第917話 Get up⑧いつかくる〝その時〟
聖水を湯船にドボドボ入れ、部屋に戻ってからルシオに聞かれる。
「リディア嬢、そのー、君は聖水が作れるの?」
「まさか」
もふもふを見ると頷いてくれたので種明かし。
「もふもふに分けてもらってるの」
ルシオは大きく頷いた。
「そういうことか。もしいっぱいあるなら、最初から攻撃用の聖水を用意しておくといいかもね」
それはいいかもしれない。けど神属性の、人や魔物に少し強く効くだけだから、あんまり需要はなさそう。
ルシオをチラッと見る。変わりなく見える、……けど。
「ルシオ、大丈夫?」
「え、何が?」
「創世記の後半を知らされて、しんどかったって言ったでしょう?」
思い思いに喉を潤していたみんなも、ちょっと心配そうにルシオを見た。
神さまに対して思い入れがなくても、えーーと思えた。残念というか、ちょっと引き気味になってしまうのに。ルシオはそんな神さまに仕えることを仕事に選んでいるのだ。
ルシオはああ、それねと言う顔をした。
「神のなさることって……人族に対してなら割とひどいこともあるんだよ。
僕はまだ何も知らない頃、神さまって無条件に人族を愛して、守ってくれるものだと思っていた。だからその神に仕える道に進んだ。
けれど、神さまが無条件に愛しているのは人族ではなく世界丸ごとだったんだ。人族は丸ごとの一部なわけだけど、そこに齟齬が出た。
知っていくほど、力はあるけれど、人っぽいっていうか、間違ったり短気だったり、見え張りだったり、絶対的な存在と違ってきて、そこに揺すられたところはある。
けど、最初の憧れが勝手な思い込みだったってところもあるし。
神さまが世界を愛して育んできたのは、紛れもない事実なんだ」
ルシオは神話同好会の子たちと、同じようなことを言った。
「僕はいつも自信がなかった。神力の目覚めは早かったけど、それだけに神への信仰で悩んだこともある。……役立たずで、力になれなくて。祈るばかりで何の力にもなれない、そう君に言ったこともある」
「わたしに?」
聞き返したわたしにルシオは頷いた。
「そう。そしたら君は力になってるって。でも、もし僕が力になれてないと感じるのだとしたら、それは今がその時ではないだけって言ったんだ」
「今がその時ではないだけ?」
ルシオは微笑む。
「とても気が楽になった。そして迷いも晴れた。
僕は僕のやり方で、僕の速さで、僕だけが力になれることがある。
迷いが晴れたら、神官の心得も納得できて、僕は位持ちにもなることができた。
僕は僕だけが力になれる〝その時〟のために向けて存在してる。
君のおかげなんだ、ありがとう」
ルシオはにっこり微笑んだ。
リディアはすごいな。
幾人もの人と、絆がある。
それは少し眩しく感じられ、リディアに思いを馳せる。
こんなに居心地のいいところで、こんなに人に思われて。
それなのに何でリディアの記憶が戻らないのだろう?
組織からも離脱できたし、ここはユオブリア。大陸も違う。家族も味方もいっぱいいる。ガゴチやガゴチが雇った人たちにも捕まらなかった。やり込める自信もあった。
安心、安全ってわかったよね? 怖いことがあっても大丈夫。味方がいるもの、乗り越えていける。もう長く休んだでしょ? 疲れも取れたよね?
思い出しなよ、リディア!
名を呼ばれていた。
お風呂に入る?の問いかけだった。わたしはそんな気分ではなかったので、ご飯を作ることにした。
みんなはいくつかのグループに分かれて入るようだ。
温泉や銭湯のような広さはないから。
もふもふやぬいたちも一緒に。
昼風呂に浮かれている。
確かに明るいうちに入るお風呂は贅沢だ。
ここは地下だから、日の光は感じられないけどね。
さて。お昼だからどうしようかなー。
サンドイッチにスープとサラダかな。
サラダは温野菜のホットサラダにしよう。
サンドイッチはものすごくスタンダードな物がいいなー。
スープは具沢山の野菜スープにしよう。
大きなお鍋にお水を入れて沸騰させる。
サラダの野菜とスープ用の野菜を一緒に下ごしらえ。
お湯が沸いたら〝サラダに乗っけるお肉〟と野菜を入れてこっちはほったらかし。
もうひとつのお鍋で卵を茹で、その上に野菜を入れたザルを置いて茹で卵を作るのと同時に野菜を蒸していく。
収納袋からパンを出してカットする。マヨソースとカラシを混ぜたペーストを、パンに塗っていく。ひとつはハムと野菜を挟んだハムサンド。
茹で卵をむいて白身と黄身に分ける。白身も黄身も結局はホークで崩すけれど別々にした方が早く潰せる。潰したらマヨソースとカラシであえる。
卵サンドはバターとカラシを混ぜたものをパンの側面に塗る。
挟んでは重ね、塔が積み上がったら濡布巾をかけてちょっとおやすみ。馴染ませ、大事。
温野菜を中華風ドレッシングであえてと。
スープのお鍋からお肉を救出。こちらは手で割いてサラダの上に。
スープを塩で味つけて。
あとはサンドイッチを切って盛り付ければ出来上がり。
デザートは収納袋に入っていた苺にしよう。
わたしは潰して苺ミルクにして食べたいな。
お風呂から上がってきたフランツが、手伝ってくれるというので、サンドイッチのカットをお願いした。
お昼ご飯は好評だった。
その前にみんな昼風呂でご機嫌になっているんだけどね。
ここが地下でなかったらもっと気持ちいいだろうに。
わたしが苺に砂糖とミルクをかけて潰していると、興味をもたれた。
みんなの分を用意することになった。
それぞれに材料を渡す。
砂糖とミルクの量は、個人の好みだから。
お家でだと、貴族だったらこんな食べ方はむずかいしかもね。行儀悪いってされそう。
苺がますます甘くなってミルクとの相性はとんでもなくいい!
苺の爽やかさで甘いけど、すっきりするんだよね。
お腹いっぱい!
みんなもお腹がいっぱいだとさすっている。
腹ごなしにちょっと外に出るかと話になる。
わたしは手をあげる。
「何?」
「庭園ってあるんでしょ? 見てみたい」
「きれいなのは第1と第2庭園なんだが、今日は外国からの客人を案内しているから規制がかかってる。第3は遠いから第4庭園に行くか」
さすが王宮。庭園だけで4つも抱えているのね。




