第957話 わたしたちの王さま⑯神殿離れ
「大丈夫、リディア嬢?」
ルシオが気づいて、ソファーに座らせてくれた。
「すごいね、世界の理というのは……」
ダニエルが小さくつぶやいた。
他の部屋にいた父さま、双子兄たちも集まってきた。
幸い怪我人は出なかった。
こんなに窓が割れ放題だったのに、けが人がひとりもいなかったのはある意味すごい。アダムが平謝りだ。せめても弁償させてくれと言っていたけれど、アダムの性格を知っていたし、止めなかった自分に非があると兄さまは言っていたから、受け取らないだろう。
兄さまの家は修復に少し時間がかかりそうだ。
イザークの勧めもあり、兄さまは衛兵に魔法の事故で屋敷が一部破損したと届出をした。音も凄かったし、兄さまの家の窓、昨日も割ったし。
住宅街で大きな魔法がぶっ放された場合、衛兵にも話が行くので、向こうから何か言われる前に届けを出した方がいいんだって。
すごいことがわかったよりも、この後片付けの対処の方にわたしたちは気を取られていた。
お屋敷がそんな状態になってしまったので、ここから一番近いイザークの家に場所を移すことにした。
なんやかんやでイザークの家に移ったのは夕方。父さまも双子兄も兄さまもイザークの家にお泊まりさせてもらうことになった。
お忙しい魔法士長さまが父さまお泊まりの旨を知らせたら、早々に帰ってくるそうだ。
わたしたちは騎士から所在を明らかにするようにと言われていたので、ロサと騎士団の詰所にもイザークの家に行くと連絡を入れた。
みんなも夕飯をイザークの家でいただくことになった。魔法士長さまが帰っていらしたら、みんなでご飯。ちょっと楽しみ。
それまで居間でお茶をいただく。
アラ兄、ロビ兄は何があったのかを聞きたがっていたけど、わたしたちの様子を見た父さまは、魔法士長さまがいるときに一緒に聞こうと促した。
「本当に申し訳ない」
ひと段落してから、何度目になるだろう? アダムが兄さまへと豪快に頭を下げる。
「謝罪は受け入れた。もう謝らなくていいよ。すごいことがわかったわけだしね」
「ルシオ、詠唱の言葉短めに何か考えてよ」
ブライに頼まれ、ルシオはえーー、と控え目にだけど嫌がっている。
「リディア嬢、これ発表した方がいい。すっごいことだぞ!」
イザークが盛り上がる。イザークは冷静で淡白そうに見えがちなので、ちょっと驚く。
「発表するにしてもあの件が終わってからにするよ。敵までパワーアップされたらシャレにならないから」
わたしも少なからず興奮している。
だってそうじゃないかなーって考えたことがドンピシャだったわけだもの!
「あ、そうか、そうだった。威力が桁違いだったから、思わずはしゃいでしまった」
イザークがちょっと照れてる。レアだ。
会話置いてけぼりのアラ兄、ロビ兄、父さまを気にしてか、ダニエルが新しい話題を振ってきた。
「そういえば聖女さまの祈りで、お布施を求められたって?」
「そうなの。吹っかけられたわけじゃないけどね。神力を使ったわけじゃないのにお布施ってどういうこと?って驚いちゃった」
ルシオもいるから強くはいえない。
それに父さまに言いつけて、神官長さまに直接お布施を渡してもらったから伝わっているはずだし。
「面目ない」
ルシオが謝る。
「そういう奴は、どこにでもいるもんだな」
ブライが腕を組んで頷いている。
「はは。でも彼を一概に責めることはできないんだ」
ルシオはそう言って、ちょっと情けない顔をした。
「どういうこと?」
「現在、神殿離れが深刻で」
「「「「「「「「神殿離れ??」」」」」」」」
みんなの声が合わさる。
ルシオはため息とともに頷く。
何でも夏休み後ぐらいからジワジワと、これまで熱心に通っていた信者が日を空けるようになり……気がついたらかなり人が減っていた。
それでも聖女さまが覚醒されたことから、人は戻ってくると思っていたけれど、どんどん人は減っていくし、聖女さまに心ない言葉を投げかける輩も出てきたとか。
「何それ……」
「原因はわからないの?」
「新興宗教でもできたか?」
え?新興宗教って概念があるってことは、これまでもそんなことがあったわけ?
3年生までに習った神学では、元々複数の神さまを崇めているから派閥などはなかったと思ったけど。
「不勉強でごめん! 今までも崇める方の違いで派閥など分かれたことが?」
「神殿はどの神さまを崇めてもいい。その時々で願いごとに向いた神さまに祈るものだよ。
200年ぐらい前にラテアスさまだけを崇めるとか、命運を司るオルポリデ神を崇めるとか一神教みたいのが流行ったことはあったそうだ。けれど多神教に慣れていて、願いはいろんなものがあるだろう? すぐに廃れていったそうだ」
へー。神殿もいろいろあったわけね。
「アダム、ほら前に復活をもくろむ思想団体の話、したじゃない? そんな人たちは出ていない?」
「……そういうことはないんだけど、セインから出ていく民が多くてね。残ったものたちで集まって頑なになってるってのは聞いた」
「セインって近隣国からそっぽむかれた国か……」
「アダム、浮かない顔だな」
「……さっきリディア嬢が言ってたろ。エレイブ大陸の魔力が少ない人は、瘴気が多いんじゃないかって」
ダニエルが頷く。
「セイン……神獣さまに神殿を滅ぼされた。それで明らかになったけど、セインは王族そして民こそが、神聖国、聖女さまの血筋をひく正当な後継者であり、セインは世界を統一しなければならない。それにはまずユオブリアを壊滅しなくてはと掲げて、教会の地下に恐ろしい魔具も開発されてた。ユオブリアを落とそうとしていたんだ。神獣さまにより道具も壊されたし、呪術師がいるわけではないけれど。……瘴気が魔力のように編めるものだと知って術式を理解されたら、かなりまずいなと思えたんだ」
アダムの言葉は全くその通りで、ことがことだけに本当にそうなったらどうしようと思う。みんなもそうなのか、場がシーンとした。
ユオブリアをあからさまに敵視しているから、国として訴えたらしいけど、あちらはそういう輩はいたのかもしれないがもう壊滅したし、それじゃなくても経済制裁で首も回らない状態だと言い募った。そう言われても経済制裁は続けていくそうだけどね。
そんな感じなので危険思想を持つ人はまだいるかもしれないけれど、脅かされるぐらいには育たないだろうとの見立てだったはずだけど。
そうね、自分で言っておいてなんだけど、もし本当にエレイブ大陸の人たちは、魔力は少ないけど瘴気が多くて。瘴気を編めば魔力と同じようなことができると理解し、使うようになったら、それは脅威となるだろう。
その時、ノックがあり、執事さんから魔法士長さまが帰っていらしたと教えてもらう。続いて、すぐに魔法士長さまが部屋に入ってきた。
「お邪魔しています!」
わたしたちは個々に頭を下げた。




