第941話 グレーンの王さま⑥引き出す会話
「本当にすみませんでした!」
アダムもブライももう一度謝り、お好きなものをという感じでメニューを勧めてる。
こちらのテーブルでも、飲み物と軽いつまみをオーダーした。
向こうのテーブルにお酒と料理が運ばれた。
「おふたりはご夫婦ですか?」
乾杯の後にアダムが尋ねる。
「もうすぐ、夫婦になるわ」
女性がにっこりした。
「そうなんですね。おめでとうございます!」
アダムがスッとこちらに視線を送ってくる。
「なんだろう?」
わたしがいうと、みんなは呼ばれた、という。
呼ばれた?
わたしと兄さまはここでひっそり食事していろと言われ。
ダニエル、イザーク、ルシオは今お店に入ってきたようにアダムたちのテーブルに近づき、アダムに気づいたように話しかける。
「なんだ、ここにいたのか」
「お前たち、どこ行ってたんだよ」
「ブライがこちらの方の服に酒をかけてしまって。許してくださったんだけど、悪いから一杯奢らせてもらっているんだ」
「そういうことか。あ、私たちもご一緒させていただいてもいいですか?」
「え? ええ」
「おふたりは、もうすぐ結婚されるそうだ」
「そうなんですか? それはおめでたいですね。おめでとうございます」
ダニエルたちは手慣れた感じでお酒をオーダー。
「お祝いさせてください! ふたりの未来に乾杯!」
ダニエルたちも加わり、お酒をどんどんすすめている。
馴れ初めを聞いて、驚いたり、言葉巧みに情報を引き出している。
はっきりいって彼らはイケメン。
その彼らが自分たちに好意的な目を向けて、何を言ってもいいふうにとらえ絶賛してくる。重複するがかなり見目のいいイケメンたちがだ。
そんなテーブルに向けられる視線は羨むもの。居酒屋には男性の方が多いけど、一心に注目を集めている。接待を受けているふたりの気分がどんどん良くなっていってるのがわかる。
「農園にお勤めなんですか? 私たちも友人が農園に行くっていうからついてきたんです」
ダニエルがすかさず言って、奇遇ですね、縁があるようだといって、それも同じ農園とわかってさらにテンションを上げている。
やるなぁ。
さて、つかみはオッケー。
こっからカザエルのことをどうやって聞き出すんだろう?
それは兄さまがオーナーとして従業員を呼び出して話を聞くとしても、頭を悩ませたことだ。
だって、恐らくあのボイラー室でしか、彼は言ったことはないだろう。
小耳に挟んだと言ったら、ミランダー嬢から漏れたことになってしまいそうだし。ミランダ嬢が言ってないといえば、どこで聞いた?と怪しまれてしまう。
大皿料理が運ばれてくる。
「メイシーヤ」
アダムが言って胸の前で掌を外に向け親指だけを絡ませ、料理を拝むパフォーマンスをした。
「なんだよ、それ?」
ブライが尋ねる。
「この間テーブルが一緒になった人がやってたんだ。どこの国かわからないけど、食前の祈りだと思う」
バッカスの捕らえた人たちを、彼らだけにしておいた時に使っていたパフォーマンスと言葉だ。といっても、カザエルのこと自体よくわかっていない。じゃあなんでカザエル語だってわかったかというと、裏の筋に伝わっていた情報で、世界議会が把握しているいくつかの単語を教えてもらって、それが使われていたからわかったのだ。
大っぴらにはしないがカザエルに仕事を頼んだ人もいるわけで。その人たちが彼らが仲間内で話す言葉があり、それを世界議会が聞き出した。意味もわかっていない。ただ、よく耳にした言葉とパフォーマンスを教えてもらっただけ。
そのひとつがアダムのやった〝メイシーヤ〟だ。
へー、どこの国かねなんてなごやかに話す中、男性だけ顔色が悪い。
「それ、人前でやらない方がいい」
真剣な顔でアダムに言った。
「え?」
アダムが絶妙に聞き返す。
男は声をひそめる。
「俺はあんたたちが気にいったからいうけど。それは食前の祈りの言葉なんかじゃない」
「え、そうなんですか? でも食べる前に……」
「何語なんです?」
お酒を片手にいかにも雑談のようにダニエルが促す。
「俺はたまたま知ったんだけど、それは使うな。そりゃ、ガザエルの言葉だから」
みんな目を大きくする。役者だ。
「え?」
「か、カザエルって、武装集団っていう?」
声を潜め、怯えているようにルシオが言った。
「それは奴らが志を折らずに戦いに赴くための決死の言葉だ」
スッとみんなの顔が引き締まる。
「な、なんでそんなことを知ってるんです? もしかして」
イザークが静かにいうと、男は片手の掌を押し出す仕草をした。待てというように。
「違うぞ。ここだけの話、俺のじーちゃんが若い時ガザエルで働いていたことがあるんだ。兵士じゃないぞ、飯炊きだ。俺はじーちゃんによく預けられていて。じーちゃんは俺がいうことをきかないと、よくカザエルの怖い話をしたんだ。その言葉もそのひとつだ」
「おじいさんはご存命ですか?」
少し声のトーンが変わったことを感じたんだろう。
男はちょっと慌てる。
「いや、俺が成人した頃に逝っちまったよ」
わたしは兄さまと、あちらもみんなで顔を見合わせてる。
「じーさんはどこの出身なんだ?」
ブライ、ナイスアシスト!
「じーちゃんは砂漠生まれだって言ってたな」
砂漠か……エレイブ大陸の中央は砂漠が多い。カザエルは砂漠が本拠地なのかもしれない。そうなると普通の街などにいるより探すのは難しいだろう。
「へー。カザエルの一員なら恐ろしいけれど、そこで飯炊きをやっていたなんて、勇敢な方なんですね」
「それに、戦士の食べ物を任されるのは並大抵のことじゃない。腕だけじゃなく信用もあったってことだ」
普通カザエルという単語だけで眉はひそめられたりするらしいから、こんなふうに会話が運ぶのは予想していなかっただろう。男はどんどん気持ちよく気が大きくなったみたいで、いくつものことを教えてくれた。
ぐでんぐでんになってしまった男性とミランダ嬢を宿屋まで送り、わたしたちは馬を走らせる。




