第92話 ファーストコンタクト③カボッチャパイ
「ミイラ嬢、私はブレド・ロサ・ミューア・トセ・ユオブリアという」
遊び方がわかったのか、第二王子が枝を持って人形遊びに参加してきた。
「まぁ、ご丁寧に。とっても、長い、名前、ですのね。なんて、呼んだら、よろしい、ですか?」
ミイラが尋ねる。
「そうだなー。それじゃあ、私のことはこれからロサと呼んで欲しい」
「殿下……」
トロットマン伯は宰相さまに羽交い締めにされ、口を塞がれている。
わたしが見上げると、宰相さまにポーカーフェイスで気にせず続けるよう促された。
「短くて、嬉しい。けど、遊び中、親しい、いい気、言わない?」
「トロットマン伯は私に親しい者ができたら、自分が仲間外れにされると思ってあんなことを言うんだ。でも、私はリディア嬢たちと本当に親しくなりたいんだ。だから、親しくならないなんて言わないでくれ。悲しくなる」
目を伏せる。美少年だから絵になる。なんて答えようかなと思っていると、兄さまが言葉を発した。
「私もそうお呼びしていいのでしょうか?」
「ああ、そうしてくれフランツ。言葉を崩してくれるともっと嬉しいんだが」
兄さまは微笑んだけれど、そうするとは言わない。
「ロサさま、いつも、何しているの?」
「うーーん、私は勉強をしていることが多いかな。人形遊びでない時は〝さま〟もいらないよ」
「……勉強、好きなのね?」
「好きとも違うけれど、王族は国に住む人をしっかりと守るためにたくさんのことを知っていないといけないんだ。ミイラ嬢は、勉強は好き?」
「大嫌いよ」
にっこり笑って、ミイラに言わせる。
知識が増えるのは楽しいことだけれど、勉強は学生の時だけで十分だと思う。
「へ、へぇ、そうなんだね。それは困ったなぁ。君にはいっぱい勉強してもらうことになるのに」
「勉強、嫌い。だから、しない」
「じゃあ、何が好き?」
「食べる、好き。もふさま、好き。家族、好き」
「ふぅん、そうなんだ。でも、覚えておいて。私は一番以外はイヤなんだ。だから、一番好きでいてくれないと我慢できないと思う。私より前の順位のものは壊さずにはいられないくらい」
人形遊びに危険なワードを入れてくるやつだな。
「知ってる。そういうの、協調性ない、いうのよね? フランツさまは、何好き?」
あくまで人形遊びだからのていでさらりと言って、兄さまに質問して逃げる。
「ん? リディー」
兄さま、そうじゃない、そうじゃないでしょ?
「ねー、リー、おやつを食べない?」
アラ兄の提案にのることにした。
「カボッチャパイ、焼けたかな?」
もう人形遊びは忘れたと言いたげに、わざとふたりを置き去りにして、立ち上がる。わたし5歳だから!
わたしの横で寝そべっていたもふさまも体を伸ばして立ち上がった。
「カボッチャパイ?」
「リーが世話して取れた畑のカボッチャだから、きっとおいしいですよ」
ロビ兄にしては丁寧に話している。
「リディア嬢が畑の世話を……」
「土をいじるなんて令嬢らしからぬ」
トロットマン伯は食べなくてよし。
「私もいただきたいな」
第二王子が立ち上がる。
「ウチのものが焼いたものですが、よろしいですか?」
父さまが尋ねる。
「ああ、もちろんだ。普段どのようなものをリディア嬢が食べているのか興味がある」
ちょいちょい挟んでくるなー、人のことを。
「リー」
爪を噛みそうになっていたのをアラ兄に止められる。
「アルノルト」
父さまが指示するとアルノルトさんが出て行った。
「お前たちはアルノルトとピドリナを手伝って、庭に大きめのテーブルを用意してくれるか?」
わたしたちは頷いて、外に出る。
この風景のこといいのかしら?と思ったが、登録者以外には季節にあった庭に見えるよう調整したらしい。すっごい魔具もあるもんだ。
双子がテーブルを拵えた。今までで一番ぞんざいだ。
アルノルトさんとピドリナさんを手伝って、お茶の用意をしていく。テーブルに着くのは王子と宰相とトロットマン伯と若めのふたり。それから父さまとわたしたち4人の合計10人ともふさまだ。母さまは部屋で休んでいるそうだ。騎士さんや侍女さんには他のお菓子を出しておくとのこと。
わたしは飲み物はミルクにしてもらった。兄さまたちもそうするらしい。という話をしていると、王子もミルクにすると言った。
もふさまも一緒仕様のテーブルを見て、トロットマン伯は目を細めたが、第二王子からいつも一緒に食事をするのか聞かれ「そうだ」と答えると、「一緒でいいよ」と言った。お付きの人たちは不満げだった。
そういえば毒味とかいいのかね?
「出したものをお食べになって良いのですか?」
同じように思っていたみたいな父さまが王子に尋ねる。
「ああ、エディスン伯に鑑定をしてもらっている。あ、気を悪くしないでくれ」
父さまは黙礼したけれど。それか、と思った。
絶対わたし、鑑定されてるね。光魔法がなくてガッカリしたことだろう。
それに魔力量も少ないし。
あとは性格がよくなくて、王族に相応しくないようなところを念のためアピールしておけばいいだろう。
さてさて、パイがやってきたよ。ピドリナさんが切り分けてくれる。数が少ないからだろう。スポンジケーキも持ってきていて、これにはベリーのジャムが添えてある。
大人はスポンジケーキ、子供はカボッチャパイをもらった。
パイは端っこはパリパリしていて、あとはカボッチャの甘みをどっしり吸い込んでいた。このフィリングがまたおいしいんだ。その甘さをミルクで流して、また一口。ああ、パンプキンパイ、うまし!
「これは王都で店が出せるね」
「本当にいい料理人ですな」
宰相さんも言葉にする。うんうん、ピドリナさんのはおいしいからね!
「それよりも、夫人と子供たちだけで物盗りを捕まえたときのことを聞きたいですな」
「それは後ほど私から話しましょう」
父さまが持ちかけると、トロットマン伯はテーブルを叩く。
「当事者から聞きたいんだ。シュタイン伯は家にいなかったのだろう?」
「後ほど、私が話します」
アラ兄が静かに言った。
「なぜ後からなんだ? 今ではいけないのか? 何か特別な力でも使ったからか? それを話させないようにするためか?」
ロビ兄がキッと伯爵を睨んだ。慌てて横のロビ兄の服を引っ張る。
「わたし、怖かった。思い出したくない」
言い切ると、トロットマン伯は目を大きくした。
「あ、……これは失礼した。手柄と捉えていたが、子供で、うちの孫よりも幼い。怖いことは思い出したくない……な。申し訳なかった」
あれ、意外に素直に謝った。
「わかって、くれればいい」
ごちそうさまをして、お皿を運ぼうとすると、アルノルトさんにそのままでいいと言われた。お礼を言って、もふさまと席をたち、川に行っていいかを聞いた。アルノルトさんが渋ると、第二王子が一緒に行くという。子供たちともふさまと騎士2人と川に行くことになった。
ここのところ外に出てはいけなかったので、久々に開放感がある。王子さまも一緒だけどね。