衛兵、解除」
ヒンデルマン先生が言うと、スーッと後ろに下がり消えた。
消えた! 消えるんかい!
「シュタインさん、大丈夫ですか?」
「メリヤス先生が庇ってくださったので。も、物が飛んでましたよね?」
ノックなくまた扉が開く。
「ゴッ、ゴーシュ。お前なんで?」
「リディア嬢に何かあったのかと思って」
保健室にわたしがいる。そこで何かあったのかと思ってきてくれたんだ。
息を切らして。
学園全体が揺れたそうだ。
みんな一様にわたしがまた狙われたのではないかと思ったらしい。
ヒョエーーー、ごめんなさい。
わたしはもう大丈夫だから寝ていなさいと言われ、再びベッドに横になる。
衛兵も駆けつけたから、わたしを狙った奴らは撤退したとか。
けれど学園全体を揺らすとは? 聖樹さまの護りも通り抜けて?と話し合いがもたれてる。
まずい、どうしよう。魔力が暴走しかけたって言った方がいいのかな?
ボソボソとカーテンの向こうで話す声をBGMにして、わたしはうつらうつらしてしまったようだ。
気づいた時、授業の終わる鐘が響き、起きてみると驚くぐらい気力が回復していた。
よしっ。
お腹に力を入れ、再び、希望の箱に入っていた言葉に向き合う。
やっぱり、どこらへんが希望なのよ? 不安しか残らないんだけど。
あれ、でもやっぱりこれが希望なのは確かなはず。
これが希望になるはず。だってそんな箱なんだもん。
希望と感じることができないのは……わたしには見いだせないだけ。
あ、賢い人にはわかるかもしれない。
そうだ、みんなに話そう。相談しよう。
そう思ったら、最後に残っていたつかえがスーッとなくなったのを感じた。
メリヤス先生に、治ったから教室に戻る旨を告げると、一通りチェックをしてから顔色も良くなったしとお許しが出た。いいと言ったのに、教室まで送ってくれた。
心配そうなみんなの顔に迎えられながら教室に入り、席につく。放課後、みんなに相談したいことがあるとアダムにそっとメモを送った。
アダムはわたしを見てからこくんと頷いた。




