第930話 Get up㉑花摘み談義
「シュタインさま」
更衣室近くのトイレで手を洗っていると、女生徒から声をかけられる。
微妙だ。
アダムやもふさまと一緒ではない場所で名指し。
校章を見ると3B。
「ごめんなさい、急にこんなところで話しかけて。あのお尋ねしますけれど、シュタインさまは婚約者がいらっしゃいますよね? ゴーシュ・エンターさまとはどういうご関係ですの?」
手を握り締めレポーターさながらにわたしに問いかけてきたのは、たっぷりした茶色の髪の子。リボンをカチューシャのように使っている。
その後ろに祈るように手を組んでいるのが3人。
真ん中の子を守るような感じ。
左の子は身分が高いのかなと、なんとなく思う。金髪に薄い唇。
真ん中の子は一番背が低い。目がうるうるしている。
右の子は青い髪。
なんかわかってしまう。
目がうるうるしている子が、アダムのことを好きなんだろうなーと。
「婚約者がいます。エンターさまとはクラスメイトで友達です」
「でしたらお願いがありますの!」
青い髪の子が声をあげる。
絶対、めんどくさそう。わたしは思った。
レポーターチックな子が覇権を取り戻す。
「この子、エンターさまのことを慕っていて、学園祭で告白したの」
両隣のふたりに背中を押され、真ん中の子が前に進み出る。
「断られました。今取り組んでいることがあって、それ以外に心をさく余裕がないと。シュタインさま、エンターさまと何か一緒に取り組まれていらっしゃいますよね? 私も仲間に入れていただけませんか?」
あーー、ねーーーー。そうきたか。
ふむ。
わたしは、実は仲間を増やしていくつもりでいる。
終焉問題に向かっていく仲間を。
だけど、終焉問題は心にどう影響するか、心に闇を投げかけるかが未知数だ。よって、気軽に声をかけられる問題ではない。だから慎重にしないといけない。それにアダムへの恋心で引き込むのは全く違う。
「そうですね。わたし、エンターさまと一緒に取り組んでいることがあります。でもその仲間には、第2王子殿下も含まれています。その他にも。だからわたしひとりで決められることでもありません」
「王子殿下もですって?」
金髪の薄い唇の子が反応をする。
「わ、私もご一緒したいですわ!」
勢い込んで言う。
「私も!」
「私も!」
ああ、言い方を間違えた。反対方向の呼び水になってしまった。
目的がメンバーのお近づきになりたい場合は、きっちり断るべきだった。
? でもそうかな?
仲良くなりたいと思って入ってみたら、終焉に立ち向かうメンバーでしたーって詐欺だ……。けど。そこで選んでもらえばいいことだし。何が起こるかわからない今、自分自身を鍛えるのは、きっと自分のためになることだと思う。
いつか間口を広げていった時、こういうことも起こるだろうね。
強くなりたい人と掲げても、有名人の集まりだもん。その集まりに自分も入りたいと思う人が出ても不思議はない。
と思いを巡らせる。
うん。どんなきっかけでも自分の能力をアップしておくことはいいことなんじゃないかな? 強制はできないけれど、関心を持ってくれた人なら。
「……ダンジョンに行かれたことあります?」
「え?」
「または魔法戦のようなことを実践した経験とか?」
「なにをおっしゃっているの?」
「最低限、自分の面倒は自分でみられないと困ります。それから襲撃にあった時、自分の身を守れないとです。人生なにが起こるかわかりませんから。そのため、定期的にダンジョンに行って身を鍛えております」
「断るのに、そんな言いがかりを言いますの?」
「ご存知じゃありません? わたしが拐われたこと」
4人の顔が青ざめる。
「わたしは仲間が増えるのはいいことと思っております。けれど、覚悟がない人は困るし、なにが起こるかわからない昨今ですから、一般的に腕力が男性より劣る女性なら尚更、強くなっていただかないとです。
いつか、ダンジョンに行く人を集うかもしれません。もし本気なら覚悟を持って、ぜひ参加してみてください」
「リディアーー!」
トイレに元気よく入ってきたのはレニータ。
わたしが4人の子と向き合っているのを見て、目を大きくしている。
「どうかした?」
「ん? 話をしていただけよ」
わたしはレニータからB組の子に目を移す。
「わたしから申し上げられるのはそれだけですわ。ご検討を」
レニータはトイレに用があったわけではなく、わたしを探しに来たそうだ。
もふさまがレニータの足にまとわりついて、トイレに行けと押してきたそう。
きっと長かったから心配したんだろう。
案の定、出てすぐのところにもふさま。
『リディア問題はないか?』
「ええ、大丈夫。ありがとう」
でもここもまた死角になるのね。気をつけないと。
授業に遅れそうだったので、走って第1演習場へと。
アダムが心配そうな顔をしていた。大丈夫だと合図を送る。
チャイムが鳴り、先生がやってきて授業が始まる。
最初は準備運動とランニングからだ。
隣をアダムが走る。
「何かあったんだろ?」
「大したことじゃ、ないんだ、けどね。
わたし、皆が、レベルアップ、すること、大切だと、思うの」
走りながら話すのきつい。
アダムは本気で意味がわからないという表情で、「は?」と言った。
「おい、そこ。話してる余裕があるなら、もっと早く走れ!」
先生のゲキが飛ぶ。
「アダム、先行って。わたし、これ以上、無理」
「……わかった。が、頑張って」
アダムは憐むようにわたしを見てからスピードをあげた。
トラック3周はやはりわたしがビリだった。
先生に体力がないなといつものように嘆かれたけど、むせていたのでそれどころではなかった。
今日は一対一の模擬戦をやるそうだ。
魔法も武器もなんでもあり。ただ本気で傷つけるのはナシ。
審判である先生の判定で負けたら次の人と変わる。参ったと降参するのも負けで次の人とチェンジ。多分みんなの力量がどんぐりの背比べなのだろう。
と思ったら、アダム、わたし、エリー、ニヴァさま、ユリアさま、イシュメル、アマディス、ラエリン、ライリュートン嬢は別組にされた。
こちらは先生の審判はつかず自分たちの判断でやれとのことだ。そして戦いはこの円から出ないようにと、魔法で地面に円が描かれた。




