第913話 Get up④主人公
「後半、もしくは〝神聖国設立記〟と呼ばれるものです。
我ら神官はラテアスさまのことを創造主と呼びます。本当に創造されたのは封印された弟子の見習い神さまですが。
神と呼ぶのは、箱庭の中で生まれた神たちのことです」
「箱庭で生まれた神?」
「この世界は異界の箱庭の模倣。初めと終わりがあるもの。だから箱庭を作った神も存在するのです」
ロビンお兄さまが手をあげた。
ルシオがロビンお兄さまに向かって首を傾げる。
「箱庭の模倣って何? 本当はもうそこからわからないんだけど。初めと終わりがあるってのもよくわからない」
お兄さまの隣で、よくぞ言ってくれたとばかりにブライが頷く。
「俺もわからない!」
「文書にそう残されているだけなので、確かなことはわからないのですが……初めから終わりのある物語のようなもの、それが箱庭ではないかと神殿は解釈しています」
物語は主軸が決着づけば〝完〟とする。そうか箱庭は異界の〝本〟、その物語ではないかとも受け取れるってわけね。
文書に残っているというけど、全ては神から神の言葉を聞いた神官が書き留めたもの。その文書以外にも何か情報があったのだろう。明言は避けても〝当たり〟なのだろう。
「僕は物語といっても、複数の結末を用意した、そういった変則的な物語なのではないかと勝手に思っているんですけどね」
複数の結末? マルチエンディングという単語が頭に浮かぶ。
物語っていうより、あれはゲームか。
ん? 物語なら、……ゲームでも主人公がいるのでは? 誰の物語なわけ? 群像劇だとしても……主人公的な人はいるよね、複数というだけで。
神さまもいる世界……主人公が人にあらざる者ってこともあり得るわけで。もしそうだったら、人って完全に詰んでない?
「神殿は……」
思わず声が出る。
ルシオがわたしに視線を移す。
「神殿はその箱庭の物語は、誰が主人公だと思っているの?」
ルシオが小さく息をのむ。
「……神殿では公式な見解は控えています。
僕の、僕個人は……聖女さまのための世界ではないかと思っています」
みんなが揃ってルシオを見る。
「聖女さまって、どの聖女さま?」
「それはもちろん、アイリス・カートライト令嬢。聖女アイリスさまのための物語ではないかと」
「その根拠は?」
ルシオは尋ねたロサに答える。
「世界の終焉という危機。主人公にふさわしいと思いませんか?」
……なるほど、世界の終焉とは後がなさすぎる。それを乗り越えたら、ドラマチックだ。物語のインパクト大!
「それだけか?」
「聖女候補さまだった時に、一度悪戯っぽく話してくださったことがありました。アイリスさまのギフトの話です。今は未来視と役立てているけれど、最初に見たのは入園するところから始まる、恋愛要素を含んだ、終焉から比べれば可愛らしい世界の危機を救うものだったと。恋愛の方に重きが置かれていたようです。小さい頃、自分が主人公のようなその映像に夢中になったとおっしゃっていました」
ルシオは一息つく。
「それは聞いたことがないぞ?」
未来視は全て聞いたと思っていたからだろう。ダニエルが驚いたように言った。
「こちらはそうなったかもしれない過去の記憶だから言わないとおっしゃってたよ」
ルシオは続ける。
「その一番初めに見たという可愛らしい危機を含んだ物語こそ、本来のアイリスさまが主人公である箱庭の物語なのでは?、と思えたんだ」
「神殿は、その可愛らしい危機を含んだ映像のことを知っているのか?」
アダムが尋ねる。
「いえ、これはアイリスさまが僕に話したことだから。アイリスさまが他の方に話していたら、その方は知っているだろうけど」
「その夢物語のことをきいて、そのまま主人公と思えたってこと?」
イザークはなんか納得できない顔。ロサもフランツもだ。
え、なんで、なんか納得できない理由が?
ルシオはゴホンと咳払い。
「その可愛い危機が世界の危機へと変わる。それはどうしてだかはわからない。
ただ絶望的な終焉が、ここ2年で希望が持てるようになってきた。
みんなは主人公って言葉で何を思い浮かべる?」
「強さ?」
ブライが視線を上にして考えるようにして言った。
「諦めない」
そう言ったのはロビンお兄さま。
「優しさを持つ」
とアランお兄さま。
「鋼の意志」
とフランツが言えば
「やり遂げる強い意志」
ロサが力強く言った。
「へこたれない」
そう言ったのはアダムだ。
みんながわたしを見る。
「世界から祝福された人」
だって世界は主人公が引っ張っていく物語のためにあるんだもの。
ふっとルシオが笑う。
「僕もみんなと同じだ。強くて優しくて魅力的で。惹きつけられて、応援したくなって。その周りの気持ちを持って、意志を曲げずにへこたれずやり抜く者。主人公がやり抜くために用意された世界。世界は主人公を祝福する、守る。
どうして危機とされるものが世界の終焉なんて恐ろしいものになったのかはわからない。でもアイリスさまはそれを確実にいい方向に向かわせている」
そう言った時、ルシオはなぜかわたしを見た。
フランツとアダムとロサもだ。
え、何?
「アイリスさまもおっしゃっていた、いい方向に向かったのはリディア嬢が示唆してくれたからだと」
え?
リディアが示唆?
「世界からの祝福、理知を、味方を手に入れる。それが主人公。
リディア嬢というテンジモノを味方に引き寄せた。だからアイリス聖女さまが、この世界の主人公だと思ったってことだね?」
アダムがまとめて、ものすごく納得している空気になる。
「何よ、それ」
人を巻き込まないでくれと、なんとなく思う。
「聖女さまとテンジモノが会うってところがスゴイんだ。だから道が開けた」
ルシオは胸の前で祈るように手を組んだ。
「やめて、人を重要人物チックにするの」
「チックって?」
アダムにすかさず聞かれる。
「うんと、この場合、重要人物ぽく言うのやめてってこと」
「リーが主人公なんじゃ?」
ロビンお兄さまがなんだか嬉しそうに言った。
『なんかかっこいいな、リーが主人公』
『いいね、リーが主人公』
お菓子をひたすら食べて、静かにしていたぬいたちが騒ぎ出す。
「やだってば、重要人物」
「残念ながら主人公がリディア嬢では成り立たない。異界の記憶を持つテンジモノは純粋なこの世界のものではないから。この世界の主人公ではないと思う」
「えー、違うんでちか? でもいいでち、リディアはリディアでち」
そう言ってくれたアオの頭を人差し指で撫でる。
するとみんなが撫でてと殺到してきた。
何気にもふもふも膝に乗ってくる。
可愛いなー。わたしはガシガシと撫でまくった。




