第942話 わたしたちの王さま①ロサの婚約
「リディア嬢、お迎えがきたよ」
アダムの言葉は聞こえていたけど、わたしは椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「見つけた!」
「え?」
書類を読んでいたダニエルとイザークが顔を上げる。
「何を見つけたんだ?」
「ヒントよ! 11代目、聖女の覚書に!」
ダニエルとイザークが覗き込んで覚書に目を走らせる。
「え? どこ?」
「だから……」
「ストップ! リディア嬢、フランツが迎えに来たよ。ほら、支度して。明日は年初めの祝賀会だよ? 王宮のパーティーに招かれていながら、前日の夕方まで書類と向き合って自分磨きをしない淑女は、きっと君ぐらいだ」
「……アダムもコルセットしめてみるといいよ。パーティーなんか2度と行きたくなくなるんだから」
「……コルセットか。苦しいとはきくけど、それほどなの? 一度試してみても」
「そ・こ! 脱線しまくってる」
ダニエルに注意された。
兄さまが部屋に入ってきた。
コートを脱いでいない。玄関でそのままUターンするつもりだったんだろう。わたしが来ないので、ここまできてくれたようだ。
「リディー、セズが気を揉んでいたよ。早く帰らないと」
「あ、はーい」
せっかく見つけたのに。
でも明日はニューイヤーパーティー。
お城で開かれるパーティーであり、ロサの婚約発表と、王位継承者もチラつかせるのが目的のイベントでもある。
収穫祭でカザエルのいくつかの言葉や慣しをゲットしたわたしたち、次の日の最後の半日はゆっくり過ごしてから帰ってきた。
その後、いろいろなことが急ピッチで決まっていった。
聖女さまであるアイリス嬢は、まだ力を使えていないけれど、ユオブリアの王族に嫁ぐことはしないと宣言した。
歴代の聖女さまが王族に嫁がれていたので、その道を選ばず自分の道を進む姿勢が格好いいと好意的に評価されたり、一部、ユオブリアから去るつもりじゃないのかと非難気味な見解も出ていた。
まぁ、どう思われたとしても、聖女さまの意向が全てなので、アイリス嬢がユオブリアの王族に嫁がないというのが公式発表だ。で、それにより、ロサの婚約者が決定。
わたしと同学年のリノ・セローリア公爵令嬢。頑張り屋のリノさまだ。
王位継承権を持つ方は割と多くいるそうだけど、第一候補はロサと言われている。ということはその伴侶はのちの〝王妃〟さま、国母になられるかた。
水面下で貴族たちが動いた。誰につくのか、誰を推すのか、世の中が動く。
一番注目されたのはやはりリノさまご自身であり、セローリア公爵家にスポットライトが当たる。その盛り上がりによって、わたしの加護持ちの噂などは沈静化していった。少々珍しい加護持ちだけれど、あくまで伯爵令嬢だから。わたしが騒がれたりしたのは婚約者がいたのにもかかわらず、王族に嫁ぐのでは?という懸念がなぜかずーっとあったからだ。そんなわけで、わたしのことはひと昔前の話題となり、周りは静かになっていった。
余計に好都合だったので、それから情報収集のために、お茶会や夜会にも顔を出すようにした。もちろんもふさまとは常に一緒、それから強い誰かと一緒だし、護衛つきなのは変わりない。弁護士はまだ捕まっていないから。
ほとんどのお誘いは、発展目覚しいシュタイン領とお近づきにというものだった。ひとつだけ絶対わたしのこと嫌ってるよね?という方がいて。シュタインと親しくなりたいのも違うと思う。その方とは明日の祝賀会会場でお話しできたらいいですねーということになっている。怪しい人と会うのは大勢がいるところの方がいい。
書類をずっと読んでいたからか疲れていたようだ。わたしは迎えの馬車で眠ってしまった。
起こされたのは明け方、セズに揺すられてだ。
セズは朝の挨拶&新年の挨拶を簡単にすると、わたしをお風呂へと追い立てる。しっかり洗って、それからボディーケア。
ガウンを着て部屋に連れて行かれる。
母さまとハンナが待ち構えていた。
みんなとも挨拶をしながら、どんどん支度をしていく。
昨日眠っちゃったからなー。夕ご飯食べられなかったけど、正解かもしれない。どうせ量は控えないといけなかったから。コルセットのためにね。
王宮の慶事だから正装しないといけない。
女性は必ずエスコートがいる。
面倒だけど、ロサの婚約発表だもの、お祝いしなくちゃ! リノさまにもお祝いを言いたい。
少し伸びてきた髪をセズは編み込み結い上げてくれて、そこに髪飾りを足してくれてる。
「リディー、とっても可愛いわ」
「お嬢さま、本当に妖精みたいです!」
「ご自身でお確かめください!」
セズに姿見の前に押し出された。
シンプルな素材のいいドレス。大胆な斜めに入った花の刺繍でお祝いごとにふさわしい華やかさを演出している。
背がちょっぴり伸びた。手と足が少しだけ長くなった気がする。
鏡に映るほっそりした少女は、どこか儚げに見えた。
妖精といえば、わたしはもふさまのリュックの中の精霊のことを思う。
水の玉の中で体を胎児のように丸めて眠り続ける精霊。
実は少し前から起きているんじゃないかと思っている。まだ動けないのかもしれないんだけど、意識はもうあるような。寝たふりをしているようなので、毎日光魔法をかけている。
ちょっとずつ話しかけたりなんだりしているんだけど、まだ反応してくれない。
居間に入っていけば、みんな勢揃いしていた。
みんなと新年の挨拶を交わし、わたしの装いを絶賛してくれるのはいつものことだ。わたしも褒め称えた。お世辞抜きでかっこいい。正装した父さまもアラ兄もロビ兄も。
お昼に王宮入りするのに、もう出なくてはならない。
祝賀会に招かれたのは父さまたち。ロサの友達である、アラ兄とロビ兄、そしてわたしだ。兄さまももちろん招かれていて、わたしをエスコートしてくれることになっている。ちなみに母さまは王宮には行かない。精神的な問題で無理なようだ。対外的には体調が悪いことにしている。ノエルの転移で王都の家にはいつもくることができるが、母さまと下の双子は領地にいることになっている。
ノエルが転移できるので、ルーム経由で移動しても、ノエルに送ってもらったと言えるので、ありがたい。
昔、アラ兄はリノさまのことを好きなのかと勘ぐったことがある。そのリノさまが婚約しちゃうので、ちょっとだけアラ兄は大丈夫かなって思った。でもアラ兄からその後アクションとってデートに誘ったこともないみたいだし、やっぱり違ったのかな?
アルノルトがピクッとする。
「フランツさまが到着されたようですね」




