第936話 グレーンの王さま①休暇
わたしが記憶を取り戻してから、ひと月が過ぎようとしていた。
今日から収穫祭のお休みで、わたしたちは兄さまの持つ農場へ行くことになった。
がむしゃらに突き進んできた。やれること、いいと思えることには手を出した。その割に進捗はかんばしくないけれども、多分安心したくて、やれることはやっているんだからと思いたくて、とにかくやっていたんだと思う。
世界の終焉なんてものが後ろにチラついていると、どうしても気が焦ってしまう。根を詰めすぎるのも良くないってことで、お休みをもうけることになった。折りよく収穫祭となるわけだし。
ただ同じような環境にいると、どうしても思い出しちゃうから、思い切って遠出がいいということになり、気晴らしにバイエルン家のグレーン農場へと行くことになったのだ。
ノエルの転移でこそりと行く。知っている人は数少ない。
メンバーは、ロサが公務のため来られないので、ダニエル、ブライ、イザーク、ルシオ、アダム、兄さま、わたし、それから、もふさまともふもふ軍団。
転移で移動する時だけ、ノエルがついてくれる。ノエルとエリン、アラ兄、ロビ兄は、領地の収穫祭を担ってくれた。
アイリス嬢を交えてのシンシアダンジョン、家族ともふもふたちとのミラー&空っぽダンジョン、それから有志でシンシアダンジョンへと行きまくった。そして気がついた時は、すかさずみんなにプラスしていった。その力が少しでも何かあった時に役立てばいいと思う。
アイリス嬢は聖女の力をまだ使えないようだけれど、ダンジョンに行くようになって、ストレスが減ったのだろう、調子はいいらしい。
未来視の文書は読ませてもらった。すっごい量だった。
謀反騒ぎが終わってから、攻撃勢が半分くらいになっているのはその通りだったし、瘴気の研究を始めてからまた勢力が減っているのも確認した。
ガゴチの将軍たちが捕まってから、敵の勢力が弱まった未来視となったので、やはりガゴチも敵になるはずだったのだと思う。カザエルとの繋がりは、まだ見えていない。
少しずつだけど、ユオブリアが落ちない未来が増えているのは、喜ばしいことだ。けれど、残念ながら攻撃されること自体は、今のところ決定事項な気がしている。
代々聖女さまの覚書は、今、読んでいるところ。最初に9代目のいきなり力を使えるようになったという聖女さまのものを読み、その後に1代目から読まさせてもらっている。地下基地より持ち出し禁止なので、まだ2代目の途中だ。
わたしが記憶を取り戻したことは、家族、そしていつものメンバーに伝えた。とても喜んでくれた。けれど一般的にはまだ記憶が戻っていないとしている。
なぜなら、その方が〝敵〟が油断しそうだからだ。
レオがピクッとした。
『みんな来たみたいだな』
窓に駆け寄ると、次々と馬車が家の前に停まっている。
「じゃあ、下に行こうか」
みんなを促す。
ぬいぐるみになったみんなを入れたリュックを、もふさまに背負ってもらって、そのもふさまを抱っこする。すかさず顔を埋めて匂いを嗅いでおく。
あったかい。
階段を降りていくと、玄関へと次々と入ってくるところだった。
ラフな格好だ。
みんな荷物がある。そっか、お泊まりだもんね。
アルノルトが対応して、みんなと話している。
玄関でなんだけど、みんなと挨拶してちょっとだけ話す。転移する時、靴があった方がいいので、玄関から直に行くのだ。
ノエルがスッと現れた。
ノエルとの挨拶が始まる。
アルノルトに行ってきますをして、その場から転移してもらった。
瞬きをすると、懐かしいグレーン農場へとやってきていた。
農場の門の中だ。
右側は農園風景が続いている。遠くには山々も。
長い通路や、居住スペースのお屋敷も見える。
その奥がグレーン酒を製造をするところと、ワイン蔵へと続くはずだ。
「ノエル、ありがとう」
わたしが口にすると、みんなもお礼を口にした。
ノエルは何かあったらすぐに連絡をちょうだい。すぐに来るからと行って、領地へと帰っていった。
わたしたちは兄さまに促されて、果樹園と畑を見ながらついていく。
居住スペース入り口のドアがバンと開いて、中年の男性が兄さま目掛けて走ってきた。
「ようこそおいでくださいました。バイエルン侯爵さま」
と深々と頭を下げている。
「いつもありがとう。しっかりとやってくれているから、私は任せることができる。今日は伝えていた通り、婚約者と友人と遊びにきた。私たちのことは構わず、いつも通りにしていてくれ」
「ありがとうございます」
彼は農園の総責任者のピオさん。わたしたちを見てニコニコしている。
わたしがトカゲの姿で来た時は見なかった顔だ。
お世話になる挨拶をする。わたしたちにも丁寧に頭を下げ、優しそうな人。
「お部屋は掃除をしておきました。どうぞこちらに」
農園は収穫した直後で割とひっそりしていた。この3日、町の収穫祭に参加するのがいつものことで、従業員の多くはそちらに行っているらしい。
グレーンの収穫が終わり、お酒にするグレーンと、そのまま果物として売るものと分ける。果物としても売れ行きがいいんだって。
農園の建物ゆえに貴族使用ではない。いいところのお坊ちゃんたちが大丈夫かな?と思ったけど、ダンジョン内に泊まったこともあるし、そこら辺は心配ないようだった。
トカゲで来るのとはやっぱり違う。
元々バイエルン侯さまがこちらを買った時に、そうそう来れるわけではないけれど、自分が滞在する時用の建物があった。その隣の従業員たち用の建物を廊下で繋げている。
廊下に続くドアに鍵をかけて、オーナー用は普段は使用していないみたいだ。
オーナー用のスペースは、他よりいい素材が使われ、気が使われた作りになっていた。
わたしは部屋をひとりでもらい、他は2人でひとつの部屋を使うようだ。
みんなで集まれる居間のようなものがあり、それも嬉しい。
お茶ぐらいならここでも飲めるようにの配慮か、簡易コンロが置かれていた。
テーブルも椅子も十分だし、わたしたちはそこで食事をとれるねと話をした。
それぞれ荷物を部屋に置いてから、みんなで農園を見て回ることに。
永遠に続きそうなグレーン畑はひっそりしていた。区画ごとでグレーンの種類が違うそうだ。
思い思いにのびをしたりして、久しぶりのゆったりした時間を楽しむ。
もふもふ軍団もぬいぐるみサイズで出てきた。
人は近くにいないらしい。
「懐かしいでち」
アオが感慨深げにいう。
「あ、そっか。アオたちはここに来たことがあるんだったな」
ブライが言った。
「リディア嬢も懐かしい?」
アダムに尋ねられる。
「わたし外にはあまり出なかったから」
「従業員棟が懐かしい?」
ダニエルに追加で聞かれた。
「うーん、きっと一番懐かしいと思うのはボイラー室かな」
「「「「「ボイラー室?」」」」」
みんなの声が重なった。




