第91話 ファーストコンタクト②気を許すと……
それにしても。わたしたちが部屋に入る前は違ったのかもしれないが、大人が見事に口を挟まないね。そんな考えを持つだけで不敬罪でぶち込まれそうだけど、この群れのボスは第二王子なんだ。7歳の子供が舵をとっている。
「君たちはいつもどんなことをしているの?」
「剣を習ったり、家の手伝いなどをしています」
「子供同士なんだから、敬語なんかいいよ」
「殿下。子供といえど、臣下です。気を許したそぶりを見せれば図に乗るのが卑しい者。気軽にそのようなことを口にしてはなりません」
「トロットマン伯は勘違いをしているのでは? 陛下の臣下であって、王子の私の臣下ではないよ」
「いずれは殿下が王におなりです。変わりありません」
「全く。あなたの考えはわかりましたが、私のやることに口を出さないでください。それが難しいなら帰ってください」
「……殿下」
恰幅のいい人が言葉をつまらせると、第二王子はわたしたちに向き直る。
「ごめんね。嫌な思いをさせたね。私は君たちと仲良くなりたいんだ。だから、気楽に話してくれると嬉しい」
まぁ、親がたまたま王族で、わたしたちにとって悪縁の相手なだけで、本人は悪い子ではないのかもしれない。
チラッと母さまを見ると顔色が悪い。王子といっても王族だもんね、同じ空間にいるのは辛いだろう。わたしも飽きたし。
わたしはタタっと父さまの前に行く。父さまが顔色を失くしたので、さすがにまずかったのかなーと思ったが、ここはもう子供ぶることにした。
「父さま、つまらない。母さまとお部屋、行く」
宣言して、母さまの手を引っ張る。
「リディア、王子殿下の前で……」
「かまわないよ。ここはリディア嬢の家なのだから、好きなように過ごしてくれていいんだ」
わたしは母さまを引っ張った。母さまは額を押さえている。
アルノルトさんに先導されて、わたしの部屋へ入る。
母さまをベッドに座らせる。
「母さまのためにあんなお行儀の悪いことをしたのね?」
『王子とやらの前で何をしたんだ?』
部屋にいてもらったもふさまは尻尾をゆらゆら揺らして喜んでいる。
「違うよ。飽きた」
母さまに告げ、もふさまに答える。
「ただ、部屋出ただけ」
ピドリナさんがノックと共に入ってきた。お盆にはお水の入ったコップ。アルノルトさんは母さまの不調をわかっていたんだろう。
「奥さま、お水です」
「ありがとう」
「母さま、辛い?」
「少し緊張していたから気分が悪くなってしまったの。ごめんなさいね」
座ったからか、お水を口に含んだからか、少しほっとできる表情になってきた。
ノックがありアラ兄が入ってきた。
「リー、逃げたね」
そうともいう。
「リーがつまらないって言ったから、第二王子さまがリーが面白い遊びをしようって」
「えーーーー、ほっといてくれて、いい」
「そうはいかないよ」
わたしがため息をつくと、母さまとピドリナさんがふっと笑った。
あ、みるみる間に母さまが復活していく。良かった。
そうだね、人形遊びで一発かましておくか。
わたしがミイラを箱から取り出すと、アラ兄が顔をしかめた。
「第二王子さまにそれで遊ばせるの?」
わたしは頷く。
『我も行っていいか?』
「うん、一緒、行こう」
アラ兄ともふさまと居間に入っていくと、騎士に止められる。
「お嬢様、これは枝、ですか?」
さすがに王族がいるから持ち物チェックか。
「人形」
呆気に取られた顔をしている。取り上げられなかったのでズイズイっと王子さまの前まで行く。
兄さまと話していた第二王子さまが顔をあげた。
「殿下、ご紹介、します。もふさま、です」
『ほう。凄まじい気はこいつからか』
「もふさま? 犬?」
王子さまは首を傾げた。
『犬ではない』
わたしは首を横に振る。
「もふさま」
さっきわたしたちを卑しい呼ばわりした恰幅のいい男は呆れたように笑っている。
「森で会ったようなので、詳しいことはわからないのです」
父さまの説明が入る。
「遊ぼう、言った?」
わたしは小首を傾げる。
「ああ、リディア嬢は何をして遊ぶと楽しいのだ?」
「お人形遊び」
わたしはジャーンとばかりに右手でミイラを突き出した。
王子が若干引いた。
「に、人形? これが?」
「こっち、貸して、あげる」
何も手を加えていないただの枝を、お人形遊びに引っ張り込もうと思っている人たちに渡していく。ちなみに、王子の隣にいた大人たちにも渡した。
父さまは眉間をぐりぐりと解している。
「なんだ、こんな物を手に取らせ、挨拶もしないで」
「わたし、リディア言った。おじさんたち、名前、聞いてない」
「おじさん?」
恰幅のいい男は目を白黒させている。今まで威張り倒してきたのだろうし、こんな無礼なことを言われたことがないのだろう。怒ることも思いつかないぐらい衝撃を受けているようだ。
「これは失礼しました、レディ。私はフェリックス・エディスンと申します」
無礼さを全てスルーして、子供をたてた。できる人だ。それもそうか、エディスン伯といえば授業の最初の方で習った。宰相じゃんか。宰相が王子についてきていいわけ?
