第906話 忍びきれなかった悪意⑬囮<後編>
「君が記憶を取り戻していたら、すぐに伝えるはずだったんだ。すまない」
もう一度、わたしに謝り、顔をあげた時は指揮者の表情だった。感傷は振り払ったようだ。それならこちらもビジネスライクでいやすい。ま、わたしの記憶がないから、普段からそういう風になっちゃうんだけど。
「話は1年半以上前に遡る」
ロサはテーブルに肘をつき、祈るように手を組んでいた。
「君は覚えていないだろうけど、そのころ謀反騒ぎがあった。多くの貴族、そして……第1王子のゴット・アンドレ・エルター・ハン・ユオブリアもかかわっていた」
え、王子殿下が謀反に?
え? 第1王子っていったら、謀反なんか起こさなくても、いずれ王さまになるんじゃないの? 王位継承者から外されてたのか?
「君の協力のおかげで、謀反騒ぎも事前に収めることができたんだ」
わたしの協力?
わたしが協力したの? と驚く気持ちと、ああ、だからロサたちみたいな王子や上位貴族がわたしに親切にしてくれてるんだという気持ちが混ざりあう。
「第1王子と君、ふたりで話していた時間がある」
みんな倒れていて、わたしたちだけ意識があった状況。そこで王子殿下がわたしに何か言っていたそうだ。
王子殿下はそのあと意識不明になり亡くなった。わたしからも調書を取ったが、王子殿下たちの倒れた時一緒にいて混乱し、よく覚えていなかったようだ。
王宮にはいくつもの録画魔具が取り付けてある。それを監視するシステムはないらしく、何かあった時に確かめるためのもののようだ。
謀反騒ぎの後、何が起こったのかを把握し記録を取るため、録画映像ももちろん確かめられた。その過程でわたしと王子殿下が話している映像があったわけだ。
その時の、遠目にはなるけれど録画していた魔具たち。いろんな方向から合わせて、パズルのように組み立てていき。
音は入っていなかったけど、口の動きで言葉を起こしたらしい。
その点は、会話を暴くようなことになり申し訳ないと謝られた。
リディアにはいずれ言うつもりだったけど、隠れ見たような後ろ暗さがあり言いにくかった。カザエルとの繋がりがはっきりしたところで打ち明けるつもりが、わたしは記憶喪失になり、ますます言う機会を逃した。
読唇術によると、第1王子殿下はわたしに向かい、グレナンとガゴチに気をつけろと言っていたらしい。ガゴチはカザエルと繋がっている、と。それで調べたところ、ガゴチが怪しい者たちと繋がっていることがわかった。それで徹底的にマークした。けれどなかなか怪しいものの正体が掴めない。
そこにガインから相談される。学園祭に父と祖父のふたりがやってくる。何かしそうな気配だと……。
ロサたちはガインに言った。もしユオブリア民に対して君の身内が何かしたなら、捕らえることしかできない。なかったことにする相談なら、それは無理だと。
ガインは言った。自分の言葉は届かない。拘束してもらわないと、もうどんなひどいことが起こるかわからない。手を出すようなら拘束して欲しいと。
ガインたっての願いもあり、世界議会に助けを求めた。
普通なら通らないレベルの案件であるが、ガゴチにはいくつもの訴えがあり、それをただ退けていたので、今までのことが積み重なっていて、チャンスとばかりにのってくれたそうだ。
ガインはわかっていたんだ。だからあのタイミングで彼が現れたんだ。すぐ近くで待機していたのだろう。罪を犯さないでくれと祈りながら。
「……怪しいものと繋がっているとわかっただけで、相手がカザエルかどうかははっきりしてないんですよね? それなのにカザエルだと決めつけたり、その、失礼ですけど謀反にかかわった第1王子殿下の言葉を信じるのと、終焉に関係していると確信しているのはなぜですか?」
謀反にかかわったということは犯罪者だ。犯罪者のいうことをなぜ信じているのだろう? そんな人の発言を読唇術まで使って重きを置いて。
「……他の者に言った言葉なら、惑わす言葉と思ったかもしれない。でもゴット兄上は君に嘘はつかない。それにあれは忠告だった。心から君を心配する」
「……第1王子殿下とわたしは……親しかったんですか?」
おいおいリディア、謀反を起こす人と親しかったの? 心配されて忠告をもらうぐらい?
「それは、君の記憶の中でしか、確かなことはわからない」
アダムがそう言ってわたしを見る。
とても優しい瞳で。
「そうだね。親しかったかどうかは、君にしかわからない。
ただ、その唇の動きで、もうひとつ拾ったことがある」
ロサがアダムの発言を肯定した。もうひとつ?
「長くないとわかっている意識のない兄上に、君は約束したからそばで見守りたいって言ってくれたんだ。最期の時、そばにいるという約束を」
最期の時そばにいる約束。それはかなり親しいのでは?
「父上が謝ると」
え? ロサのお父さんって陛下、王さまだよね?
「君とゴットの約束より、ゴットの願いを優先してしまったと」
?
ロサは続けた。
王子殿下の願い。わたしに最期の時まで一緒にいてほしいと言ったのに、それを覆した。それも一緒にいたら、いずれわたしが辛くなるだろうとそんな優しさから。
今は意識のない王子だけど、一緒にいると約束したから、意識が戻らないとしてもそばにいさせてくださいとわたしは願い出たそうだ。
けれどその時は、読唇術で願いを聞いたことは伏せ、意識がないのだからいる必要はない。あとは家族で過ごすと、わたしを遠ざけたという。それを謝られた。
君の悲しみを増やしたくないというのが、第1王子殿下の最期の望みだったから、それを叶えたかった、と。
元々室の中は静かだったけど、さらにシーンとした。
思いの深さに胸が締め付けられるのに、その対象はわたしだけどわたしではない。というか覚えてないのでなんともいいようがない。




