第963話 パンドラの希望③改変
始業式の後、呼び出された。
何事かと思ったら、アイリス嬢が学園に寄ってくれたそうで、お昼をご一緒することになった。
朝からルシオに伝達魔法を送ったから、火急の案件と思ってくれたようだ。
神殿側もわたしと会ってからアイリス嬢の調子が良く、力も使えるようになりつつあることから、わたしに寛大だ。
学園内のレストランにて個室を用意してもらい、わたしは食べる前にお願いした。
アイリス嬢がギフトを打ち明けてくれたあの最初に見せてくれた映像、あれの、生徒会メンバー全員分の映像を、わたしに見せてくれないかと。
アイリス嬢は口を開きかけ、そのまま少し考えて、口の端をあげる。
「いいですよ」
そうにっこりと笑う。
「なぜか聞かないんですか?」
「一瞬聞きたいと思いました。けれどきっと終焉に関することで、必要なんですよね? あたしは今、一刻も早く女神さまの力を使いこなせるようになるのが責務。複雑なことを考えている余裕はありません。だったら聞かない方がいいと思ったんです。
リディアさまが教えてくださいました。適材適所って。あたし考えることは苦手なので、難しいことは皆さまやリディアさまにお任せします」
アイリス嬢は男前だ!
「今にします? それとも食事の後で?」
「今、お願いできますか?」
「承知いたしました。いきます」
あ。薄い茶色のアイリス嬢の瞳が、蜂蜜色になった気がした。
と思った時には校門の前にいて、学園を見上げていた。
わたしは胸を高鳴らせている。ここでどんな新しいことと出会えるのかと。
ああ、体験型シアター。そう、こんなふうだった。
今回は全てを覚えるつもりで、しっかりと見なくては!
5つのシアターを続けてみた。
「リディアさま、大丈夫ですか? 顔色が」
「大丈夫です。短い時間の割に情報量がいっぱいだから、きっと頭が疲れたんですわ」
わたしは食事はほとんど食べずに、もふさまに食べてもらった。
お遣いさまは学園で顔パス、レストランも入れるからね。
もふさまの専用のお皿を置いてくれてるし。
アイリス嬢とは軽めの話をして、お礼を言って別れた。
わたしは別れてからトイレに駆け込んだ。
食べるのを極力控えたからか、リバースしなくてすんだ。
『リディアどうした? 具合が悪いのか?』
「……うん、ちょっとね。消化不良みたい」
トイレから出ると、すぐのところにアダムがいた。
「リディア嬢、大丈夫? 顔色が……」
「消化不良みたいで。わたし、保健室で休んどくわ」
3学期は短いからか始業式の午後は平常授業になる。今は授業に出られそうもない。
「ああ、わかった。保健室に行こう? 歩ける?」
「歩ける」
アダムに付き添ってもらって保健室にいく。
メリヤス先生はすぐベッドに導いてくれた。
アダムにもお礼をいい、わたしは上掛けをかけて、目を閉じる。
もふさまが心配そうにわたしを見ている。
けれど、ひとりでちょっと整理したい。
5人分のシアターを見た。どれも恋愛を深める部分に多少違いはあるけど、筋は同じだ。主人公は恋愛絶頂期に女神さまの力を授かり〝聖女〟となる。その力は〝浄化〟。瘴気が広がり膨れ上がり、魔物たちが暴走を起こす。魔物たちが王都に入ってくる、その魔物の親玉はドラゴンだった。
瘴気を纏って黒いモヤに覆われていたけれど、ドラゴン自体は赤かった。
……彼はマルシェドラゴンのホルクだ。
目をきつく瞑っても、あの赤いドラゴンの姿が目に焼きついている。
火を吹いて王都を火の海にした。
王都の3分の2を焼き尽くした。メラメラと生き物のように踊る炎。焦げ付く匂いと、染みる煙。実際匂いを嗅いだわけでも、目や喉を痛めたわけではないのに、蘇ってくる恐ろしい一夜。
乙女ゲーのシナリオでは、ボスキャラがマルシェドラゴンのホルクだ。
シナリオは変わっている。
アイリス嬢はあの中の誰かと恋に落ちてない。
でも浄化の力を授かっている。
シナリオでは〝世界の終焉〟なんてワードは出ていなかった。
そこを置いておくとしても。
わたし、もしかして、ボスキャラを復活させちゃったんじゃない?
わたし、シナリオを変えてないよね?
主人公が聖女になりやっつけるのは、瘴気で暴走するマルシェドラゴン。
シナリオが変わりホルクは用無しとなり、あんな目に遭っていた? そこで命が尽きていれば、もっと他の災厄がやってくる、それが世界の終焉?
だけど、ホルクは生きてくれた。……だから最終的にやっぱりホルクが暴走することになるの? それをやっつけて平和が訪れるストーリーになるの?
世界の終焉……を免れたとして、そんな大きな災厄なのに、平和になるわけない?
元気になることができて自分の翼で仲間の元に帰れただろうホルクを、やっぱり討伐することになるの?
吹き込まれた命の紡ぎだす未来への介入は、何者も許されない
相応の罰がくだる
〝希望〟のメモにはそう書いてあった。
吹き込まれた命の紡ぎだす未来。
って多分、この世界のことだよね?
介入ってどういうこと? わ、わたし、吹き込まれた命側でいいんだよね?
だって介入するって、初めは介入できてない側、つまり違う側にいるってことでしょ?
吹き込まれた命の紡ぎだすってのがこの世界のことであってるなら、この世界に生まれたことは〝介入〟と表現されないはず。ニュアンスが違う。
なんでシナリオが変わったんだろう?
アイリス嬢が彼らに恋しなかったから? 最初は兄さまを好きになり、今はフォルガードの王子殿下といい雰囲気だ。忙しくてそれどころではないだろうけど。
アイリス嬢もこの世界に生まれた。だから、シナリオと違うことを選んでいても、介入にはならないはず。
でも、王都が魔物に襲撃される、これが世界の終焉まで発展したのはなぜ?
……それが相応の罰ってことだったりする??
あれ、待って。また心臓がドクドク波打つ。
冷静になろう。
大事なこと……。
シナリオにわたしの姿はない。イザークが恋愛相手の時だけ、兄さまの情報が他よりいっぱい出てくる。それ以外では、通りすがりのお助けキャラみたいな立ち位置で、イザークと一緒にいるところを見たことがあるといって、イザークの友達だからと手を貸したりしている。
イザークルートの時だけ、イザークの口から兄さまの家族のことが語られ。わたしは引きこもりの困ったちゃんとして名前だけ出演している。……その原因は母さまが亡くなったことに由来する。
口を押さえていた。歯の付け根がカチカチ言っちゃうから。
母さまが生きている。……これはシナリオの改変になるの?