「ご丁寧に。いたみいり、ます。ミイラです。お見知り、おきを」
ミイラを動かす。不気味なミイラを見てもポーカーフェイス。さすが宰相、やるな!
宰相は手を伸ばして、恰幅のいい男の肩を叩いた。次はお前の番だといいたげに。
「タッド・トロットマンだ。何代も続いている伯爵家だ」
それが子供に言うことか?
「何代も、続く。いいこと、なんですの?」
ミイラで尋ねてみる。
トロットマン伯は驚いたみたいだ。
「そんなの決まっている、家柄がいいってことだ」
答えになってないだろう。
「フランツ、わたしは人形遊びをしたことがないんだ。どうやって遊ぶのかお手本を見せてくれないか?」
第二王子は枝を確かめるように触っている。なんの仕掛けもないただの枝だと伝えた方がいいかな?
「わかりました」
兄さまは、枝の頭を下げた。
「ミイラ嬢、ご機嫌よう。今日の天気は素晴らしくいいですね」
兄さまたちには人形遊びの真髄はなりきることで、ミイラを淑女と思って接するよう助言してある。さすが兄さま、面妖なミイラにも如才なく話しかける。
「フランツさま、ご機嫌よう。まぁ今日、いいお天気、ですのね。お客さま、きた。お外、行けないのです」
「そうなのですね。外で遊ぶ楽しみは明日にとっておきましょう。お客さまがいらしているのですか」
「はい。とても高貴な方、ですって。だから、お行儀、よくしないと、いけません」
「ミイラさまは失礼なことをする方ではありませんから、普段通りにしていればいいのではありませんか?」
「いいえ。気、許すそぶり?は卑しくて、図、乗ります。気軽、いけないのです」
トロットマン伯は口を開けている。
大人たちが顔を背け、クッと笑いを堪えていた。
子供は案外聞いているんだよ。そしてたとえ意味がわからなくても新しく知った言葉はすぐに使いたがるんだ。
「ミイラさま、少し、文法が違うようです。〝卑しい者は、気を許すと図に乗る〟だから〝気軽に気を許してはいけない〟この2つの文が混ざっていますよ」
兄さま、グッジョブ! 濁しておいたフレーズを、しっかり再現している。
「まぁ、失礼、いたしました。ええと、とにかく、気軽に話すと、いけない、らしいです」
「いつも気を張っていないといけないのはお疲れになるでしょう」
「ええ、そうなのです」
わたしは特大のため息をついて見せた。
ドアを守るふたりの騎士さんたちの肩がフルフルと震えている。
「フランツさま、卑しい〝物〟ってどんな〝物〟ですの? どんな図、乗りますの?」
「私の知っていることで合っているか自信がありません。せっかくですので、おっしゃった方にお尋ねするのはいかがでしょう?」
ミイラは元気に頷く。
「そういたしますわ」
わたしは立ち上がって、トロットマン伯の前に行く。ミイラで挨拶をする。
「ご機嫌よう、トロットマン伯爵さま。お尋ねします。卑しい〝物〟、どんな〝物〟ですの?」
わたしはまっすぐトロットマン伯の目をみつめる。ものすごく知りたいんだというのを前面に出して。
トロットマン伯は咳払いをした。
「卑しい者とは、身分の低い者、品位に欠けている人のことを言う」
おお、真っ向からきたね。
「身分、低い、どんな図柄、乗りますの?」
「コ、コホン、それはだな……図柄に乗るのではなく、調子にのり、いい気になることを言う」
「いい気?」
「つまりだな、殿下が子供同士だから言葉を崩していいと言ってくださっているが、それを本気にして親しくなれたと調子に乗るべきではないと言ったんだ」
「……教えて、くださり、ありがと、ございます」
ミイラに頭を下げさす。
「わかったのか?」
わたしは頷く。
「親しくない、いい!」
元気に言う。
トロットマン伯はなかなかいいことを言ったよ。