第929話 Get up⑳見逃して
ま、わたしが指揮官でも情勢を知りたいし、手引きする人を配置したりするだろう。それが個人ではなく対象が国だとしたら、規模が大きくなるのも当然。
けれど改めてアダムが危惧するということは、想定より大きな何かの端っこを掴んだのだろう。まだはっきりとは言えない何かを。
「攻撃されるのが統計で多いのは1年後らしい。だとすると、そろそろユオブリアに潜伏や加担が始まっていておかしくない」
考え込んでいる時の表情だ。
「僕たちが気づいてないだけで、じわじわと反乱分子が増殖しているのかもしれないね」
冗談やめてと言いたいけど、信憑性がありすぎる。
みんなわたしに甘いから、わたしが傷つかないよう怖がらないよう配慮してくれて、段階を踏んでくれてるのよね。これもきっとその〝予告〟だ。
「まだ確証はないけれど、君から言われてデヴォン・マンドのB組の仲間を調べてみた」
え、話してから、まだ1日しか経ってないのに、もう調べたの?
「ちょっと怪しいんだ」
怪しい?
アダムはわたしをみて、表情を緩める。
「学園の中は聖樹さまの守りがあるし、君にはお遣いさまがいるから大丈夫だと思うけど、聖樹さまもお遣いさまも〝生徒〟には弱い。親が反乱分子だとして、その行いを信じる子供もいるかもしれない。リディア嬢、学園の中でも気をつけてね」
「……わかった。気をつける」
アダムが言いたかったのはそこだね。
ユオブリアに敵が潜伏のみならず、もう加担しているんだ。
そしてその親を見て、子は盲目的に信じている。
きっとその先が終焉になるとは思わず、〝何か〟がよくなると思っている。
それがいいことと思っていたら、子供の方が暴走する可能性は高い。
学園もそれほど安全なところとは言えないのかもしれない。
まずいな。この話が出たら、とりあえず学園は休みなさい方向に持っていかれる気がする。うーーむ。そうだ、変わった動きをすると敵にバレてもっと潜まれてしまうとかなんとか話を持っていこう。
わたしはそんなことを考えながら、もふさまとアダムと一緒に特別棟をでた。
「おい、授業中なぜこんなところにいる?」
本校舎の廊下を歩いていると、後ろから冷たい叱責を受けて、わたしたちは振り返る。
「3D、ゴーシュ・エンター、リディア・シュタイン」
決まり切ったことが大好きに見える先生は、わたしたちの名前を呼んだ後……
舌打ちした?
っていうか、覚えてるぞ。
入園試験の面接で言いがかりをつけてきた先生だ。
「シュタイン嬢が〝神殿〟の神官より、聖女さまのことについてお話があり呼ばれました。カムロ神官から教室に送り届ける役目を言いつかりましたので、遂行しています」
アダムはスラスラと作り話を話した。
「婚約者でもない男女が、こんなところでふたりきりで」
「お遣いさまが一緒です」
フンと鼻を鳴らす。
相変わらず嫌な人だ。
「エンター、お前、理事長預かりだからっていい気になるなよ? 第2王子に媚を売ってるそうじゃないか。今度はそっちに鞍替えか?」
?
「授業に戻るところなので、失礼します」
アダムは表情を変えず、わたしを促し歩き出す。
後ろで、角を曲がって遠のく足音。
「理事長預かりなの?」
沈黙が耐えきれなくて尋ねてしまう。
アダムは声を潜めた。
「第1王子の影だったって話したろ? その頃あの教諭の間違いを皆の前で指摘したんだ。嫌なやつだったから。それから目をつけられてる。そして偽物だったとわかってから怒り心頭ってわけ。今年度まで学園に通いたいと言ったら、通してくれたのが理事長だから。あいつは派閥を妙に気にしてるんだ。学園に派閥もなにもないだろっていつも思うんだけどさ」
そっか。教師陣にはアダムが第1王子として通っていたことは知られているから、影だったと話して今年度までって学園に通うことになってたんだ……。
どこまで突っ込んで聞いていいのか微妙だったんで、アダムが話してくれることを聞くぐらいしかしてなかった。
「派閥か。あの先生はロサが王位につくのが嫌派だっけ?」
「え? ……ああ。第3王子派だけど。そうだな、理事長は第2王子派、校長は第2王子反対派ってとこかな」
へー、そんな派閥が。
あれ、でもアダムは第1王子の影。理事長って第2王子を推していたのに、第1王子の影の肩を持っていたの? 第1王子も影のアダムも王位には興味がなかったから? けど、影ってことは理事長以外知らされてなかったのだろうから、第1王子を第2王子推しの人があずかっていたわけ? 周りもそれが変と思わなかったってことは、理事長は第1王子をあずかりながらも敵視していたのだろうか? それとも監視? ど、どういう関係性だったの?
アダムのことを思ってくれている教師が学園にいると思っていただけに、本当のところ全然知らなかったことに思い当たり愕然とする。アダムはいつもわたしのことに親身になってくれるのに。
遅まきながら知りたいと思って口を開きかけた時、尋ねられ、わたしは考えたことを一瞬にして忘れた。
「あいつのこと知ってた?」
しまった。アダムは勘もいいし頭もいいから、気をつけなくちゃと思っていたのに。
記憶をなくしてから、ほぼアダムが護衛のようにそばにいてくれたから。
わたしは掌を突き出して待ったをかける。
「ごめん、見逃して。1番に伝えたい人がいるの。その前に聞きたいこともあるし」
アダムはふっと笑う。
男の人になんだけど、大輪が花開くような魅了される笑顔。
「よかった」
心からの声に、また心がギュッとなる。
ありがとう。本当に……ありがとう。
もふさまにも、もふもふ軍団にも言ってない。最初に誰に言うか、決めてあるから。心の中でごめんとも繰り返す。
最初はなんかすっごい普通に、いつものことをいつも通りにしていた。
それで鏡の中の髪の短い自分を見て、思い出した。記憶をなくしていたことを。記憶が戻ったことを。
その時に思った。記憶をなくしていた〝わたし〟で聞きたいことがある、と。
「いつその話をするつもり? その後に、君がそうなった時のことを詳しく聞きたい」
そっか、そうだよね。
「次のお休みに話すつもり」
「わかった」
アダムはにっこりと笑った。




