第927話 Get up⑱聖女と会談<後編>
わたしは聖女たちの覚書を読ませてもらえたら、それをわたしも検証するつもりだと告げた。9代目聖女はすぐに力を使えたらしいので、何かわかればいいと思っていることを。
アイリス嬢は今習っていることや、自分から見た情勢などを話してくれた。わたしが知りたがったことも伝えられていたらしく、わかる範囲で教えてくれる。
生活ぶりを聞き、重たい気持ちになった。
ただ聖女になるだけだって、背負わされている感満載なのに。
その向こうに終焉がちらりと見えていたら、それは絶望的な背負わされ感だと思う。だから少しでも力になりたい。
「あたしが女神さまから授かった力は〝浄化〟です」
おずおずと切り出す。
やっぱり浄化か。
「それは1代目の聖女さまと同じ、瘴気を浄化する力なんですか?」
「1代目の聖女さまと同じじゃないかと言われているけれど、はっきりしたことはなんとも。覚書があるだけだから。
でも瘴気を浄化しようとしてできなかった〝浄化〟という力じゃないかとあたしは思っているの」
その表情には疲れが溜まって見えた。
「……アイリスさまって瘴気を感じることができるんですか?」
「え?」
驚いた顔をしてから、拗ねたような表情になる。
「わかりません。でもどうしてそんなことをお尋ねに?」
「わたしは苦手だからわかるんです」
「え?」
「不思議ですよね。瘴気を浄化できるアイリスさまは瘴気を感じることができなくて。瘴気への対抗手段がないわたしは、苦手ゆえに感じることができるなんて」
「まぁ、そうなんですか。それは……どこか皮肉めいてますね」
アイリス嬢は苦いものを噛んだような表情だ。
「……でもいつか、皮肉が転機となるかもしれません」
「え?」
「未来はわからないということです。今までにそんなことが山ほどあったから」
アイリス嬢は、口を開けて不思議そうな顔をしてから微笑まれる。
「そうですね、リディアさまがそういうと、そう思えるわ」
少しは元気になってきたかな。
「アイリスさま、気分転換にダンジョンに行きたいとおっしゃってみたら?」
「ダンジョン?」
「ダンジョンでしたら、おつきあいできます。訓練ばかりで魔力を思いきり放出することもないんじゃありません? 我慢ばかりしていたら息も詰まるってものです」
「リ、リディアさまとダンジョン!」
アイリス嬢は胸の前で手を組み、頬を上気させる。
「思いきり魔力を使う、楽しそうですわ!」
「そうでしょ? アイリスさま。聖女になられたことはすごいことですけど、〝今〟は一度しかありません。終焉なんてとんでもないものに向き合うんですもの、それ以外は楽しまないと」
「楽しむ?」
「ええ」
アイリス嬢は驚いたように口を開けて、片目からポロリと一雫。
「役割を全うするのも大切ですけど、アイリスさまのお気持ちを大切にして」
「あたしの気持ち?」
わたしは言葉にせずに微笑む。
こういうのは人が言葉にしても響かない。だから、見つめて見守る。
アイリス嬢が自分の心を探るのを。
「リディアさま、あたし役割を全うするつもりですわ。でも、今だけ、泣き言を言ってもいいですか?」
声が震えてる。
「もちろんです」
「あたし、聖女になんてなりたくなかった! 普通でよかったの。家族と穏やかに暮らして、友達といっぱい遊んで。大好きな人を見つけて。それでよかったのに!」
今まで吐き出してこなかったんだ、偉いな。
役目を背負った辛さを吐き出されても、言われた方は困ってしまうことも多いだろう。なかには役目に向き合ってないとか、そんな光栄なことなんだから泣き言なんてもってのほか、自分が変わってほしいぐらいだと、意見がでるかもしれない。だから言えなかったんだね。
「それに、終焉をなんとかできたとしても、終わった後も、聖女の力はいつでも使えるようにしているのが定めで、聖女の力は聖域で使わないと命を縮めるって」
それは酷すぎる。
聖域のあるユオブリアから一生出るなと言われたのと同じ。フォルガードの王族を好きになったアイリス嬢には酷すぎる。
「神殿からそう言われたんですか?」
アイリス嬢は首を横に振る。
「世界議会が集計した、世界の総意だそうよ」
ブワッと涙が溢れ出す。
「アイリスさま、それはどうにでもなりますわ」
アイリス嬢がすがるようにわたしを見る。
「ひとまず危機を乗り越えたら十分でしょう。なに一人に押しつけようとしてるのよ、全く」
アイリス嬢の涙をハンカチで拭く。
「嫌になったところで、力が無くなったとでも言えばいいんです。アイリスさまは自由よ。どこに行って、どこで暮らしたっていい。
罪悪感があるなら、百歩譲って、力を使う時だけ聖域に行けばいいんです。転移だってあるんだから。
意思をしっかり持って話し合えば、打開策は必ずみつかります。
だから一人で飲み込んではいけません。
嫌なことは嫌と言っていいんです。
アイリスさまだけの世界ではありません。みんなの世界なんですから」
「……いつもリディアさまと話すと、気持ちが軽くなります。
あたし、いつもしてもらってばかりで。リディアさまが辛い時に、あたしはなにもできずにいるのに。今だって。
せめて、早く戻られるように、お祈りをしてもいいですか?」
涙を溜めながらも笑うから、いじらしい。
「はい、お願いします」
アイリス嬢が立ち上がるから、わたしも立ち上がる。
スゥーっと彼女は息を吸い込む。
「力を授かりしアイリスが、女神に乞い願う。
目の前の友に祝福を。緑を還し黄の陽を赤く燃やせ」
チリチリとわたしに何かが降りかかる。
アイリス嬢は目を開けて、にこりと笑った。
「アイリスさま、今の文言は?」
「ふふ。授かった力を使う時に唱える言葉なの。
自然に口に出るように祈りにも織り交ぜて、いつも使いなさいって言われていて」
浄化の力なのに、赤く燃やせって力強いな。
どこかで聞いたことがあるような……。
「リディアさまと話せて元気が出ました。また頑張れそうです。
それから言いたいことはいうことにします。相談してみます」
「それがいいと思います」
アイリス嬢はわたしと会うために学園に来たのであって、授業は受けられないそうだ。とりあえず授かった力を使えるようになるまで、特訓となるのは仕方ないと思っているみたい。
3年から5年かかると言われているのに、そんなに長く特訓続けていいの?
そう口を挟みたくなったけど、お迎えが来てしまったのでそこまでとなった。
その後、わたしは特別室に呼ばれる。
そこにいたのはルシオ。
でもルシオは最初に名乗った。
今は友人としてではなく、神官としてお尋ねしますと。
聖女さまとなにを話されましたか?と。
神殿の監査かよーと、わたしは呆れた。




