第944話 わたしたちの王さま③鳥キラー
もふさまの壁で向こう側は見えないけれど、わたしは兄さまに抱え込まれている。
『……なぜ壊した?』
冷静なもふさまの声。
兄さまの〝ギュッ〟が少し緩む。
『邪魔だからよ』
聞き覚えのある頭に響く声。
『人族の家はな、窓を壊して入るのではなく、玄関から入れ。もしくは空いている窓。壊さなくても通り抜けることも可能であろう?』
『だから、リディアの家ではそうしているでしょう?』
この声は。
バタバタとした足音が聞こえ、慌てたようなノック。
「旦那さま、すごい音がしましたが」
とドアの開く音。
執事さんやその後ろのメイドさんたちが崩れ落ちている。
首を伸ばして大きくなったもふさまの先を見れば。
割れた窓を背景にしてウマサイズのクジャク? 真っ白な鳥。
え、あれ。
「フ、フレデリカさま?」
『リディア、やっぱりここであってたわ!』
シュルシュルと小さなシマエナガとなり、わたしの掌におさまった。
割れた窓、大きな純白の鳥と真っ白なウマサイズのもふさまに驚きまくったバイエルン家の執事さんたち。けれどプロは立ち直るのも早かった。
フレデリカさまともふさまが通常サイズに戻ると、わたしたちを別部屋に案内し、お茶の用意をしてくれる。
「フレデリカさま、お久しぶりです」
『一刻、リディアの気が感じられなくなって、心配したのよ。見つかってからも記憶を失くしているっていうから、我慢していたの』
もふさまからノックスさまとフレデリカさまが心配してくださったことは聞いた。
「ご心配をおかけしました。おかげさまで戻ってこられました。今は記憶は戻りましたが、事情があってまだ戻ってないことにしているんです」
『まぁ、そうなのね』
わたしは紅茶とお菓子をフレデリカさま用のお猪口とお皿を出して、取り分ける。
わたしの記憶が戻った知らせがいつまでもないと心配していたそうだ。今日は地上に来たついでにわたしの家に行ったけれど、わたしの気配はない。騒ぐと言葉は通じなかったけど、エリンが気づいて、わたしはお城で祝賀会に行ったと聞いた。それでお城に行ったけれど、わたしの気が感じられない。
そこでもふさまとわたしの気を探ってみたところ、こちらの屋敷から微かに。お城にいるはずなのに、なぜここに? 怪しく思い、窓を割って派手に入ってきたそうだ。
心配してくれたみたいだ。
「ノックスさまもお元気ですか?」
尋ねれば、今までちょっと忙しかったから会っていないけど、元気だと思うとのことだ。
「お初にお目にかかります。私はリディアの婚約者のフランツです。お噂はかねがね。お姿を拝見することができ、光栄です」
フレデリカさまはちいさなまん丸の目をパチパチと瞬きする。
あれ、兄さまとフレデリカさまってはじめましてだっけ?
『あなたがフランツ。リディアの婚約者なのね。我は空の神獣・フレデリカ。フレデリカと呼んでもいいわ。ここ、あなたの家なの?』
アオが通訳する。
「はい、私の家です」
『悪かったわ。リディアが捕らえられているのかもと思ったから、壊したの』
アオの通訳。
「そういうことでしたか。いいえ、我が婚約者を思ってくださり、ありがとうございます、フレデリカさま」
兄さまは胸に手を置いて、フレデリカさまに頭を下げた。
シマエナガが膨らんだ。なんかワラがよくやってた仕草だ。兄さまとじゃれた後に。
『今度詫びの品を持ってくるわ』
「お気になさらず」
「フレデリカさま、お城に行かれたんですよね? 様子はいかがでした?」
『様子?』
わたしと兄さまは、お城の祝賀会に行くつもりだったけれど穢れに触れていけなくなったこと、先ほど祝賀会中に令嬢が襲われた一報が届いたことを話した。
『ああ、それで騒がしかったのね。気も混ざりあっていたわ』
フレデリカさまはケーキを啄み出した。ナッツもお好きみたいだ。
聖獣も神獣も食事をとる必要はないと聞いたけれど、すっごい勢いで食べている。
「フレデリカさま、お酒はいかがですか?」
兄さまが勧める。
『お酒?』
「フレデリカさまはお酒強いでちか?」
アオが尋ねた。
『ええ。だからつまらなくて、ほとんど飲まないわ』
『フランツのとこの酒は強いぞ、な、主人さま』
『そうだな、あの酒は強い』
『強いお酒があるの?』
興味がありそうなので、兄さまがお猪口に〝アレク〟を注いだ。
啄んだフレデリカさま。クジャクサイズに大きくなった。
羽で器用にお猪口を持って、グイッと仰ぐ。
『強いわ! それに美味しいグレーン酒じゃないの』
兄さまがもう一杯お猪口に注いだ。
フレデリカさまは一気に煽る。
『美味しい!』
頬がほんの少し色づく。
兄さまが注ごうとしたのを、フレデリカさまが止める。
『強いからここでやめとくわ。あー、神さまにも飲ませて差し上げたいわ』
通訳を聞いて、兄さまは微笑んだ。
「お土産に一本お渡ししようと思っていました。こちらをどうぞ」
アレクの瓶をフレデリカさまに見せる。
もふさまと同じようにどこかに収納できる何かを持っているかな?と推測する。
『まぁ、嬉しいわ。神さまと一緒に飲ませてもらうわね』
兄さまが持っていた瓶が唐突に消える。
フレデリカさまは掌サイズに戻って、キャピっと喜んだ。
ノックがあり、ふと見れば、みんなは神業でぬいぐるみになっていた。
「どうした?」
入ってきた執事さんの顔色が悪かったので、兄さまが促す。
「それが……セローリア令嬢さまは怪我もなく今お眠りになっているそうですが、その首謀者が……」
「首謀者が?」
執事さんは言いにくそうにわたしを見る。
何?
「首謀者がリディアさま。探されていますがいらっしゃらないので、逃亡したと思われているようです」
その時フォンが鳴り、発信先はアダムだった。




