第943話 わたしたちの王さま②アクシデント
兄さまはみんなと挨拶を交わす。
わたしは兄さまの馬車に乗せてもらう。婚約者でパートナーだからね。
膝の上のパーティー用の小さなバッグには、もふもふ軍団が入っている。
お城が近づいたら、もふさまもぬいぐるみ化してもらってバッグに入れるんだ。
兄さまに昨日眠ってしまったことを謝り、ロサたちと話せるといいんだけどという話をした。最悪、遠目で姿を確認できる、ぐらいかもしれない。みんなお祝いは直に言いたいだろうから。
お昼から始まる祝賀会のために、馬車は走り出したのだけれど、半分ぐらいきたところで、ガクンと馬車が止まった。
兄さまが緊張する。
でも、もふさまは焦っていない。探索でも敵は見当たらない。
兄さまが、わたしに中にいるようにいって、外に出た。
「もふさま、何かわかる?」
『小石かなんかに当たったのではないか?』
と首を傾げた。
少ししてから戻ってきた兄さまは、眉根を寄せていた。
「どうしたの?」
「穢れに触れた」
「穢れ?」
なんと、亡くなった鳥が馬車の前に落ちてきたらしい。
かわいそうにと思ったけれど、兄さまはものすごい衝撃を受けたのか絶望的な顔をしている。
「祝賀会に行けなくなった」
「え?」
「王宮の慶事には、穢れに触れたら入れないんだ」
え? そんな平安時代的な?
「……穢れって聖水で清めるとかは?」
だってこの世界、魔法や神力なんかがあるんだよ?
死の穢れに触れたってどうにでもできそうじゃない?
兄さまはわたしに向き直る。
「普通の穢れならね。けれど生き物の死の直後に触れたらダメだ」
「どうして?」
「生き物は生への執着が強いし、寂しいから、周りを巻き込もうとする。それが〝穢れ〟の本来の意だ」
「……魔物はバンバン倒すよね?」
冒険者なんか穢れまくりってこと?
「魔物は別だ。潔い。彼らは生きていることが強さの証明であり、負けたら死ぬ。負けることは弱かったということ。弱さを晒して生きる気はなく、死ぬことに執着はないからね」
えー、魔物に聞いたわけじゃないだろうに。あれ、テイマーは心が通うから聞いたことがあるのか。でも、息絶えるときに気持ちなんか話せる状態じゃないと思うし……それは魔物を倒す人族が、罪悪感を軽くするためにそう思うことにしたんじゃと思えてならない。
「私たちは穢れに触れてしまった。穢れはどんな広がりを見せるか分からないとされている。それが王族の慶事中、誰かに穢れを移して引きずり込むなんてことが起こったら大変だから」
「穢れに引きずり込むって?」
兄さまはわたしたちしかいない馬車の中で声を潜める必要はないのに、声を小さくする。
「魂を連れ去られると、器は亡骸になる」
ホラーテイストだ。
「父さまたちと、ロサ……は水を差すか。ダニエルに伝達魔法で知らせておこう。直接お祝いを言いたかったけど。ごめんね、リディー。この馬車に乗ったから」
「それはいいけど。っていうか、なかったこと、気がつかなかったとかにすれば良くない?」
わたしがいうと、兄さまは大真面目な顔で首を横にふる。
「ダメだよ。穢れを持ち込んではいけない」
と兄さまが頑ななので、馬車はUターンして家へと帰った。
家には穢れを持ち込んでいいんかい?って思ったけど、兄さまが家にもちゃんと連絡を入れておいたようで、入る前に聖水をかけられ、簡単に祈られた。
バイエルン家の執事さまに。
わたしたちが祝賀会に向かい、ハンナは息子さんたちの家へ、セズと母さまと双子は領地へ。アルノルトはピドリナとダインが待つ家に帰ったはずで、王都の家はもぬけの殻。
それで兄さまの家に行くことにした。
王都のバイエルンの家もそこそこの大きさ。
わたしは一度しか来たことがないけれど、なぜかわたしの部屋がある。
ウチと違って、メイドさんたちもいっぱいいる。
パーティーに行かないのなら、コルセットとっていいよね?ってことで服を着替えた。収納ポケットに服はあったけど、わたしの部屋のクローゼットにはここで不自由なく暮らせるぐらい服が揃っている。
メイドさんに手伝ってもらって、正装からよそいきのドレスに着替えた。ふうと息をつけた。
生き物の死の穢れに触れたらそれを王宮に持ち込まないとは初めて聞いた。と兄さまに言ったら、これは成人男性に伝えられていくもので、その前にも子息を連れてお城に行くことがある家系なんかは親から伝えられていくらしい。女の子だと、誰かの指示でお城に行くなど、エスコートなしでは動かないのが普通なので、言葉にしては伝えられないそうだ。
身内に不幸があったときは、一定期間登城しなくていい。いろいろ免除される。それは知っていたけど、身内を亡くした人を思っての優しさ、思いやりだと思っていたんだけど。そうではなくて、穢れを王宮に持ち込まない配慮だった。
家の中だというのに、食事の用意ができたと兄さまが迎えに来てくれる。
広めの部屋に長いテーブル。山のような料理。
テーブルの上に6つのお肉をマウンテンにしたお皿がある。もふもふ軍団用だね。
わたしが席に着くと、メイドも執事も兄さまは下がってくれと告げ、わたしは鞄からみんなを出した。
もふさまはちゃっかり最初にお皿の前にステイしてる。
いただきますをして、バイエルン家の食事に舌鼓を打った。
部屋を移り、お茶を楽しむ。
そうしてもふさまに、ここで秘密の話をしても大丈夫かと確かめ、昨日発見したことを話そうとしたとき、もふもふ軍団がころんとぬいぐるみ化して、もふさまも『人が来る』と言った。
ノック音がして執事さんだった。
「ご歓談中、失礼します」
わたしにことわり、兄さまに近づき、耳に顔を近づける。
兄さまの表情が変わる。
「何かわかったら、逐一報告してくれ」
「承知いたしました」
執事さんが出て行った。
「何があったの?」
「祝賀会中に、セローリア公爵令嬢が襲われたそうだ」
「リノさまが? 襲われたって? 怪我したの? 大丈夫なの?」
兄さまは向かいのソファーから立ち上がって、わたしの横に腰掛ける。
「ごめんね。詳しいことはこれからわかってくると思う。
今言えるのは、セローリア令嬢が襲われ、会場が大混乱しているってことだけだ」
その時、居間の大きな窓が音をたて、もふさまが大きくなってわたしたちを守る。
窓ガラスの割れる音が響いた。




