第908話 忍びきれなかった悪意⑮将軍の条件<前編>
そうして、一室に案内され椅子に座っていると、将軍が連れてこられた。
手と足は拘束されている。足の方はある程度の長さをとって縛ってあり、歩きにくそうだ。歩くときは外しておけばいいのにと思ったけど、体術のスキルが高そうだからそうしないのかと思い直した。
組織の中で拘束されたことを思い出すから不快だったのかと理由がわかると、さらに言いようのない思いに胸を圧迫される。
わたしから2メートルはたっぷり距離をとり、そこに直に座らされた。
「ふたりきりにと言っても無理でしょうな?」
「それはきけない」
アダムが言い切る。
それにしてもアダムは信用があるね。ここを任されているのだろうから。
「リディア・シュタイン嬢、会ってくださりありがとうございます」
将軍は頭を下げる。
「話を聞くだけです。どうするかは聞いてからです」
「それで結構です。我が国がカザエルと繋がっていると、ユオブリアの王子殿下は思われているようです。そのカザエルのことを話せ、と。
私は条件をつけました。リディア・シュタイン嬢が私の願いを叶えるというのなら、知っているカザエルのことを話しましょうと」
その言い方、繋がってないと取れるな。言う気がないとも取れるし。願いを聞き、カザエルの情報が大したことないものでも、最初からそう言っておいたと逃げ道でもあるような気がする。惑わせているのかもしれないけど。
でも、聞いてみないと始まらない。
わたしは頷く。
「わたしへの願いとは?」
「ご存知の通り、現在ガゴチでは将軍である私と前将軍が不在です。ガゴチは武力の国ですので易々と攻め込まれはしないでしょう。けれど、それが長引けば、恨みをかっているだけに何をされるかわからない。
ガゴチは新たな大将を得る。新しい考えを持った若いものたちが新たなガゴチを作っていく。ただあやつらだけでは頼りない。そこで、シュタイン嬢、あなたに息子ガインの嫁になり、ガゴチを導いて欲しい」
わたし、願いっていうから、加護の力をなんとか、とか。お遣いさまを譲れ、とか。そんな話かと思ってたんだけど。
ガインの嫁になれ? 何それ。ガゴチを導け? は?
「彼女には婚約者がおります」
アダムが突っぱねる。
「知っている。婚約破棄はよくあることだ」
アダムが何かを言おうとしているから、わたしは手でそれを制した。
「ガゴチとは、13歳の少女が導かなきゃ、どうにもならないような国なのですか?」
「そ、そうではないが。ガインは世の中を知らないし、シュタイン嬢がついていれば、国は賢く導かれていくだろう」
「それ、嫁じゃなくて〝お母さん〟よね?」
将軍が顔をあげ、思ってもみなかったことを言われた顔をしている。
「なんでわたしが13歳の若いみそらで、自分より上の男の子のお母さんにならなくちゃいけないの?」
「いや、母親というわけではなく」
「ガインについて、激励叱咤し、ゆくゆくは将軍へと上りつめさせ国も変な方向にいかないよう見守れって言ってるんでしょ? それは嫁じゃなくて親の考えよ」
「そ、それでもいい。ガインを見守って……」
「だからなんで年下のわたしがガインを見守らなくちゃいけないのよ? おかしいでしょ!」
将軍はわたしの勢いに押されている。
「嫁なら一緒に国を愛して、一緒に国のことと未来を考えて、共に苦楽をするのものよ」
「そ、それでいいから」
「ノーサンキュー!」
「え?」
「結構です、要りませんって意味よ。ガインだって自分の嫁くらい自分で決められるわ。親がいちいち決めてどうするのよ。そんなに頼りない? 自分の面倒も見られないくらいなら、国の面倒だって見られないわよ、できないことを課すのは負担になるだけ。やめろって言ってあげるのが親の情ってものじゃないの?」
やいやい言ってやると、将軍の表情が引き締まる。
「ガインは小さい頃から父上の強さを志し、国とついてくるものたちを大切にし、国を継ぐと精進してきた。あの子ならやれる」
「そう思うなら、最後まで信じてあげなよ」
将軍はうっすら口を開け、わたしを凝視した。
「ガインには一度助けてもらった。わかりにくいけど、悪い子じゃないって思ったよ。だからガインに助けが必要な時はできるところで助ける。わたしにできるのはそれくらい。
あなたが子を思うなら、ガインを導く人を選ぶことじゃなくて、困難にぶつかったときには助けを求めろとガインのすることを教えてあげるとか、自分はどうやって遺脱したかの方法を提示しておくとか、そっちなんじゃないの? ガインに本当に必要なことってのは」
将軍は軽く目を瞑った。
「やはり、ガゴチに欲しい人ですな」
まだ言うか?
「令嬢より、私は息子を信じていなかったってことですね」
と、ふっと笑う。
「そうですか。では息子があなたに助けを求めた時は、どうか手を差し伸べてやってください」
「言われなくても、助けてもらったから一度は助けるわ」
「……ありがとうございます、シュタイン嬢」
将軍はそう言って、手首を拘束された手を胸に当て、頭を下げた。
「ところで。わたしをガゴチにつれていこうとしたのもそれが目的だったんですか?」
「……はい。私はそうでした」
少し引っかかる。
約束だからと、将軍はカザエルのことを話すと言った。
前のめりで聞いたけれど、カザエルと直接手を組んではいないという。
確かに前将軍が親しくしているものはいるが、その者たちがカザエルと聞いたことはないと。
なぜか前将軍がカザエルと手を組みはしないだろうと強く思っているようなので理由を聞いてみた。
「私たちに尋ねるぐらいだ。ユオブリアでもカザエルのことは掴めていないのだろう」
全くもってその通りのようだ。
「私たちも似たり寄ったりだ。共和国となった時の反乱分子の残酷非道の武装集団。金で動き、どんな依頼も受けたら必ず遂行する。どれくらいの規模で、組織の形態、深く知るものはない。カザエルの国の生き残りだと。
でも逆に考えれば、それしか情報はないのに、被害をひどく受けたことがあるかのように受け継がれている」
そういえば怖がられている話は聞くけれど、どんな被害があったとかは話してなかったな、みんな。
「得体が知れないのに、それでも近寄るなと案じた話が、だ。これは相当危険ってことだ」
声を潜めるようにして将軍は言った。
「我らも金で依頼を請け負うし、非道なこともしてきた自覚はあるが、カザエルには近寄りたくないと思っている。前将軍も同じはずだ。たとえ金を積まれてもカザエルとは組むな、そう私に教えたのが前将軍だから」
わたしとアダムは顔を見合わせた。




