第928話 Get up⑲一部神官の主張
ルシオの隣の中年神官は、慈悲深い笑みが標準装備のようだ。
「聖女さまとどんなお話をされたか、お聞かせください」
「それはなぜですか?」
ルシオが口を開きかけると、中年神官が止めて自分が説明をしだす。
「聖女さまは力を授かり、まだ間もない。悩み事があれば理解し、少しでも支えて差しあげたい。ですから、聖女さまのことはなんでも知りたいのです」
ふむ。本心もそう思っているんだろうか。
さて、どう出るかな?と思って仕掛けてみる。
「聖女さまは支えて欲しい方に、支えて欲しいことを話すのではないでしょうか?」
にこやかに細められていた目が開かれる。
「それはどういう意味でしょうか?」
過剰でなく、普通の反応だ。
「わたしでしたら、全ての神官さまに手洗いの回数まで知られるのは嫌だってことです」
「手洗いの回数?」
「たとえです。自分の情報を共有されるなんて気持ち悪くて仕方ありません。話さなくてもいつの間にか知られているようなら、話すのは辞めるものです。だってわざわざ話す必要もなくなるでしょう?
支えてもらいたいところは自分で選びたいものでは?
過剰な扱いは、聖女さまを追い詰めることにもなりましてよ?」
中年は言葉をなくしている。
「シュタイン嬢、我らも聖女さまの全てを知り、それを共有したいと思っているわけではありません。ただ聖女さまは尊いお方。授かったお力を十分にお使いいただくため、他の煩わしいこととは手を切っていただきたいのです」
ルシオは神官という立場で、神官の仲間がいる状況で、情報をくれた。
やっぱり、神殿は聖女を囲もうとしている。そうやって孤立させていくつもりだ。
「そ、そうです。今だけのことですし。どんなお話をされたか、教えていただけませんか?」
中年も意気込んで言った。年からいってルシオの上司にあたるのかと思ったけど、下っ端そうだなと思い直す。それなら長引かせても情報は引き出せないだろう。
「お優しい聖女さまは、辛いことがあったわたしに〝お祈り〟をしてくださったんです。聖女になり環境が変わり、ちょっとしたことの積み重ねで鬱憤が溜まっているように見えました」
「せ、聖女さまがシュタイン嬢に、お祈りをしてくださったんですか?」
なぜか中年は声を大きくした。
「そうですか、鬱憤が……。ありがとうございました。では……」
と、ルシオは終わらせようとしたけど、中年の鼻息が強くなる。
「シュタイン嬢、あなたは聖女さまにお布施を渡しましたか?」
は?
「祝福ではないのにお布施が要るのですか?」
正しくは祝福して欲しいと願い、料金を提示され、それによって話は変わる。
それが一般的な祝福だ。さらに祈りには神力が使われない。
一応確かめると、中年は嫌な笑顔を浮かべる。
「いいえ、祈りではそんな必要はありません。聖女さまが自らされたことで、益を必要としていなかったのなら……」
と話しだしたルシオの脇をエルボーしてる。
「カムロ神官は位はありますが、年若いゆえに神殿の決まり事に疎い。
祈りと言いましても聖女さまのものですよ。
尊いお方から祈りを受けたのです。
神殿にお布施を納める必要があります」
カムロとはルシオの神官名だ。
「……お布施はいかほど?」
「聖女さまの祝福です。そうですなー、本来なら50万〜100万ギル、聖女さまが前もって提示されなかったのなら、30万ギルでいいのではないでしょうか?」
とニコニコ顔。
名の通った司祭クラスで30万と聞いたことがあるから、妥当な金額ではありそうだけど……。
ルシオは疲れた顔をしている。
うん、中年の暴走だね。
「わかりました。父から神官長さまに収めさせていただきます」
「は? 神官長さま、ですか?」
「ええ、父を通し神官長さまに」
「神官長さまはお忙しい方です。煩わせずとも、私に通して下されば」
「父と神官長さまは親しいので問題ありません」
ニコッと笑えば、中年神官の顔色が悪くなる。実際、子供同士が友達で何度も顔を見合わせているっていう〝知り合い説〟が有効ではあるけれど、親しいことにしておこう。
「そ、それでは、私から神官長さまに話を通しておきますので、今日の件とお伝えいただければわかるようにしておきます」
「ありがとうございます。今日の件をしっかり父に報告いたしますわ」
ルシオは苦笑気味。
「シュタイン嬢、私がいうことではありませんが、聖女さまに寄り添ってくださってありがとうございます。いつも頑張っていらっしゃっていて、頑張りすぎているように見えて心配しておりました。鬱憤が溜まっているのをご自分で感じられたなら、また道が開けると思います」
そうだね。ストレス自体は他人がどうにかすることはできない。
だからストレスを受けているってことを自覚するのが第一歩だ。
大丈夫。神殿にもルシオみたいな人はいるのだから。
室から出ると、アダムがいたので驚いた。ルシオたちを見送り、教室へと向かう。
「授業、サボらせちゃったね。ごめんね、ありがとう」
「教室にいて気を揉むよりいいからね」
と、心配してくれてるのをストレートに出してきた。
「お遣いさま、今って周りに誰もいないですか?」
胸の中のもふさまが大丈夫だというので、そうアダムに伝える。
「未来視の書類、僕も見せてもらったんだ。それで気づいたんだけど。
確かに大きな内乱は抑えられたように感じる。けれど外国からの攻撃が一気すぎるんだ」
外国から雪崩れ込むはずなのに、ユオブリアへの侵略がスムーズすぎるってことか。
「……ユオブリアに潜伏、もしくは加担している人がいるのね」
アダムは重々しく頷いた。




