第934話 Get up㉕フランツとデート<中編>
通された個室はかなり広くて、8人は座れそうなテーブルに向かい合わせて椅子が置かれている。
わたしたちが席についてから、違う種類のタルトがホールでどんどん運ばれてきた。
ええ、こんなに?
フランツはお店に、いっぱいホール買いするよと予約を入れてたんだって。
わたしはあくまで〝お茶〟のイメージだったので、ちょっと驚く。
飲み物を尋ねられ、紅茶をお願いする。
艶やかなベリーのタルトに目が釘付けだ。
グレーンのタルト、バナーナのタルト。色とりどりのフルーツに、クリームも盛りだくさん。
やっぱり、しょっぱいのも充実している。
給仕の人たちが出て行ったので、みんなを呼び出す。みんなのお皿を用意して、いただきますだ!
ベアは説明する前に蜂蜜のタルトを選んでる。
みんな目を輝かせて本能的に選んでいるようだから、説明はいっか。
わたしも本能の赴くままに、ベリーのタルトに手を伸ばした。
つやっつやっの苺が、タルトの上にきれいに並んでいる。
果物を一緒に焼き込むお菓子は前から地味にあったけれど、フレッシュな状態でクリームと焼き菓子と合わせたのは、Rの店発祥ではないかと思う。どんどん発展していき、こうして外でもおいしいものが食べられるようになった。
挟んでいるクリームはなにかな? カスタードクリームだと嬉しいんだけど。
あむっと頬張れば、苺の酸味と甘味がクリームを一緒に取ることによって際立ち、バターたっぷりのタルト生地が重厚さを打ち出してくる。
カスタードと似た感じのクリームだ。
おいしいーーーーーーっ。
次はバナーナの甘々タルトだ。
生クリームとバナーナだね。ああ、これにチョコが入れば最高なのに。
「おいしい?」
聞かれてハッとする。しまった、フランツといるのに食べることに夢中になってしまった。
もふさまたちも、もふもふ軍団ももりもり食べているのに、フランツは紅茶を啜っていただけのようだ。
わたしはおかずタルトから、ズッキーニと卵のキッシュ風に見えるタルトの1ピースを、フランツに取り分けた。
「これなら、食べられると思うよ」
フランツは受け取り、フォークで一口食べてみる。
「あ、本当だ。おいしいね。私の好みだ」
フランツは嬉しそうに食べ出した。
ふふ、よかった。
「ところで。今日はどうして誘ってくれたのかな?」
「……フランツに聞きたいことがあったの」
「聞きたいこと?」
うんと頷けば、フランツはほっとした表情になる。なんで?
テーブルの上で、お腹をポンポンにしたみんなは毛繕いを始めている。
ぬいぐるみの姿でもやるんだよね。それもとても可愛い。
「わたしに婚約者がいるって聞いて。それがフランツだって聞いたんだけど、そうなの?」
フランツはそっとという言葉がぴったりに目を閉じる。
「うん、私が君の婚約者だ」
「どうして言わなかったの?」
「……どうして、か……。最初は、瘴気が君から取り除かれれば、君がすぐに思い出すと思ってたんだ」
それは予想していた。
「でも君は忘れたままで……。君は自由だった」
「自由?」
「そう何にも縛られてない、誰を好きになるのも自由」
え?
「まっさらな状態からでも、リディーに好きになってもらえると思っていたんだけど……アダムに惹かれたように見えたから。君がそう選ぶのなら、君がそれで幸せになれるのなら、そうするのが道理だと思った」
えええ?
テーブルのもふもふ軍団が、卓球の白い球を追うかのように、わたしたちの顔を交互に見てくる。
「な、何が道理になるの?」
「……私はリディーが幸せでいてほしい。その時隣にいるのが私だったら嬉しいけど、もしそれが違う誰かだとしても、君が幸せだというならそれを望む。だから、誰かを好きになったのなら、その人と婚姻を結べばいい。君は自由だ。君が選んでいいんだ。幸せになる道を」
胸にジンときてる。
いっつも人のことばっかり。
「わたしが選んでいいんだ……」
「そうだよ」
「フランツの幸せは?」
「私はリディーが幸せなら、それで幸せなんだ」
「……なんでそんな思ってくれるの?」
「どうしてだろうね? 私はリディアのことが好きなんだ」
真っ直ぐな眼差しがわたしを貫いた。
「記憶を失う前のわたしと、記憶のないわたし。どっちがいい?」
「……君には話していないことがいっぱいある。
何もかもとても複雑で、事実だけ述べたら君が勘違いしそうだから。
きっと君の中では事実の中に、紆余曲折したたくさんの思いがあるはずだ。けれどそれは君だけのもので、だから私たち周りの者はそれごと伝えることはできない。それで言うのを躊躇うことがあって、未だ言えずにいるんだ」
フランツの声のトーンが少し変わる。
「確かにいいことばかりではなかった。でも君は逃げない。
真っ向から馬鹿正直にぶつかっていく。それでハラハラすることも多いけど、君はいつだって真剣に向き合って味方を増やしていく。不運な出来事さえ〝チャンス〟へと変えていく」
フランツは息を吐く。
「フォルガートに向かう時、山上で吊り端が切れていた時のこと覚えてる?」
わたしは頷く。テーブルの上で、もふもふたちも頷いている。
「あの時、運んでくれたポポ族、彼らのこともリディーが助けたんだよ」
あ、今思い出した。あの時、仲間と一緒に駆けつけてくれたのは、ポポ族のリポロさんとポリさんだ!
「彼らはリディーの窮地を知って心配していた。それであの場に現れて助けてくれたんだ。あの後、狐に貢物をもらってたろ? あれはシュシュ族。彼らのこともリディーが助けたんだよ。みんなリディーを大好きで、リディーのためになりたいと思っている。
エリンやノエルのバッカス殲滅隊に、領地の支援団体出身の子たちが何人も志願したというし、リディーの書いた物語に感銘を受けた人たちが個々にバッカスをあぶり出すのに協力してくれてる。全部、きっかけはリディーだ。
瘴気の時に世話になったトルマリンを覚えてる?」
わたしともふもふ軍団は頷く。
「彼と君には因縁があって。私はさすがに君は彼を許さないだろうと思った。君は彼をいくらでも罰することができた。君は貴族でもあるし、彼はそうされても仕方ないことをしたのだから。
でも君はそうしなかった。許さないと言いながら許していた。でもだからこそ、彼にも助けてもらって。……彼も君のために動くひとりだ。
……そうやって、君の周りには、君に助けられて君を知り、大切に思う人が大勢いる」




