第960話 わたしたちの王さま⑲宣言
ロサは膝の上で組んでいた手をギュッとした。
「私は王位を継ぐ」
それはまさしく宣言だった。
ロサはふっと笑う。
「しっかりと言葉にしたのは初めてだ。初めて伝えるのは、君たちがいいと思っていた。同じ時代を生きていく仲間に、私の初心を伝えたかった」
ロサは自分の心からよりすぐった言葉を紡ぎだす。
「なぜ王になりたいのか、どんな王になりたいのか。何万回も自答してきた。それでも答えに行き着かない。
小さい頃は王になるんだと、そう言われていたから、迷いなくそう思ってた。
王子として生まれ、その身分に席をおくのだから、民のことを考え、民のために国を成り立たせていくのが道理だと。
でも王位継承者は私だけではない。そうなのだとしたら、私が王位につく意味はなんだろう?とずっと考えてきた。
民たちがいるからこそ国が成り立っているとわかっていても、あまりのまとまらなさ、理不尽な思いをしたと思ってしまうことから、私が上に立つ器ではないと思ったこともある」
次期王がそんなことを考え、そんな思いをし、そしてそれをわたしたちに伝えているのは、何だか胸にくるものがある。
「特にアンドレ兄上の聡明さを目の当たりにした時は、体の問題がなければ、本当に兄上が王位を継ぐべきだと思いもした」
「それは違う」
ダニエルが言った。
ロサの視線がダニエルに移る。
「ゴッドさまも聡明ですごい方だ。けれど、あの方はその聡明さを私欲に使った。もちろん環境、それまでの境遇を思えば無理もないけれど、同じように身を置かれても、ロサ殿下は決してそうはならなかったと思う。ロサとは決定的に違う」
第一王子殿下のことを、ロサもダニエルもそんなふうに思ってたんだね。
「……ありがとう。わたしが兄上と決定的に違っていられたのは、側に君たちがいたからだ。友達でいてくれて、悪いと思うことは悪いと言ってくれた。私を応援してくれた。君たちがいたから、私は道から外れずにすんだ。だから、ありがとう。そしてこれからも、どうか私の側にいて、私を見守り、駄目なことはそうだと意見してほしい。
政はあまりに広くて、夜の大海原に繰り出すような心地がする。大きすぎて飲み込まれてしまう気さえする。それでも指針を失わず、民たちのためと思うとき、近しいものたちをまず思い浮かべる。君たちが側にいてくれればそれが叶うと思っている。初心を忘れなければ、少しずつ民の顔も見えてくることだろう。
どうか私の側にいて、一緒に国を支えてくれ」
わたしたちは立ち上がってから膝をついた。頭を垂れていた。胸に手を置いて、ロサの力になりたいと思っていた。
「皆と共にあれるよう、私はこれからも努力する。だから見ていてくれ。そして一緒に国を支えよう」
「御心のままに」
ダニエルが代表するかのように言い、わたしたちはそのまま目を伏せた。
「ありがとう。……君たちには誰よりも先に言いたかったんだ」
わたしたちは顔をあげる。
ロサは感極まった表情で笑っていた。
その安らいだ顔にもまた、わたしたちは胸を打たれた。
そんなわたしたちの様子を、もふさまやテーブルの上のもふもふ軍団がじっと見ていた。
ロサは公務があったので、兄さまの農園には行けなかった。
お土産にグレーン酒を渡したたけれど、忙しくて飲めてなかったというので、少し味見をしてみろとみんなでお酒を勧めた。
クマのすごいロサに気持ちよく眠ってもらいたかったという意味もある。
ひと口含んだだけで、「これはおいしい!」と顔を綻ばせる。
ロサを寝かせようとしているので、みんなお酒を勧めまくった。
ロサはお酒にも強いみたいで、ダニエルが一番に顔を赤くしている。
わたしはグレーンのジュースを一杯いただき、その後は温かいお茶をいただいた。
話は多岐に渡った。玉や土台、世界の理のことでも凄いと言い合っていたけれど、そのうち、婚約者とはうまくやっていけそうかと、そんな話になっていった。
わたしは知らなかったんだけど、ロサの婚約者は3人まで絞られ、お妃候補の講義が行われ適正をチェックされたそうだ。その間、一人ずつロサとのペアで時間を持ち、相性もみていった。最終的には適正とロサとの相性を総合判断して、セローリア公爵令嬢に決まったわけだが、本当の決定権はロサにあったそうだ。
そうは見えないけど酔ってたみたいで、そんなことまで教えてくれた。
「候補者に尋ねたんだ。本決まりではないのに尋ねることではないけれど、あなた方は王妃になる可能性があり、私は王になるかもしれない。そんな王の私にあなたは何を望むか?って。
ある方は私を信じるから、全て望むよう思うままに生きてくださいと言った。
ある方は自分をいつもそばに置いて欲しいと言った。
ある方は言った。王妃となれば得るものも大きいけれど、失うものも多い。その覚悟はある、と。けれど天人ではないから、もし子供と友情だったり、何かしらどちらかを選ばなければならない局面になったら、自分は私情に走ってしまうだろう。どちらかを守れても、どちらかを守れなかったことにきっと一生苛まれる。王子殿下の婚約者となることで、いくつものことを捨てる。だからせめてそれ以上捨てなくていいようにしてほしい。どちらにしても後悔するような、どちらかを選ばなくてはならない局面を作ってくれるな、と。そういう政をして欲しいと言われた。
その時に、彼女しかいないと思った。
きっと私が王になった時、彼女を見てそのことを思い出せる。彼女が必要だと思ったんだ」
本当に酔ったようには見えなかったけれど、そこまで言ってこてんと寝てしまった。
ふたりはなるべくして婚約されたんだね。
ロサはふたりにだけ通じる理由で、縁を結んだ。
おめでとう!
ロサの寝顔を見ながら、心からそう思えた。




