第946話 わたしたちの王さま⑤首謀者
「わたしがリディア・シュタインです。わたしに話があっていらしたのですか?」
騎士たちは目配せをしあってから、わたしに頷いた。
「バルバラ・デルコーレ男爵令嬢をご存知ですか?」
「……はい。本日祝賀会でお会いできたらいいですねと手紙のやり取りをしました……」
わたしはふたりの騎士を交互に見て告げる。
「手紙のやり取りをされる仲なんですね?」
「お会いしたことはありません。お茶会に誘われ、不参加の旨の手紙を送って、3回手紙のやり取りをしただけですが……デルコーレ嬢に何かあったのですか?」
「バルバラ・デルコーレ男爵令嬢が祝賀会中に刃物を振り回しました」
知っていたけれど、改めて聞くと衝撃がある。
だって、王宮の祝賀会中だよ。刃物だよ?
貴族令嬢、刃物に親しみないから、普通。
それに無謀すぎる。お城の祝賀会って警備もいっぱいいる。
そんなの捕まえてくださいと言ってるようなものだ。
……それだ。本当に傷つけるつもりなんかなかった、本当の目的はわたしが首謀者だと大声で撒き散らすこと。
リノさまを傷つけるつもりなんてなかっただろう。
ロサの輝かしい日にケチをつけたかったのか。
やはりわたしが狙いなのか。
わたしを狙うとしたら……バッカスなのか。
兄さまが騎士からわたしを隠すようにして、わたしをソファーに座らせる。
「大丈夫だよ、リディー。ここに刃物を振り回すような恐ろしい女性はいないから」
「怪我人は?」
兄さまが鋭く尋ねる。
「……すぐに取り押さえられましたので、負傷者はいません」
わたしは兄さまの意を汲んで、少々大袈裟に胸を撫でおろす。
記憶を失ったリディアは、荒ごとに慣れていない少女なのだ。本当はそれまでより過酷な環境だったけど、そんなの一部しか知らないからね。
一般的な貴族の少女は、荒ごとに慣れていないのだ。
刃物に怯え、血が出るなんて話をしたら卒倒しかねない……というイメージが未だあるらしい。
なぜデルコーレ嬢はそんなことを?と言ってもわざとらしいかもしれないし。話さないほうがいいかもと思ったので、わたしは兄さまにしがみついた。
「大丈夫だよ、リディー」
「リディーは祝賀会でその令嬢に会うことになっていたようですが、穢れに触れたため会場には行っていません。なぜここまであなたたちはやってきたのですか?」
「シュタイン嬢にデルコーレ嬢のことを。おふたりには今日の出来事について別々にお尋ねしたいのです。お城までご足労願います」
来ていただけますか?、のレベルじゃなくて強制だ。
「穢れに触れましたので、城には最低あと半日はいけません」
「申し訳ありませんが、王宮前の詰所にお泊まりいただくことになります」
「何を言うんだ。抗議する!」
兄さまがいきりたつ。
「バイエルン家当主とその婚約者をただ聞きたいことがあると、それ以上の理由も言わずに詰所に連行すると?」
「はっきりしたことは言えませんが、令嬢はとても際どいところにいるのです。ここで断ったり、誰かと話せる時間を持ったり、どこかへ行かれますと、心証が悪くなります。
我が国の法に則り、調べを受けてください」
「彼女はまだ未成年ですよ?」
忘れていたわけじゃないだろうけど、彼らはハッとしている。
ん? 忘れてたのか?
「お、王宮にはシュタイン伯もいらっしゃいますので」
「彼女は今日は王宮に入れない。それなのにか?」
「フランツさま、騎士さまを困らせてしまいますわ」
しおらしく言ってみる。
「……彼女はバッカスに狙われている。それぐらいは知っているだろう? 彼女を完璧に守ることができるのか? お前たち、本当に王宮の騎士か? リディーを連れ出すことが目的なんじゃないか?」
疑心暗鬼になってる演技がうますぎる兄さま。
「バイエルン侯爵さま、落ち着いてください。最初に名乗りましたように、王宮所属の騎士、第三部隊の者です。令嬢が未成年であり、穢れに触れ王宮には入れず外の詰所へとなれば疑心暗鬼にもなりましょう。けれど、今回は時間を置く方が令嬢の立場が悪くなると思われます。令嬢のために一刻も早く調書を終えてください。
私たちを信じられないというのでしたらバイエルンさまが馬車をお引きになり、詰所に向かってくださっても構いません。我々が警護をさせていただきますが」
「兄さま、騎士さまたちのいう通りにいたしましょう」
「リディー」
「同行してくれて構わないが、うちの馬車で行かせてもらう。それから調書の時は彼女にはシュタイン伯がつくのだろうな? メイドはいるか?」
「メイドはおりませんが、女性騎士はおります」
「兄さま、わたしは14歳よ。成人はしていないけれど、大丈夫」
隣の兄さまの腕に少し力を入れた。
兄さまが目で本当に大丈夫かと聞いている。
わたしは頷いた。
だって本当に身に覚えがないもの。
久々に向けられたしっかりした〝悪意〟。向き合ってやろうじゃない。
馬車に乗り込んでお城近くの詰所に向かう。
同じ馬車の中にひとり騎士が同行した。わたしたちが口裏を合わせないようにということでなのかな?
馬車の中でずっと兄さまが手を繋いでいてくれた。
今度は穢れに触れることもなく、詰所についた。
騎士たちが立ち並び壁ができている。そこを歩いて行った。
わたしと兄さまは別々の部屋へと案内される。
少しすると部屋に入ってきたのは父さまだ。
「父さま」
わたしは立ち上がって父さまの胸に飛び込む。
「リディー、大丈夫だよ。何も怖いことはない」
父さまがギュッとしながら優しい声で言ってくれた。
バッグの中にはもふさまたちがいるけれど、兄さまと離され、石造りの小さな空間に押し込められ、不安になっていたようだ。
兄さまがぎゃんぎゃん言ってくれたからか、保護者をつけたようだ。
「シュタイン伯さま、調書を終えるまで、お嬢さまとお話はしないようにお願いいたします」
ぎゅっが緩む。父さまが顔を覗き込んできたので、わたしは大丈夫という思いを込めて頷いた。




