第918話 Get up⑨庭園
もの悲しい色でまとまっている庭園だった。
お花もひっそり咲くのが基本のような。
第1と第2は魔法で温度調節などもされ、季節を厭わず花が咲き乱れているそうだけど、第3と第4は季節に合わせた庭園なんだって。
そうだよね、今、秋だもん。
落ち葉をかきだす人たちや、庭師などもいる。みんなロサに気づき、慌てて頭を下げたりしてる。
第4は小さめとか言ってたけど、十分広いやん。
腹ごなしには違いないだろうけど、足が痛くなってきた。
でもお花はきれいだし。空気は澄んでるし。やっぱり外の空気は必要よね。
空は高く薄い青色で澄み渡っている。
隣にロサがいた。大きく伸びをする。
そんな仕草もキマるってどういうこと? ポスターになりそうだよ。ただ伸びをしているだけなのに。姿勢がいいから?
人の目があるので、もふもふ以外はリュックの中だ。
リュックのとば口を広く開けて、みんなにも外が見えるようにしているけどね。もふもふは犬みたいに、花壇の土に手を置いたり、匂いをかいだりしている。
「ねー、そういえば、カザエルについてわかっていることって?」
リュックの中でぬいぐるみに擬態しながら撫でてもらおうと首を伸ばす子たちの頭を撫でながら、隣のロサに聞いてみる。
「共和国となるときの反乱分子の武装集団、それがカザエルの国の人たちの集まりと言われていて、その武装集団を今はカザエルと呼んでいる」
「カザエル国が滅びたのはいつ頃なの? 元々はどこにあったの?」
「500年ぐらい前と言われている。第4大陸、ミネルバにあったそうだ」
「なんていう共和国になったの?」
「それが文書に残っていないんだ。それにミネルバ大陸は第1同様、閉ざされたところで他大陸との交流がほぼない。一時期共和国があったらしいんだけど。ミネルバ大陸もカザエルの出身地となるのは嫌みたいで、大陸に対する難つけだと言って、その話はしたがらない」
お宅のとこから出た犯罪集団でしょ、なんとかしてと言われても嫌だし、あんたたちその子孫でしょと言われたくもないもの、そりゃ口を閉ざすだろう。
そっか、だからあまり伝わってないのね。
ブライとイザークが何か言い合って、ブライがいきなり空中回転した。
何やってんだ、ブライは。
フランツはルシオと話している。
アダムはわたしたちの少し前をダニエルと歩く。
「グレナンは?」
「グレナンは200年ぐらい前。第1大陸のベクリーヌ」
「こっちはどうして滅んだの?」
「グレナンは言葉を口に出さずとも気持ちを届けることができる〝伝心〟というスキル持ちが生まれることが多かった。伝心のスキルの持ち主は早世なのも特徴だそうだ。その謎を自分たちで探ろうとしていると噂が流れ、いつの間にか人を操ることができる国と言われたらしい。逃げ出した魔使いが隠れているのではないかと言われ、魔使い狩りが始まり……攻防の末、国が滅んだ」
魔使いってあれか。テイマーを昔はそう呼んでいた。強い魔物を使役できる昔のテイマーが魔のある人も使役できるって公表してバタバタして、箝口令が敷かれ、それ以降はテイマーと呼び方を変え、魔力がいっぱいあるテイマーは国に管理されることになったっていうやつだったよね。確か300年ぐらい前。
その魔使いたちが第1大陸のグレナンに逃げたんじゃないかって滅んだってことか。
「神聖国は?」
アダムとダニエルの背中がピクッとした。
「15年前。第2大陸のエレイブに。200年以上前にはすでに縮小されて小さくなり、追い込まれるようになっていたんだけどね。地図から消えたのは15年前と最近の部類に入るかな。
神も聖霊もいないと追いやられ、それでもガゴチはその尊いと言われる聖女の血筋を欲しがったけれど、うんと頷かないからガゴチに乗っ取られた。でもそれがあまりにも酷いと世間からの酷評を受けて、ガゴチは神聖国を名乗らなかった。その時には王族も散り散りになっていたから、子孫がいないと思われていた。
ところが3年前聖女候補が誘拐される事件があって。それは神聖国の生き残り、残された子供たちが、神聖国と立ち上げるために利用されたとわかった」
「〝リディア〟はそれに巻き込まれたのよね?」
「そうだ。ふたりの聖女候補と一緒にね。そのひとりがアイリスさまだ。君たちは自分たちの力で軟禁場所から逃げ出して……」
そこまで言ってロサの肩が震える。
どうしたのかと思ったら笑いを堪えてる?
