第958話 わたしたちの王さま⑰晩餐と集団心理
父さまは魔法士長さまに、丁寧に挨拶をした。
イザークのお父さんは、新年早々、散々な目にあいましたねと優しく言ってくれて、わたしたちにくつろいで過ごしてほしいと結んだ。
生徒会メンバーとも軽口を言い合える仲なようで、ひとりひとりと話していく。
そうやって話していると、執事さんが、食事の用意が整ったと教えてくれた。
侯爵家の食事といったらふさわしいドレスに着替えなければいけないところだけど、今日は無礼講でいきましょうとお許しが出る。
イザークのお母さん、モットレイ夫人はパーティでお会いしたときにご挨拶したことしかない。控えめな感じのクール美女。装飾品をつけてなくても美女は美女だった。
食前酒から始まり、会話をスパイスにおいしい食事をいただいた。トマトンのシチューを使ったグラタンパンが最高においしかった! 味が短調にならないように、何かスパイスを入れてると思うんだけど、なんだろう?
もふさまにはお肉のてんこ盛りを用意してくれたし、もふさまの夜食用といって、すごい量の食事も別部屋に用意してくれていた。もふもふ軍団用だ。至れり尽せりで、ありがとうございます!
そして場所を移し、お茶をいただく。
お腹がいっぱいだったけど、フルーツの盛り合わせがおいしそうで、ついつい手が伸びてしまう。
イザークがお土産で持ち帰ったグレーン酒がおいしかった話をし、父さまとお酒とおつまみの話で盛り上がり。
流れるような会話運びで、兄さまの家で何が起こったのかと促された。
わたしは9代目聖女さまがすぐに女神さまの力を使えるようになったのは、何か他の聖女さまと違いがあるはずだと、聖女さまの文書や覚書きを読んできたことから説明した。
それはロサから陛下に伝えられ、陛下から役職ある方々はご存知だと思うけど。
それで、世界の理通りに、聖なる側の力にも触れたのではないかと思ったことを伝える。魔法士長さまも創世記をご存知なので、そこからヒントを得たこととした。禁忌の神話については、父さまと双子兄には話しているけど、他の大人には話していない。これはわたしが出どころを言わないので、ロサはまだ大人に言わないことにしたのだと思う。
禁忌の神話にまつわることは魔法士長さまに話せないので、玉のことは省略。
それから気づいたこと。聖女さまから祈ってもらったとき、詠唱がすぐに出るようにと文言を唱えていた。その色が古代詩や学園の護りを強くする魔法陣が浮かび上がった時の色とリンクしていて、色にも意味があるんじゃと思えたこと。
という話をしていたら、アダムが色をひとつ飛ばして、それらしい感じで文言を唱えたら、〝小さいいかづち〟があの家に突き刺さった。怪我はしなかったけれど、家の窓が景気良く割れた、と。
魔法士長さまも父さまも口を開けて固まっている。
「アダムくん、その文言を覚えている? 書いてくれるかな?」
すげー、アダム、覚えているんだ?
さらさらと紙に書きつけている。
わたしもメモをとった、教会のオススメ文言と古代詩、それから魔法陣の色を並べたのを出した。
「一応、緑は入れずに試しました。普通の神属性のスキルを使ったときほどの手応えはなかった。だから失敗したんだろうと思ったんです。それが数秒後……」
「それは神属性だけなのか、試してみたのかい?」
「いいえ、まだです」
「これは、すごい発見だよ」
盛り上がり方がイザークと似ている。
「けれど、発表はできない。件のことの片がつくまで」
イザークが言えば、そうだったというように、魔法士長さまは項垂れた。
親子でそっくりだな。
「ではどのようにするつもりなんだい?」
「ロサに……ロサ殿下に全てお任せしようと思っています」
「殿下にですか? よろしいんですか?」
「はい」
わたしはそれが一番いいと思うんだよね。
「僕もそうするのがいいと思う」
アダムのお墨付きだ。
アダムはわたしを探るようにみる。
「ええと、あの件までではなく、その後もずっとね」
え?
「集団心理は恐ろしいものだ。魔使い狩りってあったろ? そんなことをもう考える人はいないって思いたいけど、人の心は闇に染まりやすい。何がどう転んで、人を糾弾しだすかわからない。君には安全なところにいて欲しいんだ」
「確かに。リディア嬢はなぜかやっかまれやすい」
ダニエルが身も蓋もないことを言う。
「前から思っていたんだ。でもそれも光属性の隔世遺伝を望んでか、両加護持ちだから、婚約者がいるのにもかかわらず、殿下と婚姻を結ぶのでは?との勘ぐりで目をつけられていたのだと。けれど、その……今回もだろ? ロサ殿下が公式発表をするのは周知の事実だった。それが腑に落ちない。長く執拗に何かの意思が働いているとしか思えない」
ダニエルの言葉にアダムも頷く。
ちょっとやめてよ。何かの意思とか、怖いんですけど。
今はもう身体の中に瘴気の欠片はない。だから呼び寄せたりしてないはずだし……。
場が静まりかえる。
ノックがあり、執事さんだった。
「旦那さま」
なんとロサが来たという。
立ち上がって出迎えたのは王子殿下のお出ましだから、だけじゃない。ロサの目の下にはうっすらくまができていて、疲れているのが前面に出ていたからだ。
「モットレイ候、先触れもなしに押しかけて申し訳ない」
「それは構いませんが、殿下お疲れのようですね。馬できたと聞きました。大事なお体です。お疲れの時は馬車をお使いください」
ええー、そんなヘロヘロなのに馬で駆けてきたの?
「悪いが、水を一杯いただけるだろうか?」
メイドさんがすぐにロサの前に銀のグラスにお水を入れて差し出した。
ロサは受け取って一気に飲み干す。
ふぅと息をついて、お礼を言った。
それからわたしたちを見まわして、無事でよかったといった。
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