第909話 忍びきれなかった悪意⑯将軍の条件<後編>
「口を挟む隙がなかった」
アダムは本当に大した令嬢だと笑った。
アダムは将軍がわたしに無茶を言うだろう。その助け舟を浮かべてくれるつもりだった。けど、わたしはひとりで舟を漕ぎ、渡りきったらしい。
「カザエルのことは、ゴット王子殿下が間違っていたみたいね?」
と小声で言うと、アダムは首を横に振った。
「ゴット殿下が間違えることはあり得ない。今、違うと見えたとしても、それはそう行き着くよ、必ずね。将軍が嘘をついているようには見えなかったけど」
前将軍にももちろん尋ねたそうだけど、腑抜けていて、話が聞こえているかもわからない状態のようだ。放っておくと食事も取らないので、将軍に世話をさせているらしい。
前将軍と絡んでいた人たちは商人だそうで、珍しいものを売りに遠くの大陸からきた人たち。その人たちとのコンタクトの取り方は教えてくれるそうだ。
王宮の一室ではお父さま、お兄さまたちが待ちかまえていて、相当心配してくれてた。
将軍の願いはガインを助けて欲しいというものだった。
ガインには助けてもらったことがあるから、ガインが助けてとヘルプを出してきたら、できるところで助けると伝えたら、それで前将軍がつるんでいた人たちのことは教えてもらえることになった。
そう報告すると、頭を撫でられた。
お父さまがアダムにありがとうございましたと頭を下げる。
「僕の出番はありませんでした。ガゴチ将軍を勢いで負かしていましたから」
とぶちまけて、訝しげな目を向けられたので、わたしはあらぬ方向を向いた。
いや、どう聞いても母親の役目を〝嫁〟に置き換えて、年下女子に押しつけようとするのはおかしいだろう? わたしは間違っていない。
「それにしても、そもそもリーはどうして将軍の願いを聞くことにしたの? 何を言い出すかわからなかった。嫌なことを望まれて断りたくても、世界の終焉と秤にかけられたら、辛い選択をすることにだってなり得るのに」
「記憶を失ってないリディアならそうかもしれない。でも、わたし記憶ないから大事なものは少ないの。しがらみも向こうがそうだと思っていても、今のわたしはほとんどないし。だからね多分非情だよ?
それにもし終焉で脅してくる人がいるとしたら、その人も終焉を怖がっている同じ立場なはずだから、話は持っていきよう。怖くはないでしょ?」
「え?」
「世界の終焉が同じく嫌だと思ってる人なら怖くないよ。結局、条件は相手にも返っていくことになるんだから」
ふふんとわたしは笑って見せた。
家に帰ると、訪ねて来ていたのはマンド一家だった。
目をつけられたデヴォンに、怖い思いをした弟のゲイブくん、それから融資業をされているお父さん。1年半前までは伯爵で、謀反騒ぎの時に一族の末端がそれに加味していたことがわかり監督不行届で男爵に格下げ。
そのことで荒れて成績が落ち、A組だったデヴォンはB組になった。
マンド男爵はわたしたちに深く謝る。
デヴォンくんも頭を下げた。
「謝罪を受け取りました」
お父さまが一拍後に言った。
お父さまが男爵に椅子を進め、話を始める。
わたしたちとデヴォンは、そのソファーから少し離れたところで話す。
「令嬢、申し訳なかった。それなのに、いろいろありがとう」
デヴォンはわたしに言ってから、アランお兄さまにもう一度謝り、そしてお兄さまたちふたりに言った。
「俺、学園を辞めることにした」
「え? 学園が? あれはガゴチがやったことだと……」
「1年半前に謀反騒ぎがあって、爵位が落ちただろ? それでも俺は何も変わらないと思っていたんだ。ところが、あからさまに馬鹿にしくる奴らはいた。融資って金貸しだから色々言われてきたけど、爵位が落ちるとそれがひどくなった。
今まで俺にまでへーこらしていた奴らが、蔑むんだ。そして利子も無理を言ってくる。それ見たら、なんか全部嫌になっちゃって」
「デヴォン……」
「試験の成績もめちゃくちゃで、クラスまで落ちた。
そのときにさ、B組の何人かにスカッとするとこ行こうって誘われて、休息日に遊びに出て。そのうち平日も外に出るようになってさ。そいつらも俺に優しくしてるわけじゃなくて、俺が金を持ってると思って仲間にしてただけなんだよ。
わかっていたけど、そこからはみ出したらもうどうしていいか分からないから、言われるがままになってた。
今回のことでわかった。馬鹿にしてくるのはクラスの奴らじゃなかったのに。たった何人かにそうされただけで、世界中から馬鹿にされたような、きっと嘲笑われてるって思った。それは俺が友達を信じてなかったってことで、俺の中の問題だったんだ。
そうわかったけど、俺弱いからさ。学園にいたらB組の奴らと切れないと思うんだ。あの時声をかけてくれたことは、とても嬉しかったから。
だから……辞めることにした。……父について仕事を勉強させてもらうことにした」
そうにかっと笑った顔は、全て吹っ切れているようだった。
「……そっか」
アランお兄さまは呟いて、それから続けた。
「頑張れよ。オレもお前が融資したくなるくらいの事業主になるからさ」
「生徒会長が言ってた。楽しい時も辛くある時も心に寄り添えるのが友で、離れたところにいても支え合うのが友だって。その友を今思い浮かべられるかって。お前とは長く話してなかったのに、おれお前の顔が浮かんだんだ」
ロビンお兄さまが右手を上げると、デヴォンも右手をあげた。そして掌を合わせいい音をさせその手を握りあった。何かのサインだったのかな。そんな感じだ。
「お互い、頑張ろうぜ」
「おう!」
マンド一家はそうして帰っていった。
アダムの情報は間違っていたね。デヴォンはたちが悪くなかったよ。……B組だけど、その周りの子たちってのがちょっと良くないのかもしれないな。
ガゴチのあのおじいさんに凄まれて怖くなったのはわかるけど、それでデヴォンを人身御供にしたのも気に掛かる。今度アダムに言っておこう。
フランツが戻ったみたいだ。玄関先で執事のアルノルトが迎えている。
応接室にやってきて、お父さまに挨拶した。
それからわたしたちに向き直る。
「少し聞いたよ。大丈夫かい?」
「ええ。学園祭は楽しかった!」
「そう。よかった。アランもロビンも大変だったね。ガゴチはどうなった?」
「世界議会預かりになったよ」
「そうか、ひと段落か」
「フランツ、頼んだの、どうだった?」
わたしは待ちきれなくて尋ねた。
「ああ、回してもらえそうだ」
にまっと思わず笑ってしまった。