「失礼。逃げ出して、ある街の教会を半壊させていた」
え、半壊?
半壊??
アダムがくるりと振り返る。
「君の視点は面白いな。そうだね、カザエルのことは調べようがないけど、第一大陸は存在している。ベクリーヌのことちょっと調べてみようか」
アダムが顎に人差し指を置いて考え込んでいる。
ロサもさっき同じような格好をしていたのでおかしくなった。
友達同士だと似るのかしら。
視点が面白いって、わたしはただ聞いてただけだけどね。滅びた国のことを。
「あれ、あっちも庭園?」
向かいもここと同じように石の柵で囲まれているけれど、なんとなく形が似ている。
「そっちは第五庭園だ。花は咲いてない」
「ふーん、そうなんだ」
ロサとアダムで何やら相談が始まる。
いつの間にか、隣にフランツがいた。
「あ、フランツ、さっきは囮の件で怒ってくれてありがとね」
「あ、いや……」
「フランツはそう見えないけど、愛情深いんだね」
「え?」
「妹みたいなわたしも、そんな気にかけてくれてさ。でもあんまりいきすぎると、大事な人に誤解されちゃうよ」
「え」
わたしが駆け出すと、もふもふが後ろからついてきた。
「リディア嬢、そちらは花は咲いてないよ」
「うん。なんか気になって」
手を引っ張られる。
? フランツ?
「リディー、そこには入らないで」
振り返る。
「え? ……うん」
みんなの表情が暗い。
あれ、でも。
「わたし、ここに来たことある?」
わたしは尋ねる。
「思い出したのか?」
速攻でロサが言った。
「うーうん。でもそんな気がしただけ」
後ろを向いて、もう一度禁じられた庭園を見ようとしたその時、もふもふがわたしの名を呼ぶ。
『リディア!』
あ、転ぶっ!
急な方向転換はバランスを崩すのに十分だった。
転ばなかったのはアダムが抱え込んでくれたからだった。
顔が近い。
「大丈夫?」
アダムの肩越しにお城の塔の天辺が見えた。
大丈夫と言おうとして、言いようのない不安がわたしを襲う。
「きゃーーーーーーーーーーーーーっ」
わたしは不安を隠せず声をあげていた。
その悲鳴にみんな驚いている。
『リディア!』
リュックの中からぬいたちも出てきて、次々にわたしの名を呼ぶ。
フランツが膝を折って、わたしの顔を覗き込んだ。
「リディー、どうした?」
そのフランツが血塗れの映像が映る。
「血。いやーーーーーーーーっ」
わたしは座ったまま後ずさる。アダムとフランツから離れるように。
フランツから離れたのに、血に染まっているのはわたしの両手だった。
映像が。
わたしは剣を握っていた。剣が動いて、抵抗感のある何かに剣が引き込まれていく。
《君は生きて》
そう誰かが言った。
わたしが刺した。わたしがやった。
《お前が殺したんだ。お前のせいだ》
誰かに言われた。
そうだ。わたしが刺した。わたしがやった!
「きゃーーーーーーーーーーーーっ」
わたしはもう一度悲鳴をあげ、そして意識を失った。




